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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、大相撲に挑戦する」3 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
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「石岡先生の番がきちゃいましたねー」
 能天気な美津子の態度が小憎らしい。今さらながら、よく考えもせず対抗戦の一員に加わった自分の思慮の足りなさを嘆く。
「こうなったら、石岡先生しかいません。勝ってくださいね」
 声援というには過大にもほどがある言葉に、私は苦笑する。
「無理です。太子様には悪いけど、怪我しないように寝てきます」
 相手の力士も心得たものだろう。私のことを素人だと承知しているのだ。転がすように負けさせてくれると信じるしかない。
「それは許されないですよ。きっと」
 妙に強い口調の美津子に、私は思わず振り返った。
「どうして……?」
「私がさっき太子に石岡先生を大将にしてくださるようにお願いしましたよね。あのとき、タマラントアマラン国を助けにきた武神の化身だと言ったからです」
 私の顔から血の気が引くのが自分でもわかる。
「なんで、そんなデマカセを……」
「だってー、そうでも言わなきゃ、順番を変更してもらえなかったから。あのままの順番だと石岡先生が先鋒でイの一番でしたもん」
 今となっては、どうせ出るのなら一も二もなく最初に土俵に上がって、潔く玉砕したほうがマシだった。四人が負けてしまって、最後の砦として出て行くのとはプレッシャーが比べ物にならない。結果的にこれ以上想像できないほどの最悪の状況になっている。
「タマラントアマラン国では一度定めた順番は聖なる誓約に近いものがあるみたいで。それを変えさせるのには、武神の化身ぐらい言わないととてもとても。ほら、太子がものすごい目つきで睨んでいるでしょう。もしかしたら順番を変えたことが、四連敗につながったと信じてるんじゃないかなあ」
 恐る恐る私も太子の方を見ると、今にも食いつきそうな目でこちらを見ている。
「ちなみに…なんですけど。タマラントアマラン国には王族を侮辱した者をサメの背に乗せてココナッツ酒を飲み干させる刑罰があるとか…」
「そんな…負けることも許されないなら、ぼくはお手上げです。無鉄砲関も、もう少し日タマ親善を考えてくれないと……」
「あっ、石岡先生」
 私のボヤキを遮る美津子に期待してしまう。何を思いついたかわからないが、今の私は藁にもすがる気分なのだ。
「無鉄砲関という呼び方は間違ってます。○○関と付けるのは、十両以上の力士に対してで……」
 私は本格的に頭が痛くなってきた。
「ミツコ」
 声の方角を見ると、ロバートだった。
「あなたは、さっきの記者の……」
「こんにちは、鍋奉行さん」
「日本語がしゃべれるじゃないですか」
「イエス、あなたが英語で答えていたので合わせただけですヨ」
「あああーー!」
 私はあまりの巡り合わせの悪さに天を仰ぐ。誤解、勘違い、偶然などが信じられないほどかみ合って、今いる泥沼に陥ったのだ。ロバートに日本語が通じると知っていれば、私がタマラントアマラン国の代表戦士に選ばれることなどなかった。
「石岡先生、ご自分の運命を呪うものではないと思います」  私の目の前で、美津子とロバートが握手している。
「捨てる神あれば拾う神あり。メトロポリタン大学日本文化学科で共に机を並べたミツコ&ロバートがスモウレスラーに勝てるタクティクスをお授けしますわ」

           ●

「四取り組みとも、無鉄砲の決まり手は"突き出し"オンリーね」
 ロバートは流暢な日本語でそう話すと、持っていたノートに突き出しと四回メモする。無鉄砲のマシンガンのような突っ張りの嵐に対抗する術はあるのだろうか。しかし、私はわずかながら希望を持っていた。ボクシングではセコンドと共に戦うといわれているらしい。優秀なセコンドが適切な指示を送ることで、勝利の可能性を大幅に上げるという。だとしたら、私のセコンドに相撲に造詣が深く、優秀なブレーンがついたことは光明である。大相撲の力士に土俵の上で勝とうという発想自体が、すでに不可能なのだ。1%でも光が見えるなら、やってみるしかない。黙り込んだまま神妙な表情でメモを見つめるロバートの口が開かれるのを私はじっと待った。
「お酒がこないのになあ」
 ついにロバートが口を開いた。だが、私にはストレートに意味が伝わらない。お酒が来るとは、何かの相撲用語なのか。
「一体どういう意味ですか?」
「突き出しばかりで、お酒がこない」
 美津子が手を打って笑い出した。
「うまいわロバート。オードブルを意味する"突き出し"なんて日本語をよく覚えたわねえ」
「チキンプレイス大好きネ」
「ああ焼き鳥屋さん。それなら、今度四ツ谷にいいお店があるのよ」
 笑いあう二人の間にいる私は、まるで買い物帰りに世間話を始めた主婦と一緒にいる幼児のような状態だ。
「なべ〜ぶ〜ぎょう〜、なべ〜ぶ〜ぎょう〜」
 なんと呼び出しが、私の四股名を呼んでいる。
「ロバート、タクティクスをプリーズ! 桐生さん、ぼくはどうすればいいの」
 私の叫びなど耳に入らないかのようにメトロポリタン大学の同窓生は、チキンプレイス談義に興じていた。私は青い顔で土俵に上がっていく。腰を落として"そんきょ"の姿勢を取るのだが、恐怖のため膝が不安定で、まるで壊れた自動人形のような動きだ。いよいよ土俵の中に入る。すでに四人のタマラントアマラン国力士を倒している無鉄砲は、最後の一人を葬らんと闘志満々の顔でこちらを見ていた。私は心の底からすくみあがっていた。言葉も出ない。無鉄砲の張り手一発で、私の首は折れてしまいそうである。
 まさに絶体絶命……。私は今までの人生で見てきた相撲の取り組みを頭の中でフラッシュバックさせた。人間、命がけになれば何か一つ可能性は見えるものだ。確率は低いけれど、一か八かで、立ち合いで変化しようと考える。いや、それ以外あるまい。まともに組み合うなんて自殺行為である。まあ、私の場合"変わる"というより、本能的に逃げるという表現の方がふさわしいかもしれない。
「時間一杯。見合って、見合って」
 私の恐怖は喉下までせり上がってきている。未来に希望をつながなければ、とても土俵の上にはいられない。手をついて構えながら私は必死に「右に変わる、右に変わる」と呪文のようにつぶやいていた。
「はっけよい、のこった!」
 私は右側に身体をよける。立ち上がった無鉄砲は、私の左側に張り手をかませて動いたため、空振りをして大きくよろけた。目の前には相手の背中。私は無我夢中で組み付いて、そのまま押しに押した。大歓声が稽古部屋を支配する。気がつくと、行司の声が聞こえた。
「なべ〜ぶ〜ぎょう〜、なべ〜ぶ〜ぎょう〜」
 無鉄砲は土俵を割っていた。どんな人間であれ、真後ろにつかれて力任せに押されると、バランスを保つことは不可能。ましてや、無鉄砲は空振りで大きくバランスを失っていた。立ち合い前の私の「右に変わる、右に変わる」というつぶやきを耳にした無鉄砲は、てっきり自分から見た右側だと勘違いして、狙って張り手をかませてしまったのだ。行司が私に軍配を上げてくれた。貴重な一勝をもたらしたのである。
「やったー。勝った」
 喜んだのは、ほんの一瞬だった。恐怖からはまだ解放されていない。私が勝つということは、さらに新たな取り組みが控えているということである。完全にこの重圧から逃れるには、あと四回勝たなければならない。私にとっては、シベリアトラを連れて来いという使命の方が果たしやすい気がする。
「やったじゃないですか、石岡先生」
 ロバートと美津子が、ホームランを打った打者を迎えるように手を出して待っていた。複雑な気持ちで私は彼らの手にパチンと合わせる。
「まだ取り組みはあります。是非タクティクスを…」
「そのことなのですが、石岡先生。いまインターネットを調べていたら驚愕の事実が判明したんですヨ」
「ハイ…」
「まずは、これを見てネ」
 ロバートがノートパソコンの画面を指し示した先には「御手洗」という文字が見える。私の中で何かが弾けるように反応する。 「何ですか、これは。御手洗がどうしたんです」
 まさかとは思うが、海外にいる御手洗潔が私の苦境を察知して、ウルトラC級の秘策をメールで送信してくれたのだろうか。

つづく つづく
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