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頑張れ!石岡君
石岡君、旅番組のリポーターになる 3 「石岡君、旅番組のリポーターになる」3 優木麥 石岡君、旅番組のリポーターになる 3

   
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 「正解でした。石岡先生こそ旅番組のリポーターに最適ですよ」
 津和野は上機嫌だった。私はお湯を何度も顔にかける。昼間、体に入ったアルコールはまだ全然抜けていない。それでも、津和野に「秘湯に行きましょう」と誘われて断れなかった。村長の家の裏山に入る形で、山道を進むと、15分ほどで露天風呂に到着する。我々の他には誰の姿もない。
「石岡先生、さっきのタネ明かしをしてくださいよ」
 津和野が笑顔で言った。私は初めて彼のサングラスを外した顔を見ている。
「えっ、何ですか。タネ明かしって…」
「トボけちゃダメです。さっきの『彼岸盃』のラスト、本当に見事だったじゃないですか」
 失敗続きの撮影だったため、ディレクターの津和野にそうホメられれば、私としても満更でもない。4人で5つの彼岸饅をひとつずつ選んで食べ、誰が激辛ワサビ入りの饅頭を食べたかを当てる「彼岸盃」。結果的に、優勝したのはすみれだ。
「ぼくは全然ダメでした。すみれさんの優勝でしたし…」
 津和野は首を横に振る。
「あの第19局目の最初に梶山クンがワサビ入り饅頭を選んで、すみれさんが指摘した。でも、それは石岡先生の魔法の言葉がその前にあったからですね」
 私は虫の声に耳を澄ます。津和野は鋭い男のようだ。
「第19局目の勝負前に『審判、ルールを確認したいんですが…』と声をかけたときは何を言い出すのかと思いましたよ。なにしろ『今回3番目のぼくが持っている予告判定の権利をいま使っても構いませんか』なんておっしゃった」
「ええ…」
 私はうなずく。予告判定は勝負が始まる前に言う必要があったのだ。
「確認しましょう。あの局の彼岸饅を選ぶ順番は、最初が梶山クン、次がマリちゃん、そして3番目が石岡先生で、最後がすみれさんだった。つまり、石岡先生はまだ誰もひとつも選んでいない状態で、この局に激辛ワサビ饅を選ぶのはすみれさんだと予告したわけです」
「そうですね」
 自分のやったことを丁寧に検証されると照れてしまう。
「あの場にいた者の素直な感想として、信じられなかったですね。だって、失礼ですけどそれまでの成績で考えたら負けつづけていた石岡先生ですから」
「はい。それで必死になって戦略を変えたんです」
「どういうことですか。なぜ、第19局では、予告判定などと…」
「落ち着いてください。なぜそうなったかを話すには、もっと前の段階から説明していく必要があります」
「お願いします。是非お伺いしたい」
 津和野の真剣な表情に私はたじろぎながらも説明を始めた。
「まずあの5つの彼岸饅にはそれぞれ刻印が押されていたのは憶えてますか」
「もちろんです。『春』『夏』『秋』『冬』『花』の5種類ですね」
「ええ。これはあの場の方の多くが察した事実だと思うんですが、前年度の優勝者の梶山クンとすみれちゃんは、その中でも『秋』の刻印の饅頭を決して選ばなかった」
「えっ、ホントですか?」
 津和野が驚いた表情をした。やはり、体を張って勝負に参加している者でなければ気がつかない感覚なのだろうか。
「間違いありません。実はぼくの隣に記録係のスタッフの方がいたので、毎回、誰が何の饅頭を選んで、何の刻印が激辛ワサビ入りだったかが一目瞭然でわかったんです」
「それは、こちらのうかつだったのかなあ」

「まあまあ。饅頭選びは毎回ローテーションだったでしょう。1局目がぼくが一番で、すみれさん、梶山君、マリさんの順番。2局目がマリさん、ぼく、すみれさん、梶山君…と誰が誰の次という基本的な順番は変わらない。それで面白いことに気づいたんです。4番目にすみれさんか、梶山君が来る局の場合、『秋』の刻印の饅頭が残ることが多い」
「へー、そうだったんですか」
「ふと違和感を抱いて、あの二人のそれまでの選んだ饅頭の刻印を見ると『秋』がひとつもなかったんです。それともうひとつ、梶山君が異様に強かったのを感じてましたか?」
「それはわかりました。さすがに前年度優勝者だと思ったんですけど、それにしてもほとんどワサビ饅頭を引かなかったですよね」
「全19局の勝負のうち、マリさんがダントツの7回、ぼくとすみれさんが4回ずつ、梶山君は2回で、2回は5番目の饅頭が当たりで誰も引かなかった」
「よく憶えてますね」
「問題は、梶山君がワサビ入りを食べた2回と、誰も引かずに勝負が流れた2回です」
「はい…」
「その4回は、いずれも4番目に引いたのが梶山クンなんです」
「えーっ!」
「しかもワサビ入りを食べたのは残った5個目の饅頭の刻印が『秋』。梶山クンが4番目にうまく引いて5番目に残った饅頭がワサビ入りだったときは、2回とも刻印が『秋』以外でした。これは、もう偶然ではありえません」
「ま、まさか…」
「梶山クンは何らかの方法で、ワサビ入り饅頭を毎回知っていたんです。だから、4番目で残りの2個から選ぶ立場になってもらくらくクリアした。しかし、その残りの2個の饅頭に『秋』の刻印があった場合、彼は苦渋の選択をせざるを得ない。ワサビ入りを食べることになっても『秋』は選びたくなかったんでしょう。でも、4番目に選ぶ人間は、3番目から予告判定をされない限り、セーフなので問題は生じなかった」
「い、石岡先生……」
「もうひとつわかることは『秋』の刻印は絶対的にセーフだということです。つまり、ワサビは入れられない。言い方を変えましょう。村の側に『秋』の刻印の饅頭には、ワサビを入れたくない理由があったように思えます」
「すごい。すごいですよ」
「いえいえ。ここまでの情報を整理しますね。『秋』の刻印はワサビが入れられない。ただし、梶山クンとすみれさんは選ばない。また何らかの方法で梶山クンだけはワサビ入りの饅頭を事前に知っている。では、ぼくは『秋』の饅頭を毎回選べばずっとセーフだという考えもあります。それは無理でした。とにかく、饅頭の中のアルコールがキツくて、早くゲームを終了したかった。最初はぼく自身で優勝できたらとも思いましたが、さすがに難しい。そこで戦略を変えたんです。とにかく、ゲームさえ終了すればそれでいいと」
「いやー、それを是非…」
「もうひとりの参加者である女優のマリさんも饅頭の選び方に特長がありました。彼女は前の局でワサビ入りだった刻印の饅頭をあえて選ぶんです。たぶん、二回続けて同じ刻印にはならないという、彼女なりの考えがあったんでしょうけど、実はこの方法は確率論から言ってもワサビ入りを引いてしまう可能性のほうが高いんです」
「ああ、だから、マリさんだけあんなにワサビ入りを食べちゃったんだ」
「ええ。もちろん、前回の刻印を必ずしもマリさんが選べるとは限らない。彼女は自分が選ぶ予定の刻印を取られると『花』を選んでいました。これもデータにハッキリとでています」
「何か言葉が出なくなってきますよ」
「そして、最後にぼくです。ぼくは19局の前の5局ぐらいは、意識して『冬』の刻印を選びつづけました。当たろうが、外れようが関係ありません。周囲のプレイヤー、とくに梶山クンにぼくが『冬』の刻印の饅頭を選ぶことを印象付けたかったのです」
「なぜですか…?」
「第19局で勝負を賭けるためです。たったひとつの条件が揃えば、ぼくは19局で仕掛けを打つつもりでした」
「条件と言いますと…?」
「前の局、つまり第18局のワサビ入り饅頭が『春』か『夏』であること。『花』や『冬』では成功率がグッと下がってしまうんです」
「へー、では勝負なさったわけですから…」
「ええ、第18局のワサビ入り饅頭は『春』の刻印でした。これでぼくが求める条件が全て揃ったわけです」
「全て? 他にも条件があったんですか?」
「はい。梶山クン、マリさん、ぼく、そしてすみれさんの順番に饅頭を選ぶことが重要なんです」
「うーん。まだわかりません。なぜそれだけで、まだひとつも饅頭を選んでいないのに石岡先生が『すみれさんが彼岸盃』と予告判定したのか。そして、その結果、今まで選択の余地がない場合しかワサビ入り饅頭を引いたことがない梶山クンが最初の一回目で外れを引いたのか」
「梶山クンも戦略を変えたんです。つまり、最悪を避けた。最悪とは、ぼくが優勝してしまうことです」

 私の説明に、津和野の表情が変わっていった。
つづく つづく
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