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頑張れ!石岡君
石岡君、サッカーチームの司令塔になる 4 「石岡君、サッカーチームの司令塔になる」4 優木麥 石岡君、サッカーチームの司令塔になる 4

   
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「フォワードが7人もいるのは、バランスが悪くないですか?」
「それなのに、どうして今シーズン得点ランキング2位の私が出られないんでしょう」
 選手たちの怒号と非難が飛び交う中、私は真っ青になって言葉を失っていた。何一つ有効な説明などできるわけもない。牧原が私の前に立つ。
「すみません。あの……」
「いえいえ、石岡先生が謝る必要はありません。監督の独断専行は今日に始まったことではないので。ただ今回の先発オーダーはあまりにも理解不能です。少し説明を求めてもいいでしょうか?」
 牧原に丁寧な言葉を使われると、私が恐縮してしまう。パストラミと言葉を交わすと、私は選手に向き直った。
「さすがは優勝戦まで勝ち残ってきたチームだけのことはある。決戦を前にして冷静なので嬉しい…と言っています」
 選手たちがざわめく。とにかく私が勝手に決めた先発オーダーで試合をさせるわけにはいかない。
「もちろんさっきの発表はデモンストレーションでした。これから本当の先発メンバーを発表すると言っています」
 私は選手のリストを眺めた。名案など浮かぶはずもない。
「やはり大切な発表だから、キャプテンの早乙女選手にやってもらうのが正しいだろう…と言っています」
 そう言うと私は瑞穂にリストを渡して、そそくさと壇上から降りた。
「先生、冷や汗モノだったわね」
 里美が小声で話しかける。彼女はいたずらっぽく笑っていた。私の慌てぶりを楽しんでいるようで、少々腹立たしい。
「寿命が縮むよ。明日は雨が降ればいいんだ」
 私の言葉にも里美は顔色を変えない。
「残念でした。サッカーは冬のスポーツよ。雨天決行なの」

                                ●

 私の不謹慎な言葉にも関わらず、翌日は快晴だった。東京ヴァーゴと黒岩スコーピオンの優勝戦は、キックオフ後、しばらくは静かな展開が続いていた。まだ両チームとも相手の様子を伺っている状態だ。コーチの牧原をはじめ、ベンチに控えている選手たちは先制点を取ることにやきもきしていたが、私は別のことに気を取られている。
「監督さあ、今日はおとなしいよね」
「うん、いつもなら拳を振り回しながら興奮して指示を怒鳴るのに」
 私の耳にベンチの控え選手のささやき声が入ってくる。彼女達が不思議がるのも無理はないのだろう。普段、熱血指導をするパストラミが目の前の試合など興味なさげにボーッと空を見上げたりしている。
「ねえ、里美ちゃん」
 私は隣に座る里美に話しかける。彼女は身を乗り出して食い入るように試合展開に見入っていた。
「キムラさんは、まだ来ないのかな」
 パストラミ監督の現役時代のユニフォームを取りに韓国まで出かけた彼が戻ってくれば、名将にサッカーの記憶を宿らせることができるはずなのだ。試合前に私は瑞穂から言われた戦略を一言一句間違わずにみんなに伝えた。もちろん、パストラミ監督の言葉としてである。
「監督、ディフェンスラインをもっと上げてもいいんじゃないですか。このまま守備的に試合を進めたら、勝機を失います。ウチは基本的に攻めのチームですよ」
 膠着した展開に業を煮やしたのか、牧原が立ち上がってパストラミに進言した。私はパストラミと表面だけの言葉を交わすと、すぐに答える。
「いいから私の方針に従ってほしい…と言っています」
「わかりました」
 明らかに不服そうな様子だったが牧原は矛を納める。この受け答えも、事前に瑞穂と打ち合わせ済みだった。試合中にコーチなどが何かを提案してきたとしても、すべて今のセリフで受付けないように取り決めている。それに彼らからすれば憂慮すべき事態かもしれないが、私の内心では、この均衡状態はある意味では理想的だ。なぜなら、東京ヴァーゴが勝たなければ、瑞穂の命が狙われなくて済む。昨夜は熱意にほだされて爆破事件を公にしなかったが、できればこれ以上、彼女を危険にさらしたくない。
「あー、いける。打て打て!」
 突然、里美が拳を握って叫びだした。周囲のコーチや選手も同様だ。味方のパスが瑞穂に通って、ゴール前で決定的な場面になったのだ。
「いや、待て。打つな」
 私は思わず叫んでいた。しかし、ベンチからのそんな声が届くわけもなく、瑞穂の右足はボールをとらえた。矢のようにゴールネットに飛び込んでいくボール。シュート成功である。
「やったー、あーあー」
 私の周囲の人間が一斉に立ち上がり、手を叩きあって喜んでいる。いや、私とパストラミ監督の二人を除いて、だ。歓喜に盛り上がる連中が、すぐに座ったままの私たちに不信な目を向ける。私は青ざめていた。点が入り、均衡が崩れたこともそうだが、みんなと一緒に立ち上がる瞬間を逃してしまった。牧原が全員の総意のような形で前に来た。
「監督、点が入ったんですけど…」
「甘い!」
 私は必死でパストラミを庇う。
「一点ぐらいで浮かれていてどうする。まだ試合は終わってないぞ。冷静になれ……と言っています」
「なるほど。すみません。私達はまだまだ世界のサッカーを知らないですね」
 コーチ達は感銘を受けて頭を下げた。私としたら心臓が止まりそうである。
「あ、ファール!」
 里美が叫ぶ。フィールドには瑞穂が倒れていた。どうやら相手選手からのタックルで倒されたらしい。だが、スコーピオンの監督は審判に対して、顔を真っ赤にして抗議を続けている。観客からはブーイングが沸き起こった。
「あれは、なぜブーイングなんだい?」
「時間稼ぎだからよ。判定は覆らないのに」
 里美の答えで私の頭に名案が閃いた。ああやって抗議すれば時間を稼げるのなら、やってみる価値がある。そう思っているうちに、また二人の選手がもつれて倒れる。すぐさま私はフィールドラインの前まで走っていく。
「どういうことなんですか。今のはファールでしょう」
 一生懸命、怒鳴り声を出す。そんな私の体を牧原が後ろから羽交い絞めにした。
「落ち着いてください。石岡先生」
「だって、今のは誰が見ても…」
「ですから、相手チームのファールだと最初から笛が吹かれてるじゃないですか」
「えっ……?」
 私の動きが止まる。
「大体、どうして通訳のあなたが抗議に出てくるんです」
「すみません。つい興奮して…」
 私は牧原に怒られながら、ベンチに戻った。やはり慣れない事はするものではない。しばらくおとなしくしていよう。と思っていた矢先に、スコーピオンの選手がゴール前に迫る。
「おっ、お、おおー」
 相手が一点を入れれば、再び勝負は振り出しだ。1対1で引き分けてくれれば、私の理想の展開に戻る。キーパーの防御が間に合わず、スコーピオンが一点を奪い返した。
「おーーー、ゴーール!!」
 私は思わず立ち上がると手を突き上げて叫んでいた。今度はさっきと逆の現象になってしまった。相手チームの得点に静まり返るベンチの中で、私だけが喜んでいたのだ。突き刺さってきそうな冷たい視線が私に降り注ぐ。しまったと思った私はすぐさま差し上げていた両手で自分の顔を覆う。
「おー、ゴール。ノー、ああゴール、ゴルゴール」
 顔を覆って何度も首を振る。牧原が私の肩に手を置いた。
「そんなに落胆しないで、石岡先生。きっと彼女達は逆転してくれますよ」
「ええ…」
 何とか切り抜けられたようだ。しかし、早くキムラに戻ってきてもらわないと、私のほうの身がもたない。言うまでもなく、戦っている選手たちには罪はないのだ。彼女達には報いてやらなければとも思う。ましてや監督の戦略や言葉を伝えられない以上、私でも労いの言葉ぐらいはかけてやれる。電光掲示板が「45分」を示した。前半の終了である。
「ナイスファイト」
 手を叩きながら真っ先に立ち上がった私は満面の笑顔で知る限りの慰労の言葉を口にする。
「グッドジョブ、トレビアーン、ブラボ……」
「石岡先生、座っていてよ」
 里美が私の腕を掴むと、淡々とした声で言う。
「まだロスタイムが2分あるの」
つづく つづく
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