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頑張れ!石岡君
石岡君、新春、スターと出会う 3 「石岡君、新春、スターと出会う」4 優木麥 石岡君、新春、スターと出会う 3

   
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 私の悪い予感は外れたことがない。今回も例外ではなかったようだ。正月文化の権威である郷野相手のクイズは苦戦した。いや、まったく歯が立たなかった。私は解答権を得るボタンを一度も押すことなく、対戦者のポイントが伸びるのを見ているだけだ。
「では、問題です。古く鎌倉時代より、出陣前に総大将が行った儀式で、武士の三肴を使った…。ハイ、郷野先生」
「それは『三献の祝い』じゃ。武士の三肴とは打ち鮑、勝栗、昆布。これは討って勝って喜ぶを意味する。すなわち打鮑は"敵を討つ"、勝栗は"勝つ"、昆布は"喜ぶ"を表しておる。古来の武将は、まず打鮑一片につき盃を一献、次に勝栗を一つ食せば同様に盃を一献し、最後に昆布を口に入れた後も盃で一献して出陣していったという」
「正解です。郷野先生、4ポイント先取。リーチがかかりました」
 今の問題も私にはまるでわからなかった。不甲斐ないと言われればそれまでだが、答えがまるで浮かばないのだから、手の出しようがない。最後の問題も郷野に取られてストレート負けを覚悟している。
「ちょっとすみません」
 ディレクターが収録にストップをかけ、司会者を交えてなにやら話し合っている。数分後、結論が出たのか、ディレクターが私と郷野の席にやってきた。
「いやあ、シビアな勝負の緊張感もいいんですが、一応TV番組ですから。この展開ではあまりにも一方的過ぎて、視聴者が面白くないと思うんですね」
「それもまた一興であろう」
「もちろんそれを楽しむ方もいらっしゃるでしょうけど、どうしても我々は希望というか。夢みたいな部分も入れていきたいんですよ」
「どうしろというのか。ワシに八百長で、石岡先生にポイントを稼がせろとでも?」
「いえいえ、そんな不謹慎なことは申しません。ですが、やはり石岡先生にも見せ場をつくらせていただきたいんです」
 ディレクターが汗をかきながら説明しているが、私にはもったいない気遣いである。
「一発逆転チャンス問題を出題することをお許しいただけませんか?」
「なっ…なんと。たった一問で逆転、つまり優勝するということか」
「当然、ここまでのポイントがフイになる可能性がありますから、公平を期すために郷野先生にはその逆転問題を事前にお見せします。その代わり、郷野先生は解答されないというお約束をください」
「では、その問題をワシが見て、これなら石岡先生は答えられんと思うものを出すということで構わんか?」
「構いません。一発逆転のチャンスがあるという見せ場をつくりたいのです」
 こうして私の思惑とはまるで遠いところで、一発逆転チャンス問題が出題されることに決まった。だが、それは形式上だけのイベントに近い。事前に郷野がチェックして私には答えられない問題を選ぶ以上、そうならざるを得ない。
「さあ、白熱してまいりました。ラスト決勝。いよいよ一発逆転チャンス問題の時間です。これに答えることができれば、5点差し上げます。つまり、石岡先生が答えれば、点差をひっくり返して、逆転優勝となるわけです」
 司会者が大仰に煽るが、私はごくろうさまという気分である。
「では、その問題は…江麻ライヤさんの『StoneTea』をカラオケで歌ってください」
 出題と同時にギャラリーやスタッフから笑いが漏れた。昨夜の私の無知ぶりを見ていた人間なら無理はない。なにしろ私は江麻ライヤ自体を知らなかったのだから…。郷野が解答不可能な問題としてセレクトしたのもうなずける話だ。だが、今日の私は昨夜の私とはちょっと、いやライヤ流に言えばちょっち違うのである。スピーカーからスタジオ内に『StoneTea』のイントロが流れる。
「えっ、石岡先生…」
 スタンドマイクに歩み寄る私を見て、司会者が狼狽する。
「また一発かましてくれるんや。芸人の鑑やな」
 コメディアンが冷やかす。いつもの私なら動じてしまって声も出なかっただろう。でも、問題がライヤに関することなら逃げるわけにはいかない。彼女にもらった大切なものを見せる使命のようなものを感じるのだ。
「自分で淹れたお茶はいつもStoneTea、飲み干す度に、喉が焼けるわ〜」
 私が歌い始めると、スタジオ内の時間がピタッと停止したかのように感じた。喧騒も、笑い声も消えていた。私は昨夜のライヤとのレッスンを思い出しながら、ひたすら歌いつづけた。決して上手いはずがない。メロディも音程もデコボコだろう。それでも私は照れずに、ごまかさずに、決して歌うことをやめなかった。
「あのStoneTea、決して忘れない〜」
 何とか歌い終えた。安堵する私の耳をつんざくほどの拍手が鳴り響く。出演者も、スタッフもみんな手を叩いてくれていた。
「今回の優勝者は、石岡先生に決定!」
 司会者が声を嗄らして叫ぶ。私の頭上でクス球が割れた。紙吹雪があとからあとから落ちてくる。ルウが私に抱きついてきた。
「先生、カッコいいよ。最高にカッコいい」
「そ、そんな…」
 戸惑う私に司会者が金色のジャケットを羽織らせてくれる。
「やったね石岡先生。それにしても昨日までライヤちゃんのことは全く知らなかったのに。誰かに歌を教えてもらったの?」
「ハイ。ライヤちゃんに教えてもらいました」
 私の答えに場内が爆笑する。
「相変わらずギャグが冴えてるよ。さあ、優勝して一言、お願いします」
 やっと解放される。本当に長い年末年始だった。万感の思いを込めて私は叫んだ。
「ゲームイズオーバー!!」

                  ●

「本当に、石岡先生が優勝したの?」
 目にもあでやかな振袖姿の里美が目を丸くした。ようやく馬車道の自宅に帰ってきた私はクタクタだったが、彼女の晴れ着姿を見て少し元気が出た。
「運が良かったんだよ」
「そういうレベルの話じゃないよー。今年、大地震がきたら困るじゃないの」
 里美は半信半疑の目でテーブルの上の優勝商品を見ている。私はTV局から持って帰れるものだけ持参して、あとは宅配を頼んだ。
「へぇー、七福神の宝船の絵なんてすっごーい」
 里美がはしゃいでいる。
「長き世のとをの眠りのみな目覚め波乗り船の音のよきかな…。ふーん、たしかに上から読んでも下から読んでも同じよね。回文なんだー」
 私の頭を悩ませていることは、ライヤの件だ。結局、彼女に正月を堪能させることが出来たのだろうか。あとになって考えると、あれもこれもしてやれなかったと自分の無力さに腹が立つ。レオナに会わせる顔がない。
「これを枕の下に入れて寝れば、いい初夢が見れるってわけね。ねー、石岡先生」
「えっ、何?」
「ボーッとしてるわよ」
「ゴメン、なんか疲れちゃって…」
「そーよね。大晦日からずっとTV収録だもん。本当にお疲れ様でした」
 私の今の疲労は肉体的な要因よりも、精神的な面が大きい。だが、そんな話を里美にするわけにもいかない。
「さあ、おせちを食べましょう」
 里美が持参した重箱には手作りのおせち料理が詰まっている。
「黒豆はやめとこうかな。まめに働かなければならなくなるから」
「早速、知識が生きてるわね」
「いやー、もう何年分もの正月を味わった気分だよ」
「そうだ。テレビ見ていい? 今日は江麻ライヤの東京ドームライブ中継があるの」
「えっ、それはちょっと…」
 現時点での私が見たくない風景のトップである。
「いいじゃない。結構カワイイ子なのよ。先生も新しいアーティストの名前と顔を勉強すべきであーる」
 私の抵抗も空しく、里美はテレビのスイッチを入れる。大観衆にどよめく東京ドーム内が映し出された。セットには正月らしい要素は皆無である。
「ライヤって日本がひどく嫌いらしいの。自分の母国なのにね。だから、あえて元日に正月らしくないライブをやるのよ」
 私は頭を抱えたい。彼女の日本嫌いに拍車をかけた気がする。画面にライヤが登場した。私は目も耳も塞ぎたくなる。
「みんなー」
 ドームが揺れていると思えるほどの大歓声で迎えられた。
「あけましておめでとうございまーす!」
 誰一人予想しなかったライヤの挨拶に、歓声まで一瞬途切れた。
「もういーくつねーるーと、お正月…」
 次に彼女は童謡の「お正月」を口ずさむ。私は箸を口に運ぶのも忘れて見守っていた。
「ライヤねー、今日すっごくいいものもらったよー」
 彼女が取り出したものが画面にアップになる。なんと、それは剥いた栗だった。まさか、私が渡したものだろうか…。
「これをライヤにくれた人は、イケてないんだけど……ちょっちカッコいいかな」
「だれなのー?」
 会場のあちこちから声が飛ぶ。
「ライヤね、今日まで好きな歌を歌えて、みんなに聴いてもらえて、自分らしく生きられて……。すっごーくハッピーだった。でもね、ちょっち忘れてたこともある……かな」
 私の目は画面に張り付いている。
「たとえ自分らしくなくても、人のために一生懸命になること。ちょっちバックボーンを振り返ってみること。結構悪くないんだよねー」
 会場の観衆もライヤの言葉に戸惑いながら、耳を傾けている。ステージのライヤの下へスタッフがワゴンを載せて近づいた。
「新年のお祝いにみんなと乾杯したかったけど、五万個のグラスは用意できなかったんでゴメンね。ライヤがまとめてお祝いしてあげる」
 ライヤはワゴンに載せられていたモノをひとつひとつ取り上げた。
「これは打ち鮑、こっちが昆布、そしてさっきの栗ね。ねー、みんな知ってる? 昔の武将は出陣の前に、こんなことしたんだよー」
 ライヤが打ち鮑を手にとった。
「討ち!」
 と叫んで口に入れる。次に手にしたのは栗。
「勝ち!」
 と叫んで口に入れ、今度は昆布を手にした。
「喜ぶ!」
 三つの食物を口に入れると、盃を仰いで流し込んだ。
「鬼一口(おにひとくち)よ」
 笑うライヤに私は激しく感動していた。
「三献の祝い、だ」
「えっ、何なの先生」
 私は三献の祝いについて、里美に説明した。心の中はざわめいている。私が感動したのは、彼女の豪快な"鬼一口(おにひとくち)"にではない。あれほど忌避していた日本古来の儀式を自分のライブの前に行なったことだ。
「この国もさー、いいとこあるじゃん。いい人いるじゃーん。今日はイカした日本人のみんなのために歌うねー。さっきつくったばっかの出来立てホヤホヤ、『Mr.ニッポンLOVE』。新曲だぜ。さあ、始めるよー!」
 ライヤの新曲『Mr.ニッポンLOVE』は、母国が嫌いで外国に飛び出した女の子が傷心したとき、世界中の日の出を描いている日本人の画家と出会う内容だった。誇りを失いかけていたその女の子は、名も知らずに別れた画家のことを≠lr.ニッポン″と呼ぶ。
「ありがとうと言う度に、なぜか心の傷が消える気がしたよ〜」
「ぼくこそ…ありがとう…レオナによろしく」
 画面のライヤに向かって、私は思わず口にしていた。
「えっ、何か言った?」
 里美がこちらを振り向く。
「ううん…なーんか初夢を見た気分だよ」
「確かにいいライブだけど。先生も大げさねー」
「いやいや、ニッポンLOVEていい言葉だと思う」
「私のLOVEの対象はそんなにスケールが大きくなくていいわ」
 里美が意味深にこちらを見ている。私は何かを言わなければならないのだが、何を言えばいいのかわからない。
「読者の皆様、今年も宜しくお願いします」
「だれ? 石岡先生、いま誰に挨拶したの?」
「そのうち、里美ちゃんにもわかるよ」
 ということで、改めてご挨拶します。単行本が出て、ますますパワーアップの「頑張れ、石岡君」を、今年も是非よろしくお願いします。
おしまい おしまい
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