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頑張れ!石岡君
石岡君、新春、スターと出会う 1 「石岡君、新春、スターと出会う」1 優木麥 石岡君、新春、スターと出会う 1

   
…
「勝てば満腹、負ければハングリー!」
 荘厳な音楽が流れる中、スポットライトを浴びた司会者が大声で宣言する。まるでアフリカの野獣同士のサバイバルを想起させるキャッチコピーだが、その実はTVのクイズ番組に過ぎない。アシスタントディレクターの合図で、解答者席に座る私達は声をそろえた。
「年越し宵越し 晩餐アンサー!」
 これがタイトルである。年に一度の名物番組らしいが、私は出演依頼を受けるまで知らなかった。大晦日ぐらい家でゆっくりしたい。そんなささやかな願いさえかなえられなかった。と嘆くのは大げさである。なぜなら、正直私の一年間のスケジュールは忙しい日が少ない。だから「ご多忙な石岡先生にお時間をいただくにはこんなときしかないと存じますので…」とディレクターから頭を下げられ、「とんでもないです」と慌てて手を振った。
「では、やはり…紅白にご出演されるんですね」
「はあ?」
「紅白歌合戦で審査員ですか? 事情は承知しました。たしかにウチのような弱小TV局の相手はしておられないという事情を」
「待ってください。ぼくの用事というのは煤払いとかその他もろもろの…」
 私は自分でも言い訳がわからなくなり、結局、出演を引き受けてしまった。この番組は、3人1組でチームを結成する団体戦方式。トーナメントで対戦チームと一人ずつクイズ対決して、2本先取したチームが勝ち上がるのだ。メンバー構成はどのチームも芸能人、スポーツ選手、そして文化人という組み合わせである。ちなみに私のチームだが芸能人は人気女優の野々宮ルウ、スポーツ選手は大相撲の大関、不夜城、そして言いにくいが、文化人が私ということになる。大変光栄なことだが、チームメイトの二人とは面識があった。その事実も、慣れないクイズ番組への出演を承諾した理由である。
「石岡先生、聞こえてますか?」
 司会者の声に私は我にかえる。真っ赤なブレザーの司会者が解答者席のすぐ目の前に立っていた。
「どうだった? 今年の調子は」
 ぶっきらぼうな問いかけだが、この司会者はこのスタイルがお茶の間に支持され、週に数本のレギュラー番組を持っているという。
「ええ、無事に息災に過ごせました」
 私はライトの熱と、緊張とで額に汗をかきながら答えた。司会者は気さくに私の肩をバンバン叩く。
「そんな隠居したジイさんみたいなこと言わないで。いろいろ本も出版して、ご活躍されたでしょう」
「してないです。活躍なんてほど遠くて…」
「あっ、そう。自分の納得いくレベルは高いわけだ。じゃあ、来年もいい年にしたいよね?」
「いえ、普通でいいです。普通の年で…」
 私が言い終える前に、司会者はスッと隣の席に移っていった。やはりTVに映っている以上、もう少し気の利いたコメントをしなければならないのだろう。  いよいよ、クイズがスタートした。まずジャンル選択権があるプレイヤーが「芸能」「スポーツ」「歴史」「世相」「カルチャー」「ノンセレクト」の6つのジャンルからひとつを選択する。そのジャンルから出題され、両チームの代表プレイヤーが早押しで解答する形式だ。進行していくうちに、ルウと不夜城がこのうえなく頼りがいのあるパートナーだと判明した。なんと準々決勝まで私は一問も答えずに勝ち進んだのだ。ルール上、彼ら二人が2本先取すれば、3人目は対戦しないため、私はボロを出すことがなかった。しかし、また別の不安が立ち上ってくる。一回戦敗退も申し訳ないが、決勝や準決勝などの上位進出がかかった大一番で私が負けるのは、もっと二人に申し訳ない。
「準々決勝は、石岡先生がトップバッターでお願いします」  ルウの言葉に私は躊躇した。
「いやー、でも…」
「参加しなかったら何しに来たのかわからないじゃないですか。気楽にやってください」
 たしかにいつまでも二人のチームメイトの貢献に甘えているだけでは気がひける。
「わかりました」
 私がプレイヤーの椅子に着席したため、司会者のトーンが一オクターブ上がった。
「さあ、いよいよチームの秘密兵器をここで投入か。初めてクエスチョンフィールドに登場した石岡先生。さあ、第一問のセレクト権は?」
 対戦相手とジャンケンをした結果、私がセレクト権を得た。そこで6ジャンル中比較的、私が対応しやすい芸能問題を選択。
「では、次に解答権ゲットを賭けてレディー、ゴー」
 私は反射的にボタンを押す。
「ハイ、石岡先生が解答権をゲット。それでは、モノマネをお願いします」
「えっ…?」
 興奮していた私はこのクイズの独自のルールが頭から飛んでいた。確かに、ルウも不夜城も解答権を得た後、妙なパフォーマンスをしてから問題に答えたのを見ている。内容はその度に違い、縄跳びで30回飛んでからとか、カラオケで一曲歌い終わってからとか条件はさまざまだった。そして、私に与えられた条件は、よりによってモノマネ。だが、これをクリアしないと出題すらしてもらえない。清水の舞台から飛び降りるしかない。
「ト、トリスを飲んで…ハワイに行こう…」
 赤面しながら口にした私の言葉で、スタジオ内のざわめきが一瞬止まった。40年前のウイスキーのコマーシャルを真似たのだが、選択ミスだろうか。私としては浅田美代子の「赤い風船」の真似は歌に自信がないので、白いギターを片手に持たないとやりにくい。そんなことを私が考えていたとき、突然、爆笑の渦が巻き起こった。
「それ、モノマネちゃうでしょ」
 人気コメディアンが私に突っ込んでくる。
「いや、有効。今のは面白かったから、司会者権限で解答の権利を与えます」
 腹を抱えて笑いながら司会者が言った。私はホッと胸を撫で下ろす。ここで解答権を失ったらルウたちに面目が立たない。
「では、石岡さん問題です。今年デビュー曲『FireRain』が各チャートの上位に入り、2ndシングル『StoneTea』がオリコン初登場1位。7歳からずっとアメリカ在住の19歳の日本人アーティストの名前は?」  私は胃が痛くなってきた。アイドルに関する問題なら自信があったのだが、完全な音楽活動のみのアーティストの知識には極度に弱い。実績からして幼稚園児でも知っている名前なのだろう。ギャラリーの解答席からは「サービス問題や」という声が聞こえる。
「さあ、石岡先生。晩餐アンサー?」
「いえ、わかりません」
 私には見当もつかない。どおっというどよめきや、笑い声が交差する。
「答えは、江麻ライヤさんです」
 解答権の移った対戦相手がいとも簡単に答えた。
「正解です」
 ガッツポーズをする相手と対照的に私はうなだれる。連勝していたチームに土を着けてしまった。
「石岡先生、彼女の写真見て。知ってるでしょ?」
 司会者に促されて、私はスクリーンに映る女性アーティストに目をやるが、見覚えがなかった。
「やっぱりわかりません」  再び爆笑の渦が起きた。
「石岡先生、文化人枠で出るのズルイわ。ワシらの仕事とられてしまう」

         ●

  休憩時間になると人目を避けるように私は自分の控え室に向かった。ぶざまな失点の後、ルウと不夜城が見事に2連勝して、チームは準決勝に進めることが出来た。
「石岡先生、番組を盛り上げてるんだから、もっと胸を張って。あと一勝頑張れば、明日も出演ですからね」
 ルウはそう言って慰めてくれた。しかし、事実として頑張っているのはルウたちで、明日も勝ち残ることは私には拷問に等しい。彼女達には失礼だが、メンバーチェンジしてほしいくらいだ。ありがたいことに控え室は私専用で用意されていた。疲労の極みにあった私は早く控え室で一息入れたかった。当然入室の際にノックの必要などない。ところが、実際は必要があったらしい。なぜなら、私がドアを開けた室内に女性がいたからだ。
「あ、すみません」
 その瞬間、まず私の頭に浮かんだのは部屋を間違えた可能性だ。すぐに謝ってドアを閉めようとした私を、女性が呼び止める。
「ウェイト、ウェィト。間違えてないよ」
「えっ…」
 彼女の言葉を額面通りにとれば、この部屋は私の控え室。では、そこにいる彼女は、一体誰なのか。私とは初対面の相手で…あるはずが、どこかで見た面立ちに見える。黒髪をエキゾチックな色のバンダナでまとめ、黒い革ジャンに履き古したジーパン、スニーカー。ラフな格好と裏腹に、どこか神聖さを漂わせた雰囲気。気だるそうな表情に強い意志を秘めた瞳。ほんの十五分前の一枚の写真が私の脳裏に一筋の雷光を落とす。
「もしかして、江麻ライヤ…さん…?」
「ハァイ」
 ライヤは自分の顔の横で右手をヒラヒラさせる。私には非現実感しかない。衝撃的なデビューを飾り、カリスマ的人気を誇るアーティストの彼女が、目の前にいるのだ。
「どうして、ここにいるんですか?」
 思わず敬語を使ってしまう。ライヤはエルメスのバッグから一枚の封筒を取り出した。あのバッグは以前、里美が予約しても3年待たないと買えないと嘆いていた代物だ。
「レオナからのレターよ」
 またもや思いもかけない名前が出てきた。私は急いでレオナからの手紙を受け取る。
「NYでフレンドになったの。日本に着いたら石岡先生を頼れって」
 頼れ? 私が、カリスマアーティストに何かしてあげられることなどあるのだろうか。これは断言できるが、この日本中で彼女に私が提供できる何かより高レベルな適任者が数百万人はいると思うのだが…。とりあえず、レオナからの手紙に目を通す。丁寧で、彼女らしい気遣いを滲ませながら「日本嫌いのライヤに、日本の年越しやお正月の素晴らしさを体験させてあげてほしい。古きよき日本人の石岡さんへ」という内容が書いてあった。彼女の筆跡の懐かしさに何度も読み返す。だが、依頼内容に関しては腑に落ちない。私を御手洗と勘違いしているのではないか。
「ノックノック」
 感慨に耽る私の耳にライヤの言葉が届く。私には珍しくピーンときた。昔レオナから教わった古典的なアメリカンジョークで、片方がノックの口真似をして、相手が誰何するスタイルだ。
「どなたですか?」
「ライヤーです」
「…そのままじゃない。どこが面白いの?」
「信じらんない。ライヤとLiar(嘘つき)を掛けてるのに…」
 ライヤは口をすぼめてスネてみせた。ふと私はそんな彼女の姿に哀愁を感じる。社会現象になるほどのカリスマ歌手には常人には計り知れないプレッシャーや孤独感があるのだろう。私が”古きよき日本人”かどうか自信はないが、友人としてレオナが紹介してくれたことを否定的にとらえてはいけない。こんな私が誰かの役に立つことは喜ばしいではないか。ましてやハリウッドスターのレオナのためなら申し分ない。
「ライヤちゃんは、どうして日本が嫌いなの?」
「イケてないから」
「はっ…はあ」
 どう言っていいのかわからない。
「年越しとお正月でファンタスティックな体験をさせてよ」
「そ、そうだね」
 どうすればいいのかもよくわからない。
「ライヤちゃんは、どんなことをしたいのかなあ」
「日本人のスピリットを感じられること」
 日本語としての意味はわかるのだが、とても私に理解できない。
「まずは年越しの除夜の鐘を聞きながら、年越しソバを食べるの」
「待って。まだスタジオを出るわけにはいかないんだよ」  
私のチームは明日の決勝戦出場を賭けて準決勝を戦わなければならない。
「石岡先生、そろそろお願いします」
 スタッフがドアの外から声をかけた。休憩時間の終了である。
「やっぱりいい加減じゃん」
 さきほどのポーズと違い、今度のライヤは本気でスネている。私は慌てふためいてしまう。
「えっ、何なの」
「年末年始の行事をないがしろにするんだ。日本人であるスピリットなんてかけらもないんじゃないの」
「いや、そんなことを言われても…」
「番組がなんだって言うのよ」
「えっ…」
「年越しの瞬間には除夜の鐘を聞きながら、年越しソバを食べるの」
 ライヤはくり返した。
「年越しの瞬間て、一月一日の零時になる瞬間ってこと?」
「もちろん」
「だって、全国に中継中なんだよ」
「TV見てるからねー」

       ●

「年越し宵越し 晩餐アンサー!」
 世の中にはできることとできないことがある。たしかに新年を迎える瞬間に年越しソバを食べることは理想的だ。だが、全国中継中のTV番組内でそんなことが物理的に可能だろうか。しかし、レオナは私を見込んで頼んでくれたのだ。微力ながら一肌脱がないわけにはいかない。進行と関係なく私はもろもろを考えあぐねているうちに、クイズ対戦では波乱が起きていた。一本目をルウが取ったのだが、二本目の不夜城は負けてしまったのだ。さすがに準決勝ともなれば対戦相手も強豪になる。一対一で迎えた三本目。いつのまにか勝敗は私に委ねられていたのだ。
「石岡先生、スマンです。よろしくお頼み申す」
 不夜城が大きな身体を丸めて謝ってきた。私は突然沸きあがってきた緊張感で全身の骨がバリバリ折れそうである。
「大丈夫。先生頑張れ」
 ルウから過分な声援を受けつつ、私はクエスチョンフィールドに立った。再びジャンルセレクト。幸運なことにジャンケンで勝ち、芸能問題を選べた。早押しで解答権もゲット。ここまでは文句のない展開だ。
「ハイ、石岡先生が解答権をゲット。それでは、ご自分の恥ずかしい話の披露をお願いします」
 今度のパフォーマンスもキテレツである。だが、迷っている暇などない。
「ぼくは、チューインガムを飲み込んだことがあります」
 自分では面白いとは思わないのだが、スタジオ内には笑いが起きた。
「かなわんわ。石岡先生は芸人潰しにきたんか」
「では、石岡さんに問題です。2001年、モーニング娘。に加入した新メンバー四人の名前を言ってください」
「小川麻琴ちゃん、紺野あさ美ちゃん、高橋愛ちゃん、新垣里沙ちゃん」
 私は一息で言い終えた。緊張感に溢れた静寂が訪れる。
「晩餐アンサー?」
 司会者の問いに私は大きくうなずく。
「晩餐アンサー!」
 正解のチャイムが流れ、場内はお祭り騒ぎになった。
「やったじゃないですか、すごい石岡先生」
 ルウと不夜城が飛んできてくれた。私は不夜城に肩車されてしまう。
「これで石岡先生、ルウちゃん、不夜城関のチームが明日の決勝戦に残ることが決定しました。おめでとうございます」
 不夜城の巨大な肩の上で揺すられて私は恥ずかしい。
「さあ、みなさんお待ちかね。この番組の名物、晩餐チョイスの時間です。見事、勝利者に輝いたチームの代表にお好きな料理を選んでいただき、存分に堪能してもらいましょう。和洋中、いや自分達はエスニックがいいとおっしゃるならそれもオーケー。勝利者の方々には、新年を迎える宴にご案内します。さあ、チームの代表は誰?」
 司会者の言葉で、場の雰囲気に陶酔していた私は現実にかえる。ライヤはこの番組を見ているのだ。腕時計の時間はすでに午前零時に五分前。
「石岡先生が料理を選んでください」
 ルウが満面の笑顔で私に言った。不夜城もうなずいている。夕方から何時間も続いた激闘を戦い抜いた二人。さぞや豪華な料理を楽しみにしていることだろう。
「では、石岡先生。晩餐チョイスは?」
 私は目をつぶると迷うことなく言った。
「ざるそばをください」
 その場の誰もが予想し得なかった言葉だろう。周囲はどう反応していいのかわからないようだ。
「本当に? おそばでいいの?」
「先生、ギャグはもういいですって。好きなモンをお食いになったらええねん」
「いいえ、ざるそばをチョイスします」
「晩餐アンサー?」
 司会者の問いに答えようとする私の両脇からルウと不夜城が腕を引っ張る。
「石岡先生。そんな奥ゆかしすぎですぅ。もっと食べようよ」
「殺生っス。腹がもたないッスよ」
 ルウと不夜城には後でいくらでも頭を下げよう。今は類まれなる才能を持った一人の少女が日本を愛せるかどうかがかかっているのだ。私情は捨てるしかない。
「晩餐アンサー!」
 私の叫びに、ルウと不夜城の「ええー」という嘆きの声が被さる。そんな事情には忖度なく、番組は進行していく。
「いよいよです。出演者の皆さん、新年に向かってのファイナルカウントダウンをお願いします」
 スタジオ内の時計がデジタルな数字を刻んでいる。
「5、4、3、2、1、あけまして、おめでとう!」
 クス球が割れ、上から紙吹雪が舞い散る中、全出演者が笑顔で新年の挨拶を交し合っている。そのとき、モニターに私の顔がアップになった。もちろん、ライヤとの約束通り私はファイナルカウントダウン中から、ソバを必死ですすっていた。
つづく つづく
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