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頑張れ!石岡君
石岡君、大相撲に挑戦する 4 「石岡君、大相撲に挑戦する」4 優木麥 石岡君、大相撲に挑戦する 4

   
…

「昔、なんと御手洗馬之助という力士がいたようなんですヨ」
 興奮するロバートと対照的に、私の心は萎んでしまう。
「その力士が存在したのは、いつ頃?」
 無言になった私に代わって、美津子が質問する。
「アイ ドント ノー」
「それじゃダメよ。ロバートあなたのデータマイニングはいつも不完全なのよね。前提となるデータが確定していなかったら、仮説も立てられないし、そこから導き出される結論も決して……」
「すみません! ジャストモーメント!」
 争っている二人の間に、私は強引に割って入った。
「御手洗ウマなんとかの話は後にしてください。次の次鋒である"落ち武者"に勝つ方法はあるんですか?」
「オフコース」
 力強くうなずいたロバートは、巨大な黒い羽扇のようなモノを取り出した。
「これさえあれば四戦全勝間違いなし」
 巨大羽扇を私の頭に被せた。私の頭の上で巨大なクジャクが羽を広げているような、あるいはリオのカーニバルで踊り子がつけるあの羽飾りが頭に付いているようなイメージである。
「何ですか、これは?」
「私が開発したネ。名づけて『シークレット大銀杏クン』デース」
 大銀杏とは、大相撲の力士が頭に結う髷のことである。
「大相撲の禁じ手のひとつに、相手力士の髷を掴んではいけない、とあります。だから、この『シークレット大銀杏クン』をつけた頭で立ち合いから突っ込めば、相手は間違いなく髷を掴んでしまうから、反則負けになるはず」
「さっすがー、ロバート。西洋人にしか出来ない合理的な発想だわ」
「そんなわけないでしょう。こんなものを被って土俵に上がったら、ぼくが反則負けになってしまいます」
 私は『シークレット大銀杏クン』を外す。
「もっと実践的な戦略を教えてもらわないと……」
「なべ〜ぶ〜ぎょう〜、なべ〜ぶ〜ぎょう〜」
 呼び出しが、私の四股名を呼んでいる。私の額からどっと汗が噴出してきた。また土俵の上であんな怖い思いをしなければならないとなると、足が棒になりそうだ。私はハンケチを使うが、どんなに拭っても汗はとめどない。空元気部屋の次鋒は無鉄砲と同じ幕下の"落ち武者"。
「みあって、みあって、ハッケヨイのこった」
 その瞬間、私の額から何かが落ちた。ハンケチである。汗を拭いたまま、くっついたのを自分で気がつかなかったようだ。機先を削がれたのか、苦笑しながら落ち武者がハンケチを拾って、土俵の外に投げる。
「なべ〜ぶ〜ぎょう〜、なべ〜ぶ〜ぎょう〜」
 私に軍配が上がった。何もしていない私はきょとんとするしかない。空元気親方がマイクを持った。
「ただ今の取り組みについてご説明いたします。取り組みが始まって土俵から手を離したら、いかなる理由であれ、土俵に手をついた時点で負けであります。昭和49年春場所で、今回と似たようなケースがありました。一方の力士が自分の足元に落ちた下がりを邪魔だと思い、手で拾って土俵の外へ投げたのです。この行為に物言いがつき、彼は土俵に手がついたとして負け。判定は『お手つき』でした。土俵上に落ちたモノは、行司が拾うか、力士が足で拾いのけることしか認められていません」
 多分にラッキーな面というより、全面的に幸運に助けられて、私は二勝目を手に入れることが出来た。
「また勝ったみたいです」
 私はロバートと美津子のところに戻ると、青い顔でそう言った。
「これで本格的にタクティクスをいかせるネ」
「そんな……前の二戦だって、全然……」
「まずセンセーの動きを見てからでないと、有効なアドバイスはできないヨ」
 ロバートは平然と言う。
「それなら、もう十分でしょう。アドバイス、プリーズ!」
「その前にひとつだけクエスチョンがありマース」
「どうぞ」
「センセーが土俵に入るときの型は、ウンリュウ? それともシラヌイ? 私の見立てではシラヌイっぽいけどネ」
 突然、しゃがんだロバートは腕を開いて土俵入りのポーズを取る。私がとっさに言葉に詰まっていると、美津子が口を挟んだ。
「ロバート、土俵入りは横綱、つまりグランドチャンピオンだけのセレモニーよ」
「えっ知らなかったヨ」
 本当に私は彼らに自分の身を預けて大丈夫だろうか。
「それに不知火型の土俵入りは、攻める形を表しているんだから、もっと両腕を…」
「すみません。また呼び出されてしまうから、早くアドバイスを」
 急かした言葉にも、なぜかロバートはニヤリと笑う。
「ちゃんと手は考えてアール。このコスチュームで絶対無敵」
 私に手渡されたのは、烏帽子に直垂、行司の衣装である。
「立ち合いは一瞬の判断が勝負。でも、この格好なら相手はどちらが本物の行司かわからないからネ」
「わかるに決まってるでしょう」
「ホワーイ? やってもみないで…」
「なべ〜ぶ〜ぎょう〜、なべ〜ぶ〜ぎょう〜」
 呼び出しに四股名を呼ばれてしまった。またも無策のうちに……。こうなったら、やるだけやってみよう。土俵に向かって驚いたのは、中堅として現れた力士が、内弁慶だったことだ。たしか彼は三段目の力士。幕内力士が二人登場した後に出てくるとは、意外な人選である。しかし、それもギャラリーの会話が漏れ聞こえてきて解決した。
「内弁慶は稽古場では横綱級だからな」
「アガリ性なので大舞台で活躍できてないが、本来の相撲力はとんでもないぞ」
 私はブルッときた。目の前にいる内弁慶から漂ってくる闘志は、前の二人より迫力がある。今朝、私達を出迎えてくれたときとは別人のような殺気である。人間はここまで変われるものだろうか。いやいや、人のことを考えている余裕はない。立ち合って突っ込まれたら終わり。言うまでもなく組まれても終わりだ。変わる戦法も二度は通用しないだろう。そこで、私は"猫だまし"をやってみることにした。立ち合いと同時に相手の目の前で両手をパチンとはたく技である。 「ハッケヨイ、のこった」
 掛け声と共に私は"猫だまし"をかけた。その瞬間、劇的ともいえる変化が、内弁慶の表情に起きた。目つきがさきほどまでの柔和なそれに戻り、いからせていた肩が下がったのだ。後で判明したのことだが、内弁慶はこのとき空元気親方から、ある種の暗示をかけられていたらしい。アガリ性の彼を強くするために行なわれていたようだが、私のパシッンという猫だましで術が解けてしまった。感覚や意識が自分の生活に戻ると、その直前の記憶がなくなるという。
「あ、お湯をかけたままだった」
 ちゃんこ作りを思い出した内弁慶は、自ら土俵を割ってくれた。私は無傷の三連勝を手に入れている。

       ●

「あっ石岡先生。お疲れさま」
 私が一種の放心状態になりながら戻ってきたとき、美津子とロバートはつみれ作りに精を出していた。
「対抗戦が終わってから仕込んでいたら、食事の時間に間に合いませんからね」
「そうかも知れませんが……」
 私の思考能力は非常に低下している。
「次の取り組みまでの時間、先生もつみれをこねてください。ニンニク入りでスタミナバツグンですよ」
 大きなボールを差し出されると、私は反射的にひき肉としょうがとニンニクと、ニラと卵の混ぜ物に手を入れてかき回してしまう。
「それでミツコ、さっきの話だけど…」
 真剣な顔をして話し出すロバートに、私の耳をそばだてる。今度こそ、私のための必勝の策を打ち合わせていたのだろうか。
「ドザエモンって本当に力士のネームだったのかい?」
「そうよ。江戸時代に成瀬川土左衛門という幕内力士がいたの。彼は青白い肌で、いつもむくんだみたいに見えたので、彼の名にちなんで水死体のことを……」
「わかりました。もう結構です!」
 たまらなくなった私は立ち上がる。
「どうしたんですか? 石岡先生。もう結構とおっしゃいますけど、もう少しこねたほうが美味しくなるのでは……」
「つみれの話じゃありません。次の"不夜城"関との取り組みのためのアドバイスです」
「えっ、もう関脇の"不夜城"なんですか。すごーい」
 ダメだ。これはまったく当てにならない。
「センセー、クールダウン、プリーズ。アドバイスはあるヨ」
「いいえ、必要ないです。もう三連勝しましたから。太子様だって納得してくれるでしょう。負けても仕方ないはず」
「石岡先生、負けると決めて土俵に上がるなんて国技に対する冒涜です。八百長ですよ」
「オー、ヤオチョーなら知ってるヨ。八百屋の根本長造さんが、碁の好きな親方にわざと負けたりしたことだヨネ」
「なべ〜ぶ〜ぎょう〜、なべ〜ぶ〜ぎょう〜」
 無情な呼び出しの声が響く。私は憮然とした表情で土俵に向かった。今度はさすがに相手が悪い。いや、さきほどまでの三人も十分に私には不釣合いなつわものだったが……。いくらなんでも関脇で、来場所は大関をねらっている"不夜城"である。向かい合うと荒々しい野獣のような迫力がある。恐怖がジワジワと湧く。と同時に、彼の口からアルコールの匂いも漂ってきた。強いが、夜通し遊びまわっているという噂は本当のようだ。ぼーっとしていると、行司の声がかかった。
「ハッケヨイ、のこった」
 私は思わず、手を前に出す。
「待った」
 手の平の前に不夜城の顔があった。即座に反応して身体を止めるとは、さすがにプロの力士だと思う。ところが、不夜城の顔色がみるみる変わっていく。
「オッエ〜、ウエ」
 奇声をあげて土俵から出る。口を押さえると、稽古場からも外へ飛び出していった。ついさっきまで盛り場で酒を飲んでいて、突然今日の対抗戦のお呼びがかかり、土俵に上がったのはいいが、私の手についていたニンニクつみれの匂いで吐き気を誘発してしまったらしい。それにしても、こうなると信じられない展開である。自分がその当事者でありながら現実味はゼロだった。相撲など取ったこともない私が、空元気部屋の力士を相手に勝ち抜いて(?)、ついに大将である横綱"休火山"との対戦まで漕ぎ着けたのだ。
「やりましたね。石岡先生、タマラントアマラン国の太子は大喜びですよ」
「残るはグランドチャンピオンただ一人ヨ」
 私はもう大儀を十分以上に果たした気がする。
「ファイナルの戦いに、最適のアドバイスがありマース」
「いえ、もういいです」
「そんなことを言わずに、今度はリアルなタクティクスよ。まさにファイナルにしか使えないネ」
「何なのロバート」
「フフーン。伝説の"仕切り帰し"が有効ネ。時は慶応元年冬場所三日目。大関鬼面山と、両国の一戦。両力士あわせて百回を越える"待った"の繰り返しにより、ついに"痛み分け勝負預かり"になったという逸話がありマース。それを利用して…あ、センセー」
 悪いがロバートの熱弁は私の耳には届いていなかった。明鏡止水……とまではいわないが、今の私の気持ちはひどく澄んでいる。ここまで来れたのも、大いなる見えない力の影響を感じる。最後の勝負ぐらい、堂々と相撲を取ってみよう。奇策やアクシデントで勝敗がつくことを避けようという、自分でも驚くほどのクリアな気持ちになっていたのだ。
「なべ〜ぶ〜ぎょう〜、なべ〜ぶ〜ぎょう〜」
 通算五回目となる呼び出しに私は応じる。横綱の休火山は、私を見てニッコリ微笑むと言った。
「どっちが勝っても遺恨を残します」
「は…ハイ…」
「ですから、この一番は勝負なしの祭儀相撲にしましょう。相撲には勝負の面のほかに、地鎮や豊作祈願などの祭儀の面もあるのです」
 横綱らしい大きな器量の一言だった。私はその言葉に救われた形になる。休火山と私は組み合うと、あっちへよろよろ、こっちへドタドタと土俵の中を動き回った。ほとんど私が振り回されるような形になったが、いままでの四番の取り組みがまるで相撲らしくなかったため、楽しくなってきた。いつのまにか空元気親方や、タマラントアマラン国の大使たちは笑っている。勝負にギスギスした雰囲気が一掃されていた。
「さあ、両国の繁栄と友好のためにちゃんこ鍋パーティですよ」
「石岡先生、仕込みはできてマース」
「腕によりをかけます。今日はもう、何番鍋まで行くかわかりません」
 やっと、私は本来の鍋奉行に戻れたのである。

つづく おしまい
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