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頑張れ!石岡君
石岡君、討論番組に出る 3 「石岡君、討論番組に出る」3 優木麥 石岡君、討論番組に出る 3

   
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ジャーナリストであり、司会者の小俵陽太郎。
精神科医の白林。
スポーツ評論家のアディオス火野。
映画監督の鬼山修平。
代議士の弾上。
空間デザイナーの藁科ミオ。
そして、私こと石岡和己の七人による討論番組。
「自己紹介が終わったところで、いよいよ本日のテーマである竹馬の友の討論に入りたいんだけど、ちょっとこのデータを見て…」
 小俵が示したフリップにはいくつかの円グラフが描かれている。
「これは年代別に『竹馬の友がいますか?』という質問をした結果だね。もう一目瞭然なんだけど40代や50代の人に訊くと、竹馬の友がいると答えた人の比率が70%近い。しかし、これが20代、30代になるとガクッと落ちてる。もう20代になると半分以下に比率が下がっている。これは由々しき事態なのか。それとも、こういう時代にシフトしたのか。今日の取っかかりはそこからかな。まずは竹馬の友がいる派の人の意見が聞きたい。初登場の石岡先生」
 小俵にペンで指し示されて、私の心臓がビクンと鳴った。

「あなたには御手洗潔氏という竹馬の友がいるわけだけど…」
「いいえ…」
 震えそうな唇で私はかろうじて言葉を吐き出す。
「御手洗は竹馬の友ではありません」
「えーっ!!」
 観覧者達から驚きの声が上がった。私は予想外の反応に周囲をキョロキョロと見回してしまう。
「なんと、石岡さんは竹馬の友がいない派に鞍替えしたの?」
「違います。御手洗と知り合ったのは20歳をだいぶ越えていたので…」
「年齢で、人間の行動や関係を計ることは、差別ですわ、石岡先生」
 藁科ミオが目を吊り上げて怒鳴った。
「えっ、いえいえ、ぼくはそんなつもりで言ったのでは……」
 私は両手を激しく振って否定する。しかし、ミオはますますこちらに食ってかかってきた。
「たとえ、何歳で知り合おうと石岡先生は石岡先生だし、御手洗さんは御手洗さんじゃあないですか」
 観覧者からぱらぱらと拍手が起こる。
「そ、それはそうですけど…竹馬の友かと尋ねられたので、ぼくはそうではないと…」
「あなたの心が、御手洗さんの存在を消したがっているんですよ」
 次に論敵となったのは、精神科医の白林である。
「心の中で消してしまいたい存在だからこそ、あえて『竹馬の友ではない』と否定から入るのです。つまり、あなたが『存在しない』と公言すればするほど、その存在が大きくなっていくことにストレスを感じている。怖いのは、その苛立ちの行き着く先は、現実の存在を抹消することに気持ちが向かうことです」
「えっ、ちょっと待って。それはどういうこと?」
 小俵が場を仕切るように右手を動かすと、身を乗り出してきた。自分に注目が集まったことから張り切った白林は、メガネを掛けてファイルを取り出す。
「石岡先生が竹馬の友の存在を否定する背景には、竹馬の友を嫌うよりも、竹馬の友がいる自分自身を嫌う傾向があるということです。つまり、竹馬の友がいる自分を否定する内的欲求が高まっている。だから、竹馬の友がいる石岡和己という存在にも、竹馬の友である御手洗さんの存在にも耐えられない。その結果、どちらかをこの世から消す行動に出る危険性もゼロではないのです」
 もはや白林は私ではなく、小俵を見て自説を披露していた。なぜこんな流れになっているのだろう。私はただ、御手洗と知り合ったのが20代だから、竹馬の友とは呼べないということを説明したかっただけなのに……。
「石岡さんが竹馬の友を持ちたくない気持ちはわかるよ」
 映画監督の鬼山が野太い声で唸った。
「この国で竹馬の友なんか持ったら、すごく住みにくい。物価は高いし、税金は不平等だし、エンターテインメントは貧困極まりない。やっぱり、竹馬の友とは、自宅のジャグジーでさ、ブルーハワイなんか飲みながら、バカ話したいわけよ。水着のネーチャンが側にいれば……」
「失礼な発言ですわ、鬼山さん」
 ミオが金切り声を上げる。
「待って。ボクにも発言させて」
 スポーツ評論家のアディオス火野が挙手しながら割り込んできた。
「ボクは、石岡さんが竹馬の友を否定する理由は、ただひとつしかないと思うよ。それはズバリ、ミネラル不足!」
 意外な言葉に、場内は静まり返る。
「石岡さんはお一人で生活されてるんですよね?」
「はい…」
「詮索するようで恐縮ですが、食生活なんかはどのようにされていますか?」
「コンビニのお弁当とか…」
「やっぱり、ミネラル不足ですよ」
 火野は鬼の首でも取ったかのような態度だった。
「ミネラルが不足した人間は、血液がドロドロして、長時間の緊張に耐えられず、ちょっとしたことが原因でキレやすくなります。石岡さん、食生活の見直しをされたほうがいいですよ」
「あっ……ハイ…」
 私としては、うなずくしかない。
「石岡先生を責めても問題は解決しないんじゃないですか」
 代議士の弾上が満を持したように発言する。
「問題の本質は、石岡先生ですら竹馬の友を持てない国になってしまったということですよ。一体、誰がそんな国にしたんです。そこが問題なんじゃないですか!」
 弾上はドンとテーブルを叩いた。
「石岡先生、あなたの悲しみは、国のまつりごとに携わる私にとっての痛みです」
「は、はい…でも、その悲しいというか……」
 私にとっては、本当にただ御手洗は竹馬の友ではないというだけなのだが、なぜにみんな熱くなっているのか理解に苦しむ。
「竹馬の友、受難の時代にさせてしまって、ゴメンなさい」
 頭を下げる弾上の目からは涙が零れ落ちていた。
「こうなったら次の国会で『竹馬の友』保護法案を提出しますよ。まずは若手議員を集めて審議会を開きます」
 先ほど控え室で冗談として口にしていたことを真剣な表情で弾上が言っている。
「政策の不備を誤魔化している気がするな。竹馬の友が生まれない世の中にしたのは、与党の責任が大きいんじゃないの?」
 小俵が鋭く切り込む発言をした。いや、鋭い発言なのかどうか。私はもう何が何やらわからなくなっていた。
「なにぃー。私は政治生命を賭けて竹馬の友を守ってみせる」
「竹馬の友の問題は、教育問題とも切り離せないんだよ。その部分をどう認識してるの?」
「女性の地位向上がなければ、竹馬の友は生まれませんわよ」
「それだけじゃないとボクは思う。竹馬の友はグローバルに考えるべきだ。ミネラル不足で悩む若者は、ボクのリサーチでは日本だけで6割以上なんだよ」
「バカヤロー!」
 鬼山がテーブルを激しく叩く。
「そんなゴチャゴチャ言うんだったら、オレに10億でも20億でも預けてみろって。竹馬の友をテーマにした大作映画を撮ってみせるから」
 エスカレートしていく喧騒の中で、私は不思議と自分が冷静になっているのを気付いていた。当初と違い、私に矛先が向かなくなったことも一因だが、このテーマを真摯に考えようとしても、とても私の理解の及ぶレベルから離れつつあることも事実だ。目の前に用意されたアイスティーは空になっている。番組のディレクターからは「議論されると喉がお渇きになると思いますので、いつでもお替わりを申し付けてください」と言われていた。その瞬間の私は、完全にお役御免の気分だった。里美と最初に話していた状態とはだいぶ違うが、傍観者としてその場に存在すればいいという立場を獲得したものと考えていた。討論の輪から私は外れている。あとは番組終了までここに座っていればいいのだ。そんな気の緩みが、私にうかつな行動をさせてしまう。
「すみません」
 私はそんなに大きい声を出したつもりはないのだが、ちょうどタイミングが悪く、討論が一段落して誰も発言していない時期だった。
「おう、石岡さん。積極的だね。異論ある?」
 小俵が笑顔で私をペンで指す。新しい流れを生み出そうとしていた瞬間に私が挙手したのが、これ幸いと思ったのだろう。しかし、私が発言したかったのは彼ではなく、ディレクターなのである。
「いえ…」
 さすがにバツが悪くて口篭もってしまう。
「なによ? 発言を求めておいて、その態度はよくないよ。言ってみて、石岡さん」
「それが、間違えたんです。テーマと関係ない話ですから……」
「ダメだよ。今は発言すべきとき。そこからまた新しい方向性が生まれるかもしれない。言ってみてよ」
 小俵に促される。出演者や観覧者が私を注視している。あまりに緊張している私はとてもその場を切り抜ける知恵が浮かばなかった。もはや、ありのままに発言するしかない。
「お替わりをください」
 アイスティーがなくなったグラスを掲げる私を爆笑の渦が包んだ。
つづく つづく
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