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頑張れ!石岡君
石岡君、野球チームを買う 3 「石岡君、野球チームを買う」3 優木麥 石岡君、野球チームを買う 3

   
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「燕尾服のほうが良かったかなあ」
 円卓に着いた途端、矢木はそうつぶやいた。隣席の私の心臓の鼓動が加速する。何しろ、馬車道カプリコンズの応援法被に、頭には「必勝」鉢巻という扮装なのだ。燕尾服とは比べようがない。
「そんな……今さら言わないでくださいよ」
 だから、私は何度も衣装替えを提案したのだ。それを全て却下しておいて、あと数分後にオーナー達と対面する場面で不安にしないでほしい。
「いやあ、あらためて石岡先生の格好を見てみると、まるで経営者と労使闘争中の労働組合の人みたいだから……」
 まるで他人事のような矢木の言葉に、私はあきれてしまう。これから環太平洋草野球連盟の他チームオーナーに馬車道カプリコンズの存続を訴える。そのためには、私が新オーナーに就任しなければならないらしい。すでに、3人の人物が新オーナー就任をはねつけられている。そんな重大事を控えているにも関わらず、問題なのは私の格好だ。
 当然、最初はスーツ着用でと考えていたのだが、矢木をはじめとする馬車道カプリコンズのメンバーが「堅苦し過ぎる」と異を唱えたのだ。厳格なオーナー連中だと聞いていた私は、正装での対面にこだわった。
「だけど、皆さんとは初対面だし、礼を尽くさないといけないでしょう」
「その礼の尽くし方を考える必要があります」
 矢木が言うには、今までの3人の候補者の失敗は、当たり前に事を運ぼうとしてかえってオーナー達に値踏みされてしまったのが原因だという。
「確かに対面時にスーツで正装していくことは社会常識です。しかし、それだけに人の心には残らない。ともすれば陳腐で、卑小な人間に見られることもありえます」
「そんなバカな……」
 さすがに私は反論する。あまり奇をてらい過ぎて、逆効果になってしまう例を数多く見てきたのだ。
「正攻法でいくべきです。あまり策を弄するのは、ぼくの信条に合いません」
「石岡先生、これを着てみてください」
 矢木が取り出したのは、馬車道カプリコンズの応援法被…。
「えっ、こんな格好でオーナーに会うんですか!」
 大声を出してしまうのも無理はない。応援法被は白地に金色と赤の刺繍が入った派手なデザインだ。この姿が似合うのは野球場のみ。いや、野球場以外のあらゆる場所で、浮き上がってしまうこと必至だ。
「ちょっと……ふさわしくないんじゃないかなあ」
 私はできるだけオブラートに包んだ言い方をする。
「もちろん、これだけではありません」

 矢木は「必勝」と染められた鉢巻と、黄色いメガホンを取り出した。
「これらとセットでアピールしましょう」
「え、ええっ……相手に不快感を与えないかなあ」
「まさか。むしろ、強烈に野球を愛していることをアピールできるはずです」
「そういう効果はあるかもしれませんが、社会人としての品格に関して……」
「品格は、どんな姿をしていようとにじみ出るはずです。それとも、石岡先生は、服装によって品格が薄まると考える前時代主義者ですか」
「そういうわけではないけど……」
「じゃあ、これを着てガツンといきましょう」
 結局、押し切られた私は応援法被に必勝鉢巻、黄色いメガホンを片手に中華飯店の円卓に着いている。
「まあ、ここまで来たら当たって砕けろ、ですよ」
 矢木の無責任な言葉に私は苦笑いするしかない。そのとき、個室のドアが開き、ウエイトレスが顔を出した。
「お連れ様、到着されました」

「では、環太平洋草野球連盟のオーナー会議を始めたいと思います」
 円卓に座るのは10人のオーナー。そして、馬車道カプリコンズの前オーナーの矢木と私だ。他のチームのオーナー達は、全員が紋付袴だった。入ってきた瞬間、私は大相撲の親方の懇親会に参加している気分になる。しかし、すぐに私の胸を支配するのは、危惧感だった。紋付袴の厳粛な集団に囲まれると、私の応援法被はまるで別のテーブルにいる客のそれである。
「本日、緊急会議が召集された理由はひとつです」
 議長役の相模原カメレオンズのオーナーが口火を切った。
「先日来、懸案事項となっている馬車道カプリコンズの新オーナー問題。これが本日の議題です」
 オーナー達の視線がこちらに集中した。私の身が引き締まる。前オーナーの矢木が立ち上がると、経緯を説明した。彼が話している間、私はうつむく。やはり正装してくるべきだった。生きた心地がしない。
「……という次第で、馬車道カプリコンズとしては一口オーナーを公募しまして、その筆頭オーナーとして石岡和己氏を推薦する運びとなりました」
 本来なら拍手が起きる場面かもしれないが、室内は無音である。重苦しい雰囲気がたちこめている。
「では、新オーナーの推薦を受けた石岡さん。所信表明をお願いします」
 議長に促されて、私は立ち上がった。オーナー達の視線がひどく冷たく感じられる。
「石岡先生、メガホンを使ってください」
 矢木が小声で私にささやく。冗談ではない。ここでそんなマネをしたら、即刻退場を言い渡されてもおかしくない。
「ただ今、紹介に預かりました石岡和己です。えー、野球そのものに関しては、人に誇るべきものはなにもありません」
 半日で何度も推敲した挨拶である。とにかく等身大で語ることを基本にしていた。どちらにせよ大言壮語できるはずもない。
「ただ馬車道に住んで長い年月を経まして、愛着もあり、その地元に根付いた文化に対してぼくができることがあるならば、微力ではありますが、協力したいと考えています。もちろん、先輩のオーナーの方々にご指導ご鞭撻を仰ぎながら進むことになりますが、何卒お力をお貸しいただきたいと思います」
 私は深々と頭を下げた。隣の席の矢木が一人でひたすら拍手をしている。他のオーナーは無言のままだった。
「石岡先生、お顔を上げてください」
 一番上座に座っている長老格の人物がそう言った。
「今日は試合の帰りですかな。まるで球場からそのまま駆けつけたようじゃ」
「あ、いえ……その……」
 私は返答に窮す。やはりこの格好が全員の気分を害していたのだ。第一印象からマイナスでは、とても認められるはずがない。
「あなたは野球に関して人に誇れるものがないとおっしゃった」
 長老の厳かな口調が、かえって私の罪の意識を刺激する。まるで規則破りをして教師に叱られる生徒のようだ。
「とんでもない話ですな」
 長老は静かにそう言った。私は顔を上げることができない。確かに野球チームのオーナーになろうというのに、野球に関して人に誇ることがないなどと宣言するのは、とんでもなく失礼な話であろう。
「いえ、すみません。それは……」
「ご謙遜をなさる。本当にとんでもないご謙遜だ」
「はっ……?」
「球場でチームを応援して、そのまま息せき切って駆けつける。見上げた“野球好き”ではないかね」
「あ、いえ……」
「そのうえ石岡先生の社会的地位、馬車道への貢献度、そして人物、識見に関しては何の問題もございません」
 長老の言葉に私は思わず「ありがとうございます」と頭を下げる。
「よろしい。馬車道カプリコンズの新オーナー候補として、査定試合に臨むことを承認しましょう」
「どうも、ありが……え、査定試合?」
 私は矢木を見た。彼は申し訳なさそうに説明する。
「その査定試合に勝って初めて、新オーナーに就任なんです」
「し、試合ったって……」
 私はまったく聞いていない。
「対戦相手は、前年度の優勝チーム、相模原カメレオンズだ」
 事態はまた予想外の方向に向かっている。
つづく つづく
…
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