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頑張れ!石岡君
石岡君、テレビCMに出演する 4 「石岡君、テレビCMに出演する」4 優木麥 石岡君、テレビCMに出演する 4

   
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 「へー、『刹那くて馬車馬』ですか」
 私はCDのジャケット写真を見て言った。私と凡梧が着流し姿でポーズを取っている。曲名は「刹那くて馬車馬」、歌手名が文豪凡梧(ぶんご・ぼんご)。CMタイアップ曲として使用される。ちなみにレコーディングも初めて経験したが、私のパートが少なかったため、案外スムーズに済んだ。事前の私のイメージでは、何度もダメ出しをされて、ひどい迷惑をかけるんじゃないかと不安さえあった。しかし、今のレコーディングは、機器の発達によって、一番上手かった部分だけを何回か歌った中から取り出して編集できるらしい。ほんの一言二言しか歌っていない私にとっても嬉しい話だ。
「次の撮影はまだなんですかね」
 私たちは「ダッシュラン」社のパートのCM撮影を終え、控え室で待機している状態である。なにしろ三社の分の撮影だから、分刻みのスケジュールになる。もちろん、私たちの都合ではなく、今日のために集めた大アスリートたちのためだ。ちなみに予定では、次に撮影するスポンサーは、ビールメーカーの「サドンバブル」社である。
「次はクラブの大ホールに移動して、私たち『文豪凡梧』が歌っている場面に、往年の大スター達がビールを……」
 話している最中に、ノックもなくドアが開かれた。駆け込むように西城が入ってくる。
「大変なことになったんですよ」
「はい…」
「もう、すぐに撮影をしないといけません」
「えっ、じゃあホールに移動は……」
「ナシです。今この競技場で撮ります」
 西城の言葉に、室内の一同は言葉を失う。何とか、私がその場を代表する形で彼に質問した。
「ビールのコマーシャルを、この競技場で撮るんですか?」
「そういうことです。ちょっといろいろ手違いがありまして、時間的な問題も生じたので急きょ、変更になりました」
 TVCMといえば、一本数億円といわれ、また複雑に利害関係が絡み合うため、さまざまな過程や人のチェックを経て、今日の撮影に至っているはずだ。そのCMの内容を現場でガラリと変えてしまうというのは、問題ないのだろうか。まあ、私が心配したところでどうなることでもない。

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「はっ、給水ポイントでビールを飲む?」
 西城の説明に対して、出演者達は一様に怪訝な表情をした。コラボレーションCMの二社目「サドンバブル」の新商品に関するコマーシャルは、奇天烈な設定で行なわれるようだ。
「つまり、イメージとしては、用意ドンでスタートして、最初に雪駄履きの石岡先生が出遅れます。そこで、雪駄からダッシュラン社のスニーカーに履き替えて猛ダッシュ。そこまでのシーンが、パートワンです。次に給水ポイントで追いつくんですが、なんと石岡先生の分の水がアクシデントで溢されてしまってもうないわけです。そしたら、観客役の凡梧さんが、『ハイ』と差し出すのが、新商品の『カッチンビール』。それをゴクゴクやった石岡先生はさらにスパートをかけるというシチュエーションです」
 西城は自信満々だが、実際にやってみせる私たちにとっては不安が募る一方だ。大体、100m走の設定なのに、給水ポイントがあることは不可思議。そのうえ、ビールを飲んでパワーアップというイメージも、そぐわない気がする。
「どうですか、石岡先生」
「ええ、まあ、ユニークかもしれません」
「ビールをお飲みになるシーンには、炎が燃え上がるエフェクトを入れまして、『情熱もチャージアップ』と文字をバーンと打ちますからね」
 専門家の西城がそれでいいと言うのなら、私が口を出す問題ではない。みんなも同じ思いなのか、それぞれ持ち場に戻っていった。
「では行きます。シーン2 カット1 用意スタート!」

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「やっぱり、ビールをグビグビッとやってもらう際の爽快感とか、豪快さを伝えたいんですよ」
 西城の言葉が私の頭にガンガン響く。私は陸上で使うマットの上に寝かされ、濡れタオルを額に載せていた。元々、アルコールに強い性質ではない私にとって、急激な運動の後のビールの一気飲みは無茶すぎた。あっという間にダウンである。
「ほらっ、ポパイだってホウレン草を缶からグワッと一息に食べるでしょう。あの迫力が画面から出るといいんですね。だって、競技中にエネルギー補給という場面なんですから」
「わかりました。やってみますけど……。本物のお酒を飲むのなら、あと一回が限度だと考えてください」
 私は精一杯の声で言う。
「もちろんです。そこで石岡先生、ジョッキにしましょう」
「へっ…?」
「大ジョッキなら視聴者に中身が見えて、ビールの壮快さがアピールできます。それを先生がグイッグイッと豪快にやっちゃってください」
「ジョッキに注がれた生ビールを凡梧さんが、競技中のぼくに渡すんですか?」
「はい」
「そして、それを飲むんですか?」
「ええ、いい絵になりますよ」
 私は死ぬかもしれないと本気で心配になってきた。

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「それで、結局、無事に終わったんでしょう。CM撮影は?」
 里美が買出ししてきた食材をテーブルに並べながら言った。私はあの悪夢のようなCM撮影から一ヶ月が経過している。CM撮影の翌日は、体のあちこちが痛くて、そのうえひどい二日酔いに悩まされ、一日中起き上がることも出来なかった。
「今日、初めて放映されるのね。楽しみだわ」
 里美はCMに出た私の姿を心待ちにしてくれているようだが、私はとてもそんな気分にはなれない。むしろ、そのフィルムをお蔵入りにして、あの撮影は永遠に封印して欲しいくらいだ。
「それに、先生の演歌も早く聞いてみたいし…」
 里美が横目でこちらを見てニヤニヤしている。私は頭を抱えて下を見た。
「ああ、年を取るということは、その分、恥をさらすことなのかもしれないねえ」
「なにを悲観的なこと言ってるの。もうすぐでしょう」
 里美がテレビを点けると私の出たCMのスポンサーが提供するクイズ番組が始まる。その合間にとうとう放映されてしまった。
「人生は短くない。100mを走る間にもドラマがある」
 とテロップが出た後、金メダリストのガンマレイ・バルバを始めとしたスプリンター達と共にスターティングブロックに足をかけている私が映し出された。
「石岡先生、すごい格好をしてるのね」
 着流し姿に雪駄履きの私が走り出し、みんなから遅れをとる。そこで、雪駄をスニーカーに履き替えて、猛スピードで走った。そこまでが「ダッシュラン」のCMである。
「すごい。次にも出ているの?」
 里美には細かいことを教えていなかったため、ひとつひとつに感動してくれているようだ。
 給水ポイントに遅れて到着した私は、紙コップの水がこぼれていて飲めない。そこに現れる凡梧。
「ハイ、これを飲んで頑張って」
 渡されたのはジョッキに入った生ビール。ゴクゴクと飲み干す私。炎が私の周りに吹き上がるCGが出て「情熱チャージアップ」のテロップが出た。
「なにこれ、すごく面白いわ」
 里美はお腹を抱えて笑っている。私は少し意外だった。
 ビールのCMの後は、最後にパソコンメーカーのCMである。走っている最中の私が何かにつまずいて派手に転倒する。その原因は、コース上に置いてあったパソコンだった。足をさすりながらも私はパソコンを見て、大きく頷く。
「そうだ。身体を動かすだけじゃなくて、情報も収集しなければ勝てないぞ」
 コース上に座ってキーボードを叩き、画面を見て納得したように頷く私。
「その手があったのか」
 再び走り出した私は、またたくまに他の選手たちをゴボウ抜きして、ついにトップでゴールを切った。両手を上げる私には、桜吹雪が舞っているCGが使われていた。そして企業名の「周防コンピュータ」とテロップが出る。
「これ、全部石岡先生が主役なの?」
 里美は目を丸くしている。
「うん、どうも知らないうちにそうなっちゃったみたいで……」
「ちなみにタイアップ曲って…」
「ずっと流れていた曲。『刹那くて馬車馬』って言うんだけど」
「え、まったく印象に残ってないなあ。映像にインパクトがありすぎるもん」
 私はため息をつくと、CDジャケットの写真に目を移した。
おしまい おしまい
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