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頑張れ!石岡君
石岡君、旅番組のリポーターになる 4 「石岡君、旅番組のリポーターになる」4 優木麥 石岡君、旅番組のリポーターになる 4

   
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 「梶山クンはつねにワサビ入り饅頭がどれかを知っていたのだから、いつでも優勝できる立場でした。にもかかわらず、彼は決してワサビ入りを引いた相手を指摘せず、勝負をつけなかった。その目的は何かと考えると、勝負をある回数、それは20局か30局かわかりませんが、続けることでしょう。ところが、第19局に限ってぼくが『すみれさんが彼岸盃』と予告判定したものだから、梶山クンは動揺しました」
「なぜでしょう」
「順番に考えましょう。梶山クンはすでにワサビ入り饅頭が5つのうち、どれかを知っている。それを前提にしてください。まずそれぞれのプレイヤーが第19局で一番選びやすいパターンを挙げておきましょう。マリさんは前回の外れであった『春』もしくは『花』です。ぼくは今までずっとこだわってきた『冬』。そして最後のすみれさんは『秋』以外を選ぶ。つまり、4番目のすみれさんの段階で『秋』とワサビ入り饅頭が残っていたら、その時点でぼくの予告は的中です。すみれさんは絶対に『秋』は選びませんからね。梶山クンにとっての最悪のケースは、ぼくの予告が的中してしまうこと。すなわち、最後の2個が『秋』とワサビ入り饅頭の饅頭という形で残ることです」
「はい。わかります」
「では検証します。第19局でのワサビ入り饅頭は『春』『夏』『冬』『花』の4つのどれかです。『秋』には入りませんからね。まず『春』か『花』の場合、梶山クンの取るべき方法はどちらであっても、片方を選べばいい。なぜなら、その後のマリさんが必ずもう片方の饅頭を選ぶからです。彼女は前局での外れの刻印を選ぶか、『花』を選ぶかですから。次の『夏』がワサビ入りだった場合、梶山クンからすれば最悪です。先ほどのように『春』か『花』を選べば、マリさんがその片方、ぼくが『冬』を選んで、自動的にすみれさんに外れが残ります。かといって『冬』を選んだら、『花』と『春』が残るので、マリさんとぼくはクリアです。最後に『冬』が外れだった場合ですが、梶山クンは『夏』を選ぶはずです。なぜなら『春』と『花』のふたつをマリさんに残す以上、そのどちらかが外れではない可能性が高い。むしろ、ぼくの段階でたとえば『花』『冬』『秋』と残れば、ぼくは迷わず『花』を選ぶつもりでした。それは『花』ではなく、『夏』が残っていても同様です」
「石岡先生、あの場でそんなに緻密に考えていたんですか」
「いいえ、穴だらけですよ。あえて梶山クンが引っかけようとして裏をかく方法もあったと思います。でも、そんなに何パターンもいきなり考えられないし、不確定要素は残る。その結果、彼が選んだのは、自ら最初にワサビ入り饅頭を選ぶことで、すみれさんに指摘させ、優勝を村の人間に渡すという次善の策です」
 津和野がしばらく私の顔を見つめていた。
「さすがは名探偵、御手洗さんの親友である石岡先生です」
「いや、それは……両方違いますけど…」
「この手花瀬村の神隠しの謎も解いていただけますか?」
「はっ…?」
 私には津和野の言い出したことの意味がわからない。

                        ●

「この村に入る前に、トンネルがあったのを憶えていますか」
「ええ、ありましたね」
「実は、20年前まで、あのトンネルを使って、お祭りのひとつの儀式があったんです」
「儀式ですか」
「手花瀬村には、村の名前がついた由来が昔話になっていましてね。山の夜道を歩くときは、必ず手をつながなければならない。すると、林のあちこちから声が聞こえるそうです。『手、はなせー』『手をはなせー』と」
「そういう怖い話は苦手です」
 私は顔を歪めてしまう。ましてや、今は津和野しかいない露天風呂の中だ。壮快で、開放的な気分が吹き飛んでしまいそうである。
「その声に負けて愛する者の手を離してしまえば、突風がさらってもう二度とその相手とは会えない。そんな言い伝えがあるんです」
「勘弁して下さい」
「20年前まで行なわれていたのは、その言い伝えに添った村の行事です。村で長子が10歳になった家では、兄弟二人だけであのトンネルを手をつないで通り抜けなければなりません。二人でトンネルの暗闇を進む間は、何があろうと決して手を離してはいけないのです」
 なぜ津和野はそんな話を私に聞かせるのだろう。だが、彼の口調は段々と熱を帯びて、温泉で温まった身体がゾクッと震える。
「あれは、20年前の夏の日のことでした。ある家の長男、秋雄が10歳になったのです。そして、3歳になったばかりの妹がひとり。村の定めに従って、秋雄たちは手をつないで、トンネルをくぐり抜けてこなければなりません」
 大人の私でもそんな肝試しみたいな真似はしたくない。だが、共同体が子供を一人前の構成員として受け入れるために、ある年齢に達したら「通過儀礼」を施すことは当然である。火の輪をくぐるとか、断崖から飛び降りるとかそれぞれの共同体によって通過儀礼は違うと聞く。
「秋雄は妹の手を離すつもりはありませんでした。でも、トンネルの中は暗く、どこまでも暗かった。その恐怖と不安に、妹は転びました。そして泣き出したんです。秋雄がどんなに慰めても彼女は泣き止みません。彼はパニックに陥りました。自分自身の胸の奥で膨らんでいた恐怖と不安に耐えられなくなったんです」
「わかります。心細いでしょうしね」
「秋雄は『お父ちゃんたちを呼んでくる』と言うと、妹をその場所に置いて出口に向かって走り出しました。もう無我夢中でした。周りのことが全然わからなかった。運悪く、無灯火で走ってきた一台の自動車と接触してしまいます」
「えっ……」
「幸い秋雄のケガは、そんなに深刻ではなかったのですが、事故を起こした車の運転手は、酒に酔っていました。そして、ある事情によって村から逃げ出そうとしていたのです。迷った挙句に、自分で密かに病院に連れて行こうと秋雄を車に乗せてそのまま走り去ります」
「あ、あの…」
「村では大騒ぎになったそうです。あまりにも遅いため、大人たちがトンネルに入ってみると、妹だけがポツンと残されて泣いている。出口に向かったという秋雄の姿はトンネルのどこにも見当たらない。どこかの車に乗せられてしまったのかもしれないと考えたでしょう。しかし、もはや探しようがなかった。だから、神隠しということになって、トンネルくぐりの行事は消滅したのです」
 夜空を見上げる津和野の表情は、こちらからは陰になっていて見えない。しかし、私には確信があった。きっと今の彼の頬には涙が流れているのではないか。
「その…秋雄クンは、どうして村に戻らなかったんでしょうか?」
 戻れなかったとは思えない。自分の意志で戻らなかった気がする。しばらく沈黙があった後、津和野は口を開いた。
「どうしても戻る気持ちになれなかったんですね。妹の手を離してしまったことの後悔。そして、自分ひとりで逃げ出そうとした後悔……妹があの後、どうなったのかも怖くて……。事故を起こした運転手は優しかったんです。そして、いつか本当の家族のように過ごしていましたね」
「でも、帰ってこられた」
 私の言葉に、津和野がこちらを見る。
「津和野…秋雄さんですね?」
「はい…」
 津和野がうなずく。20年前、神隠しにあった少年が、立派に成長して手花瀬村に帰ってきたのである。
「さっきの『彼岸盃』で、梶山クンとすみれさんが、なぜ『秋』の刻印の饅頭を手にしないのか理由がわかりました。この村では、20年前に神隠し事件があり、当事者の『秋雄』クンに関することはタブーなんですね」
 とはいえ、春夏秋冬から「秋」だけを欠くわけにもいかない。苦肉の策として、「秋」の饅頭にはワサビを入れない、村人は選ばないという暗黙の了解ができたのだろう。
「よかったです。帰ろうかどうか、ずっと悩んだんですけど、嬉しかった」
「すみれさんですね」
「ええ。妹の元気な様子が見られて……私はそれだけで満足です」
「名乗り出ないんですか?」
「今さら……どんな顔をして…もう、彼女たちも『秋雄』がいないのが当たり前の生活をしてきたわけですから…」
 津和野は何度も自分の顔をお湯で拭った。

                        ●

 露天風呂で津和野の告白を聞いた私は、複雑な気分で村に戻った。心はスッキリとしなかったが、浴衣の肌を撫でる夜風が気持ちいい。宿泊場所である村長の家に向かおうとすると、広場に大勢の人たちが集まっているのに気づく。
「おおー、主役のご到着だぞ」
 村人達が口々に私を指差す。事情が飲み込めない。
「一体、何が始まるんですか?」
「今年の祭りの最大の目玉、『彼岸つなぎ』を行います」
 村長が厳かに言う。まだ祭りは続いてるようだ。
「まあ、簡単に言えば、この村全体を使う〃鬼ごっこ〃ですな」
 村長の横に、梶山とすみれが手をつないで立っている。
「最初の鬼は、この梶山です。残りのみんなはとにかく逃げ回ってください。ただし、村の敷地から出ることは許されません。そして、鬼に触られた人が、新しい鬼になります。自分が触られた鬼に触り返すことは無効です。期間は、この広場の大時計が朝の6時の時報を鳴らすまでです」
「な、長いですね」
「その時点で鬼だった人は、今後一年間、この村に住まなければなりません」
「え、えっ…」
 とんでもないルールである。余興だと思って笑って聞いていたテレビ関係者達の顔が一変した。もちろん、私の顔面も蒼白である。
つづく つづく
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