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頑張れ!石岡君
石岡君、サッカーチームの司令塔になる 5 「石岡君、サッカーチームの司令塔になる」5 優木麥 石岡君、サッカーチームの司令塔になる 5

   
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 ハーフタイムの控え室は戦場だった。コーチや控え選手たちが、出場したメンバーの汗を拭いたり、飲み物の用意をしたり、患部を冷やしている。そんな喧騒の中、瑞穂が私に話があると廊下に連れ出した。
「石岡先生、私は勝ちます」
「いや、まあ……うん」
 私の本音としては、心の底から同意はできない。でも、必死になって戦っている彼女達のピュアな姿をあそこまで見せられては、異議を唱えられない。
「何とかキムラさんも間に合うといいんだけどね」
 パストラミ監督が本来の戦略を出せなければ、チームとしては船長なしで航海しているようなものだ。
「後半も同じメンバーでいきます」
「えっ、交替をしないの?」
 サッカーは出場選手の交替を三人まで認められている。もちろん、誰と誰を交替させるのかは監督の権限であり、戦略に関わる重要な問題だ。当然ながら、現在の記憶を失っているパストラミでは、指示することはできない。本来キャプテンの瑞穂が前半を終わった時点で指名し、監督の指示という形で私が発表する手はずだった。しかし、交替をしないという。先発した選手たちはみんな運動量が多く、疲弊しているが一人も替えずに後半も戦うつもりなのか。
「後半のうちにキムラさんが戻ってくれば、本来の監督になってくれるかもしれない。そのときに交替のワクをできるだけ残しておかないと、戦略の幅が狭くなるでしょう」
 それは道理だった。しかし、同時に危険な賭けでもある。
「メンバーを固定している分、先発の選手には負担をかけてしまうし…。それに、もし万が一、キムラさんが間に合わなかったら……」
 あえて私は不吉なことを口にしてしまう。だが、瑞穂は笑顔を見せた。
「そのときはそのときよ。試合の残り時間を見ながら決めていくしかないわ。いずれにせよ勝負に絶対はないんだから」
 その姿勢は凛々しく、美しいと私は感動した。
「ぼくは、何をすればいいんだろう」
 通訳はできない。かといって、瑞穂を狙う犯人を見つけることも、勝利に貢献することも私には困難である。
「応援してください」
「えっ…?」
「それで十分です。力一杯に応援をしてください。そのエネルギーが私たちを最後まであきらめない気持ちにさせてくれるんですから」
 私は精一杯に力強く頷く。
「わかりました。声を限りに応援するよ」
「約束ですよ。前半みたいに『シュートを打つな』とか言わないでね」
「……すみません」
 聞こえないと思っていたが、選手にも案外届いていたようだ。

                                 ●

 後半のキックオフになると、私は瑞穂と約束した通り、声を張り上げて応援した。東京ヴァーゴのサポーター達が歌っている応援歌も、前半聞いていたので覚えたため、一緒に唱和する。
「あの、石岡先生。いいですか」
 牧原が額に皺を寄せて私の前に立つ。
「応援したい気持ちはわかりますが、ここはベンチですから、サポーターと同じ応援をするのは控えてください。戦略を練ったり、指示を出さなければなりません。第一、監督の声が聞こえなくなるでしょう」
「はい、すみません」
 私はベンチに座る。試合はちょうど味方のフリーキックの場面だった。瑞穂と他の選手が並んで、先に走り出した瑞穂はボールの横を走り抜け、後ろにいた選手がボールを蹴った。私の中でその場面に何か違和感が残る。
「今のは……何?」
「フェイントをかけたのよ。誰が蹴るかわからなければ、相手は守りにくいでしょう」
 里美が試合に集中している。今度はスローインだ。瑞穂がボールを受け取るために前に出てくる。相手チームのディフェンダーがそれを防ごうとする。私の中に芽生えた違和感がどんどん大きくなっていた。言葉にはしにくいが、何かが私に訴えている。
「監督、そろそろ選手交替をしましょう」
 牧原が直言しにきた。相手チームはすでに二人もメンバーを替えている。
「攻撃型のシフトにチェンジした方が……」
「私の方針に従いなさい……と言っています」
 牧原は顔をしかめながら立ち去る。私も気が重いが、ここは踏ん張らないとキムラや瑞穂に対して申し訳が立たない。再びスローインの場面だ。私の中で何かが弾けた。
「わかった!!」

                                ●

 カメラマン達は選手の一挙手一投足を納めようとカメラの砲列をつくっている。私はその中の一人のカメラマンの後ろに立った。
「フィルムが入ってないのなら、そんなに一生懸命に動きを追わなくてもいいんじゃないですか」
 黒いジャンパーのカメラマンは静かに後ろを向く。
「ああ、昨日のホテルのドアマンの方でしたか」
 私の言葉に男はギョッとした表情をする。
「カメラマンの方たちはみんなシャッターチャンスを狙って同じ方向を向くのに、あなたのカメラのレンズだけが違うモノを追っていた。そういうことだっておかしくはないかもしれませんが、あなたの場合はいつもだ。それがぼくの中でずっと違和感として残っていたんです。そしたら、あなたの動きには法則性が見えてきた。スローインや、フリーキックで早乙女瑞穂さんが近くに来たときのみ、反応していたんですね」
 私は男のカメラを指差した。
「もしかして、そのレンズから何か飛び出すんですか?」
 男が私にカメラレンズを向ける。
「確かめてみるか」
「遠慮しておきます。ぼくはタダの通訳ですから」
 男の両脇に警官が立った。
「ちょっと来てもらおうか」
「ちくしょう。オレの瑞穂ちゃんを…彼女はオレだけのものだ。オレ」
 警官に取り押さえられて、脅迫状を送っていた「犯人」は退場させられる。
「単に試合を盗み撮りする程度ならよかったんですけどね。やっぱり、シュートするのは選手だけでいいんです」
 私の立つ側に、スローインをするために瑞穂が近寄ってきた。私は力一杯叫ぶ。
「打つんだ、瑞穂さん。シュートを打っていいよ!」
 私の言葉に瑞穂がうなずく。
「選手の交代をします」
 私の後ろから声がした。牧原か。私はまた同じセリフをくり返そうと振り向く。
「だから、パストラミ監督は自分の方針に…」
「本人の意思だから仕方ありませんね」
 笑っているのは、キムラだった。その後ろでユニフォームを手にしたパストラミ監督が立っている。
「お帰りなさい。間に合ったんだ、キムラさん」
「話は後です。監督が戦術を授けてくれますからね」

                               ●

 残り時間はロスタイムを残すのみとなった。選手交替はワク一杯まで行なわれている。これでも決着がつかなければ、ゴールデンゴール方式の延長戦に突入だ。最後のチャンスが瑞穂の足元にきた。ループ気味のシュート。見事にキーパーの意表をついたその一発は、ゴールネットを揺らす。
「うぉぉーー!!」
 ベンチで私はみんなと抱き合う。ようやく腹の底からゲームを楽しめるようになっていた。パストラミ監督と、キムラと、牧原と、そして里美とも抱き合って喜びを分かち合う。そして、すぐに試合終了の笛が鳴った。
「やりましたね。優勝ですよ」
 ベンチはお祭り騒ぎである。私の中にも心地よい疲労感が満ちていた。
「石岡先生、パストラミ監督がお礼を言いたいそうです」
 キムラに促されて、私はパストラミと握手を交わす。
「あなたは通訳として申し分なかったが、フランス語が話せないことが唯一の欠点だと言っています」
「それは、恐縮です」
 私達は声を上げて笑いあう。
「石岡先生」
 試合を終えた瑞穂が走ってきた。
「ありがとう。先生のおかげです」
「いやいや、とんでもない」
「今度のワールドカップでも、日本代表に力を貸してください」
「もちろん。ぼくでよければ……ただ通訳はダメですよ」
 瑞穂がとびっきりの笑顔を見せてくれた。私はスタンドから沸きあがる大歓声の渦に、いつまでも身体も心も浸していたい気分だった。
おしまい おしまい
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