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頑張れ!石岡君
石岡君、野球チームを買う 7 「石岡君、野球チームを買う」7 優木麥 石岡君、野球チームを買う 7

   
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 「5回までノーヒットノーランですよ。この調子なら完封も狙えますね」
 ベンチに戻って来る度に、ピッチャーの佐原は、チームメイトから賞賛を浴びる。もちろん、私も手放しで喜びたい気分だ。新オーナー就任を承認してもらうための査定試合。私自身の去就うんぬんよりも、この馬車道カプリコンズという素晴らしい草野球チームを存続させたい気持ちで一杯だ。
「石岡オーナーの手腕におみそれしました。ウチの新エース誕生ですよ」
「いやいや、グラウンドでプレイしている選手のおかげです」
 確かに担当編集者の佐原をこの野球場に呼んだのは私だが、元々はカン違いから生じている。『サウスポー』を唄うつもりで現れた彼が、本物の左腕を持っていたことはケガの功名と言っていい。
「見事な健闘ぶりですな」
 私の後ろに座る連盟の長老は感服した様子だ。すぐに振り向く私は笑顔を見せる。
「勝利に向かって邁進します」
「フン、初対決なら投手のほうが有利なんだ」
長老の隣に座る他のオーナーが私を睨む。
「打者側にデータが全くないからね。これで打者も3巡目に入る。そろそろお宅の新エースの球筋も見えてくる頃さ。球種も少ないようだしね」
 嫌味にムッとしたが、私は平静さを装って答えた。
「お互いに力を尽くせればいいと思います」
「ハーイ、エブリバディ。エースが抑えてくれている間にポイントゲットしないとダメデース。打線のサポートがナッシングでは、ゲームに勝てませーん」
 監督のミチコ・ホーンが大声で叱咤する。ここまで0対0。スコアが動かないのは、カプリコンズも同様だった。さすがに前年度優勝チームのエースはおいそれとは打ち崩せない。とはいえ、点が入らなければ勝てないのだ。
「このまま7回まで0点のままだったら引き分けなの?」
 草野球は通常7回まででゲームセットである。
「ええ、通常の試合は引き分けですけど、今回は査定試合で連盟の公式ルールに従うので、延長12回までやると思います」
 その答えを聞いた私には新たな不安が湧いてきた。飛び入りとして試合に参加した佐原の体力に関してである。あと2回で勝敗が決するなら杞憂に終わるだろう。問題なのは、延長戦に突入した場合だ。出版社の編集者として不規則な生活を送っている彼に、それだけの長丁場を戦うスタミナがあるとは思えない。私はスポーツドリンクを飲んでいる佐原に声をかけた。
「絶好調だね。驚いたよ」
 佐原は屈託のない笑顔を見せる。
「ええ、なんか燃えてきました。学生時代の血がたぎる感じです」
 頼もしい言葉である。無理しているようには思えない。リリーフを用意する必要もなさそうだ。
「スマン、また打てなかった……」
 キャッチャーで四番の浜西がベンチに戻ってきた。やはり、相手チームの投手も侮れる相手ではないのだ。
「コツコツいきましょう。コツコツとね」
 私はそう声を出すしかない。技術的なアドバイスなどできないし、頑張れと励ますのも当たり前すぎる。ましてや戦略など立てようがないのだ。チェンジになり、6回表の相模原カメレオンズの攻撃が始まる。


 最終回になって、ついに試合が動き出した。7回表1アウトでカメレオンズの3番打者が2累打を放ったのだ。佐原の完封はならなかった。いや、今はそんなことを言ってる場合ではない。
「次は4番か。怖いね」
 私は素直に口に出す。正念場である。ここで1点を入れられれば、試合を左右する可能性が高い。
「カメレオンズは代打を出すようです」
「4番に代打?」
 私は即座には相手チームの意図がわからなかった。チームの最強打者を据えるのが4番。この最終局面で外すのは理に適わない。だが、すぐに現在のカメレオンズは本来のレギュラーメンバーではないことを思い出す。
「ミチコ監督、相手はなりふり構わず勝ちにきたんだろうね」
「オフコース!」
心なしかミチコの返事に勢いがない。元々、馬車道カプリコンズと相模原カメレオンズでは通常のメンバー構成でさえ、戦力に開きがある。もちろん、前年度のリーグ覇者であるカメレオンズのほうが投打ともに上だ。しかし、この査定試合において私のチームは、さらに大きなハンディキャップを加えられている。あろうことか、カメレオンズは各チームの4番打者を引き入れて“オールスター連合”を結成したのだ。
「誰を出してくるのかな。もっと上の打者がいるなら、こんな土壇場まで引っ張る必要はなかったのに……」
「打者と投手には相性がありマース。おそらく、サハラ君の球種を見て、相性のいいバッターをチョイスしたのでしょう」
 ミチコの声に怒りが込められていた。試合前は「相手が選抜メンバーでもノープロブレム」と強がっていたミチコ。しかし、この勝負どころでは余裕などかませていられない。女装して別人格を演じているマネージャーの角田も、相手チームの野球道にもとるハレンチ行為を腹立たしく感じたのだろう。
  「代打は須山昇一選手だそうです」
 その名を聞いたミチコは首を捻る。
「アイ ドント ノー。カメレオンズどころか、他のチームにもそんなネームのバッターは知りまセーン」
「新戦力の投入か……?」
 私は拳を握り締めた。思わずミチコにタイムをかけてもらって、マウンドの佐原をひと言励ましに向かう。
「あの須山ってバッターは、私の大学時代のライバルです」
「えっ、ええー」
 佐原の言葉に私は絶句する。つまり、カメレオンズは、わざわざ佐原を打ち崩すために学生時代に相性の悪かった打者を連れてきたというわけだ。
「そこまでして……」
「勝負でからね。一打席なら抑えられると思います」
「頼むよ、佐原君」
 私は必死に祈りながら、マウンドから離れた。


 7回裏の攻撃になった。馬車道カプリコンズからすれば最後の攻撃である。現在のスコアは1対0。この前の相手の攻撃は功を奏した。ここまで完封を続けてきた佐原の投球をついにとらえ、須山がタイムリーヒットを放ったのだ。
「許せねえ。そこまでして点を取るなんて」
 浜西が憤慨していた。佐原が真っ赤な目で私に訴える。
「私の友人に大リーグのマイナーリーグの選手だったヤツがいます。この近くですから、連絡してもいいですか」
「オー、ナイスアイデア。こっちも一発かましてやりましょう」
 ミチコを始めとするチームメンバーは喜ぶが、私の考えは違った。
「やめようよ」
「えっ、でも相手だって……」
「勝つためには手段を選ばないのはやめましょう。確かにこれは査定試合です。勝つことが大事です。でも、もっと大事なこともあるのではないでしょうか」
「もっと大事なことですと……」
「そうです。野球を楽しむ気持ちです。これを忘れて、ただ強い選手を呼び集めて勝ちましたと言っても、何かを失っている気がするんです。佐原君……」
「はい……」
「完封試合をしたかった気持ちはわかる。でも、野球は、そんなに血走った目でプレイするものじゃないと思う。ぼくたちは、精一杯みんなの力で戦いましょう。そして、その結果に胸を張りましょうよ」
 無我夢中で私はしゃべっていた。どうしても、勝つことだけにこだわって、何でもするという気持ちにはなれなかった。
「オーナーのメッセージ、受け取りました」
 ミチコがうなずいた。浜西や佐原をはじめとする一同も「最後の攻撃、頑張ります」と口々に言う。私は嬉しかった。全員の気持ちがひとつにまとまったのだ。まだ1点差。泣いても笑っても、悔いなき戦いをするだけである。
「合格ですな」
 唐突にその声が響く。驚いた私は後ろを振り向く。環太平洋草野球連盟のオーナー達が笑顔で拍手をしていた。
「この査定試合で問われていたことは、石岡さんやカプリコンズのメンバーが野球に対して、どう取り組むのかという姿勢。技量や実績は関係ない。ひたすら野球に真摯に取り組むあなた達の姿、見させてもらいましたぞ」
「えっ、じゃあ……」
「馬車道カプリコンズの存続を認めます。石岡さん、新オーナーの誕生じゃ」
 あっという間にカプリコンズの選手に囲まれた私は、胴上げを受ける。何度も宙に舞いながら、私は試合で負けたのに、コールド勝ちをした気分だった。
つづく おしまい
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