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頑張れ!石岡君
石岡君、旅番組のリポーターになる 1 「石岡君、旅番組のリポーターになる」1 優木麥 石岡君、旅番組のリポーターになる 1

   
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 だまされた。カメラのセッティングが終わり、マイクを持たされた瞬間、私はそう思った。いや、もっと前の段階で、移動のバンの中で顔にメイクをされた時点で気づかなければならないことである。
「石岡先生、感情を込めなくて構いません。ただ読んでいただくだけですから」
 ディレクターの津和野が笑顔でカンニングペーパーを示す。私は泣きたくなった。マイクを持って立っている自分に、スタッフの視線が集まっている。
「旅行に行きましょう、石岡先生」
 二週間前の津和野はたしかに私をそう誘ったはずだ。
「川魚やイノシシのお肉を食べて、温泉に入って、いい空気を吸いまくりましょうよ」
 その言葉に釣られた私が愚かだったのか。いずれにせよ、マイクで何かを言わなければ話は進まないようだ。
「こんにちは、『風の吹くまま綿毛紀行』。今回は手花瀬村(てはなせむら)の祭りの目玉のひとつである天空かっく、くう…」
「カットです」
 私はうまく舌を回そうと奮闘したが、ディレクターである津和野は無情にストップをかける。もう四度目だ。TV番組のリポーターなんて私の任ではない。一面識もなかったテレビ番組のディレクターの旅行の誘いを疑わなかったのが、すでにミステイクだった。土曜朝の情報番組である「風の吹くまま綿毛紀行」では、日本の古きよき村を訪ねて、その風物詩を紹介していく。今回、岐阜県の山村である手花瀬村の年に一度の祭りの取材リポーターに選ばれたのが私というわけだ。
「天空滑空夏川渡り(てんくうかっくうなつかわわたり)です。言いにくいですけど、正しく発音していただかないとマズいので」
「はい。すみません」
 ディレクターの津和野は、30歳そこそこに見えるが、顔の下半分を髭で覆われ、つねに野球帽とサングラスをして貫禄を出している。この似合わない仕事を引き受けたのも、津和野との個人的な関係からだった。  あれは、ほんの一ヶ月前。津和野が馬車道の自宅に「風の吹くまま綿毛紀行」の名物コーナーへの出演依頼をしてきた。
「日本男児にジャストミートポテトというコーナーなんですけどね」
「はい…」
「石岡先生にご登場いただきたく……」
「いえ、テレビ出演とかそういう派手なことは遠慮させて……」
「肉じゃがを作っていただきたいんですよ」
「えっ…?」
「ミートポテトとは肉じゃがのことです。日本の家庭料理である肉じゃがを、いかにも日本男児という男性に調理してもらって、いまどきの女子大生やOLと歓談してもらうコーナーです」
「はあ…」
「肉じゃがを作らせたら石岡先生は日本で5本の指に入ると伺いましたので是非、番組にご出演いただけませんか」
 もちろん日本で何番目かは知らないが、私という人間の能力の中でだけ比較すれば、肉じゃがを作ることは上位に位置する。そんなわずかな自尊心を見抜いたのか、津和野は執拗に口説きつづけ、ついに私は番組出演を了承した。ところが、それから3日と経たないうちに再び津和野から電話があり「日本男児にジャストミートポテト」のコーナーは打ち切りになったので、出演依頼をキャンセルしたいという。正直なところ、私はホッとした。出演を引き受けた後、後悔の念にかられて悩んでいたからだ。
「石岡先生には、本当に申し訳なく思います。この穴埋めは必ずさせていただきますので」
「いいえ、お気になさらないでください」
 本心だった。ちなみに私が出演する予定だった放送を見たら「男はサバサバ、サバミソ煮」という新コーナーが始まっていた。サバミソ煮も作れたなあとチラリと考えたのは、私の自惚れだろうか。それはともかく、津和野は今から2週間前に本当に電話を寄越した。
「前回は先生に失礼を致しました。お約束通り、あのときの穴埋めとして岐阜の秘湯への一泊旅行にお付き合いいただければと思います」
 私は驚いた。テレビ関係の人間は、口では丁寧なことを言っていても誠意をもってそれを実行してくれる人が少ないイメージがある。だから、津和野にしても、社交辞令で「穴埋めをする」と言っただけだと思ったのだ。ところが、間を置かずに連絡をしてきた。ちょうどその岐阜旅行の日にちは、締め切りと合間で私としては時間の融通が利いた。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
 私にしては珍しく即答だった。しかし、それが私の勘違いであり、認識不足であったことは今のこの状況が如実に語っている。
「ちょっとすみません」
 7回目のNGを出した後、私はたまらずに津和野に呼びかける。このまま何回も同じ事をくり返しても、失敗の山ができるだけだと思ったのだ。
「やはり、ぼくには難しいようなんですが……」
「そうですか。わかりました」
 叱責されるかとさえ思ったのに、津和野は案外簡単に了承した。
「では、トークはマリさんにお願いして、石岡先生に体力を担当していただきましょうか」
 何とも不気味な宣言だった。津和野が名前を出したマリとは、今回のロケに同行しているもう一人のリポーターの芦崎マリという若い女性タレントだ。
「マリちゃーん、マイクお願い」
 私は解放されたのか、新たな地獄が待っているのかわからない。
「では、石岡先生にやっていただきましょう。『天空滑空夏川渡り』をお願いします」
「あ、いえ……」
 天空滑空夏川渡りとは、この村の祭りの目玉のひとつで、石部川の橋に掛けられた太いロープによって、岸から反対側の岸まで飛び移る催しだ。橋の真ん中ほどから垂れ下がるロープの振り子運動で反対側の岸に移動する。イメージとしては、蔦で木から木へ飛んでいくターザンに近い。
「ぼ、ぼくには無理ですよ」
 私はバンジージャンプの番が来て足がすくんでしまった客のようである。川幅はそんなにないが、空中をロープ一本にしがみついて移動する恐怖は計り知れない。
「大丈夫です。この手花瀬村では、10歳を越えたらみんなやっていることですから」
「いや、ですけど……」
 私の体力や運動能力が10歳の子供より上だなんて誰に断言できよう。
「お手本を見せます」
 まずロープを握ったのは、今年で20歳になったという村長の娘のすみれだ。笑顔が素敵で、自然の恵みを全身に浴びて育った好感の持てる女性である。
「飛ぶときは、彼岸だけーと叫ぶんです。彼岸と悲願を掛けているんですね。それでうまく向こう岸に着けば、自分の悲願もかなうという言い伝えがあります」
「彼岸だけー!」
 私に説明した通り、すみれはそう叫びながら、難なく最初の反動だけで向こう岸に到着する。スタッフや見学の村人から惜しみない拍手が送られた。
「さあ、今度は石岡先生の番ですよ」
 マリがマイクで私を急かす。またもや私は選択ミスを犯したようだ。こんなハメに陥るなら、リポーター役を譲るんじゃなかった。ロープを手にした私には、向こう岸がはるか彼方に見える。まるで空中ブランコに挑む気分だ。
「ご心配なく。万が一、川に落ちても怪我することはありませんから」
「さあさあ、今日は他のロケもあるので、ここは軽くやっつけちゃいましょう」
 プレッシャーだけが増していく。だが、私が飛ばねば許されない状況だ。ええい、ままよ。もはや、どうとでもなれ。
「彼岸だけー!」
 私は叫んだ。実のところ、私の悲願はこのターザンごっこをやらないで済む事だが、すでに飛んだ時点で、その思いはかなわない。
「頑張れ、石岡先生」
 ギャラリーの声援が聞こえた。私は必死でロープにしがみついているつもりだった。しかし、勢いがありすぎたのか、川の真ん中辺りで、私はロープから滑り落ちてしまった。バシャーン! 私の全身が水の中に包まれる。やはり、私は10歳の子供よりも体力で劣っているらしい。いや、ターザンごっこをやらないで済ませる悲願がかなわないから、この村の神様が途中で挫折させてくれたのかもしれない。

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「石岡先生、ありがとうございます。おかげでいい絵が撮れました」
 村長の家に着いても、津和野はご機嫌だった。何度説明しても、彼は私が番組を盛り上げるためにわざと途中で落ちたことを疑わない。私がそこまで芸達者でサービス精神旺盛であればいいかもしれないが、現実は単にトロかっただけだ。いずれにせよ、津和野たちを怒らせたり、失望させなかっただけマシかもしれない。
「では、次は彼岸盃(ひがんばい)を皆さんに行なってもらいます」
 私達の前に運ばれてきたのは、三方に載った5つの饅頭だ。それぞれ「春」「夏」「秋」「冬」「花」と刻印が押してある。一体、何が始まるのだろう。
「この手花瀬名物の『彼岸饅』の中のひとつに、舌が焼けるほどのワサビが入っています」
 村長は笑顔で説明する。まるでバラエティ番組の罰ゲームである。まさか、それを今から私達がやるのだろうか。
つづく つづく
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