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頑張れ!石岡君
石岡君、旅番組のリポーターになる 2 「石岡君、旅番組のリポーターになる」2 優木麥 石岡君、旅番組のリポーターになる 2

   
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 5つの彼岸饅のひとつが「激辛ワサビ入り」。果たして手花瀬村の祭りの目玉のひとつの「彼岸盃(ひがんばい)」とはいかなるものか。
「では、昨年の優勝者である梶山クンにルールを説明してもらいましょう」
 村長の紹介で、筋骨隆々の村の若者が立ち上がって、私達の輪に加わった。彼が梶山なのだろう。
「ルールと言っても難しいことは何もありません。この5つの彼岸饅を4人で順番にひとりがひとつずつ食べていきます。その食べる様子を見て、誰がワサビ入りの彼岸饅を食べたかを当てるだけです。この人はワサビ入りを食べたと思ったら『○○さんが彼岸盃』と宣言してください」
 まさにテレビ番組のノリと同じである。
「ただし、いくつかこの村独特のルールがあります。まず順番にひとりがひとつずつ食べていきますが、ワサビ入りを食べたかどうかを指摘できるのは、まだ食べていない者だけです。つまり、今からこの4人で始めた場合…」
 梶山のいう〃この4人〃とは、彼と、女性リポーターのマリ、村長の娘すみれ、そして、まあ…私の4人である。
「私が一番に食べたとすると、それがワサビ入りかどうかを残りの3人の方で判定するのは普通のゲームと同じです。ですが、誰も私にワサビ入りだと判定しなかった場合、2番目にすみれさんが食べたとすれば、それを判定できるのはまだ食べていない石岡先生とマリさんだけになります。つまり、食べた者は順次、判定者からは外れていくわけです」
「では、1番目から3番目までの人がワサビ入りだと判定されなかった場合、最後の4人目に対しては誰が判定するんですか?」
 マリが当然の質問をする。
「予告判定しかありません」
「えっ…」
「つまり、3人目が自分が食べる前に4人目のプレイヤーに対して『○○さんが彼岸盃』と宣言しなければなりません。もちろん、その宣言をするしないは3人目の任意です。また宣言して、自分が食べた彼岸饅がワサビ入りなら、その時点で3人目の負けです」
「負けるとどうなるんですか? あなたが彼岸盃と宣言して、外れた場合ですけど…」
「その時点で場に残っている彼岸饅をすべて食べてもらいます。ひとり目で外れたとしたら、残った4つの彼岸饅をすべて外した人が食べなければなりません」
 なかなかバランスよく考えられている。最初に食べる者は、残り3人から判定されて不利に見えるが、外したときのリスクが最大なので、うかつに宣言はできないだろう。
「これはいつまでやるんですか?」
「誰かが彼岸盃を当てるまでです。最初の一回目で当たれば、それで終わりです。ただ村の伝統としては、この彼岸盃が当たらずに、何局も回れば回るほど翌年は豊作になるものですので、あまり簡単には終わらせませんよ」
 前年に彼岸盃を当てた梶山の口から聞くと不気味に響くが、昨年まではあくまでも村人だけで行なわれていたはず。今回は、参加者のうち半数の2人が部外者なのだから、さくさく終わる可能性も低くない。
「基本ルールはおわかりですか。それでは、補足的にふたつほど。まず彼岸饅は必ずひと口で食べてください。かじってしまってはワサビ入りかどうかの判定の醍醐味が生まれません。そして、たとえ誰かが宣言して外れた場合でも、誰も宣言せずに4人目までひとつずつ食べただけの場合でも、その回のワサビ入り饅頭を食べた人は、名乗り出なければなりません。ワサビ入りを食べた人のリアクションの観察を積み重ねていかないと、駆け引きは生まれませんからね」
 駆け引きなんて言われるとゾッとする。私の苦手なもののひとつだ。しかし、勝とうが負けようがどちらでもいい私としては気にする必要はあるまい。
「優勝者にはどんな特典があるのですか?」
 津和野が梶山に尋ねる。番組としては、盛り上げる材料のひとつだ。
「100坪のミカン畑を差し上げております」

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「では、今から私達も彼岸盃に参加するんですが、ドキドキしています。石岡先生はどうですか。自信はおありですか」
 マリが私にマイクを突きつける。勝つ自信は毛頭ないが、先ほどのターザンごっこの川渡りよりは気が楽だ。なにしろ、ひたすら饅頭を食べればいいだけである。
「全力を尽くします」
 無難な答えだったが、マリは「一緒に頑張りましょう」と笑ってくれた。
「では、始めましょう。最初は参加していただいたことに敬意を表して、石岡先生お願いします」
 審判を勤める村長に促されて、私は彼岸饅に手を伸ばす。季節に合わせて「夏」の刻印の饅頭を取った。
「いただきます」
 ひと口というルールなので、私は勢いよく口に入れ、そのまま咀嚼する。
「ぎょっぎょっ、ごほっ……」
 口の中にウニを殻つきで頬張った気分だった。舌のあちこちに刺が刺さったようだ。とにかく痛い。口中が熱い。激辛ワサビと聞いていたが、火の着いたマッチを放り込んだようで、のた打ち回ってしまう。
「辛い。辛いです。み、水をください」
 苦しみながら、私は最初の饅頭で勝負が決まる予想外に驚いていた。ところが、私の思いと裏腹に、誰も「石岡さんが彼岸盃」と宣言しない。ADから渡された水をガブガブ飲んだ私が落ち着いたのを確認すると、さらにゲームを続行した。
「誰も宣言しないのであれば、2番目はすみれさん、どうぞ」
 リポーターのマリが村長の娘であるすみれを指名した。冷や汗を流しながら私は悟った。さすがに最初の1回で勝負が決まることは、誰もが望まなかったのだ。マリは番組の盛り上がりに水を差すことを避け、すみれや梶山など村民は来年の豊作祈願のためにできるだけ彼岸盃を回そうと考えている。だから、私が誰にでもわかる形でワサビ入り饅頭を食べても、そのまま勝負は流れていったのだ。4人目のマリまで饅頭を食べ終わった。
「第1局は誰も宣言をしなかった。では、彼岸饅を食べたのは、どなたかな?」
 村長の問いかけは無意味にすら思えたが、ゲームのルールだから仕方がない。私が手を挙げると「私が彼岸盃でした」と申告する。どうやら勝負はまだ始まったばかりのようだ。

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「第13局も宣言者なし。彼岸饅を食べたのは、どなたかな?」
「私が彼岸盃でした」
 マリが挙手する。彼女はすでに6回ほどワサビ入り饅頭を食べているが、まったく表情に出さない。笑顔を浮かべているが、口の中がステンレス製でもないかぎり、ひどい痛みと熱が襲っているだろう。それでも、汗が見苦しくなるからと水分も控えてゲームに参加しつづけている。見上げたプロ根性だ。かたや私は意識朦朧で棄権寸前である。最初にワサビ入り饅頭を食べて以来、もう一度だけ当たったが、外れなくても私には地獄だった。この手花瀬村の名物である彼岸饅の中身は、なんと日本酒である。中華料理に小籠包というスープごと包んだ肉饅があるが、あの中身が日本酒だと考えてほしい。ひとつひとつは少量でも10個も食べれば、下戸の私にはそれなりのアルコール量だ。もはや思考の焦点が合いにくい。とはいえ、この「彼岸盃」は遊びではない。村の祭りの神聖な儀式に参加させてもらっているのだ。何とかルール内で決着をつける必要がある。でなければ、私は酔っ払ってダウンしてしまう。
「では、石岡先生お願いします」
 もう自分が何番目なのかもよくわからない。言われるままに三方の上の饅頭を取り上げて口に入れる。皮を噛むとドロッと熱燗が私の口の中に広がった。すでに私は何局も前から苦悶の表情を浮かべているはずだが、誰一人として宣言をする者はいない。まるでワサビ入り饅を食べた者を当てるというルールはないかのようだ。最初はわざと外れの饅頭を食べて誰かに当ててもらって、ゲーム終了を狙ったが、それは無理らしい。そこで、路線を変更して、私自身が当てるしかない。
「今回は私が一番最初です。いきます」
 マリは「花」と刻印された饅頭を食べる。私は目を皿のようにして彼女の反応を観察する。今のところ確率的にマリがワサビ入りを食べることが多い。さすがにもう限界のはずだ。注意して見ていたら、テレビカメラの前で笑顔を見せながら、ちょっと口の端が吊り上がった気がする。隠し切れない反応だと思う。私は、彼女を苦しみから解放するためにもゲームセットに挑むべきだと考えた。
「どうしました、石岡先生」
 挙手した私に対して、審判役の村長が怪訝そうに指し示す。私は一息に言った。
「マリさんが彼岸盃です」
 私の宣言にギャラリーから「おーっ」という声が漏れる。すかさず村長はマリに確認をした。彼女はペコリと私に頭を下げる。
「ゴメンなさい。石岡先生」
「えっ、何が……」
「私は女優だから」
「まさか…」
「違います。彼岸盃ではありませんでしたー」
 座が一気に盛り上がった。対照的に私の気分は落ち込んでいく。絶対の自信を持っていたのに、もろくも砕かれたのだ。
「では、石岡先生。残り4つの彼岸饅をお召し上がりください」
 村長の無情な言葉が聞こえた。現実から逃避したがっている私の脳裏には「饅頭こわい」というフレーズが意味もなくくり返されていた。
つづく つづく
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