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頑張れ!石岡君
石岡君、サッカーチームの司令塔になる 2 「石岡君、サッカーチームの司令塔になる」2 優木麥 石岡君、サッカーチームの司令塔になる 2

   
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 私には部屋に闖入してきた人物が何を言っているのか、しばらくわからなかった。
「ミズホ、ミズホ……」
 スーツを着て、金髪の彼はしきりに身振り手振りで瑞穂を非難しているようだ。室内にいた私達は、その剣幕に圧倒されて立ち尽くしている。
「彼女のチームのパストラミ監督よ」
 里美が小声で説明してくれた。瑞穂が所属する東京ヴァーゴの監督で、フランス人のパストラミだという。彼がひとしきり話した後、後ろに控えていた日本人男性が前に出てくる。
「へい、瑞穂。TVゲームはいかんと禁じただろ。どうしてルールを守ることが出来ない。それから、部外者を部屋に入れるのもルール違反だ。キャプテンの君がそんな意識では、明日の試合で勝つことは出来ないぞ。どう考えてるんだ、エー……と言っています。ちなみに私は通訳のキムラと申します」
 どうやら日本語が話せない監督のための専属通訳らしい。里美が再び小声で説明してくれた話では、パストラミは名監督で確かな実績も上げているが、選手管理について厳しく、ときには行き過ぎてしまうという。そのことが原因で選手とトラブルを起こし、チームに内紛を抱えたケースもあるとか。
「どういう意味ですか? TVゲームなんてしてませんけど…」
 瑞穂の言葉がパストラミに通訳される。すぐに、またオーバーなアクションで反論してきた。通訳が再び訳す。
「私をごまかせると思うな。監督にフェイントプレイをかけても誰も得をしない。私は、君がTVゲームをこのホテルに持ち込もうとした証拠を掴んでいる。だから、もう言い訳は止めろ、と言っています」
「証拠って。じゃあそれを見せてください」
 その言葉を聞いたパストラミは手にしていたポシェット程度の小包を見せた。
「これがその証拠だ。フロントに届けられたそうだが、私が目を光らせていなければノーチェックで君にスルーパスされていたよ…と言っています」
「それは私宛の小包なんですか。監督、それはどういうことでしょう。プライバシーの侵害ではないでしょうか」
 瑞穂が憤慨するのも無理はない。
「開けてはいない。だから、ギリギリの範囲で監督の権限内の行為と確信している…と言っています」
「では開封していないのに、どうしてTVゲームだとわかるんです」
「アハハハ。私を舐めるな。この小包は耳を近づけるとコチコチと機械音がする。TVゲームだということは誰でもわかるさ……と言っています」
 通訳の言葉の後に、室内を静寂が支配した。それは各人の心理状態を目で見えるようにすれば、恐怖と不安の二色で塗りつぶされる種類の静寂だった。沈黙の空間には、確かにコチッコチッという機械音が刻まれていく。
「あの……」
 私はたまらずに口を差し挟む。パストラミは顔を真っ赤にして、私に対して怒鳴り散らした。
「部外者は黙っていてもらおう。これはチーム内の問題だ……と言っています」
「いえ、差し出がましいのは承知しているのですが、その…その小包は、爆弾ではないでしょうか?」

 私の言葉をパストラミに伝えながら、キムラの言葉が震えてきた。すぐにパストラミの顔色も一変する。
「きゃーーーー!!」
 恐怖に耐え切れなくなった誰かの悲鳴が室内に響く。
「そこまで言うなら、君が確かめたまえ……と言っています」
 パストラミが私に小包を渡すと、キムラと距離を取ろうとする。
「えっ、そんな…ちょっと待ってよ」
 爆弾の疑いのある小包を受け取ってしまった私は慌てふためく。
「私にはわかりませんよ」
 パストラミに返そうとするが、彼は受け取らない。
「私は要らないと訳してください」
 キムラに頼もうとするが、二人とも青い顔で私から離れていく。
「せ、先生。早く、はやくーー」
「早くって、なに?」
「捨ててよ!」
「どこに? 捨てるところなんてないよー」
 私と里美はまるで追いかけっこのように部屋の中をグルグル回っている。
「そと、外に捨てるのよ」
 パニックになると人間の行動には整合性がとれなくなる。私は小包を耳に当てた。
「なんか、コチコチが早くなってきてる」
「だからー、捨ててよ。はやく」
 里美と瑞穂が絶叫している。
「だって、窓を開けて外に捨てたら、被害が…」
「そうだ。この部屋に置いて出ようよ」
 私は震える手で部屋の床に小包を置いた。
「さあ、はや……」
 バゴォォォーン!!
 音と光と、風と熱と、どれを一番最初に感じたのか私にはよくわからない。とにかく、次の瞬間にはベッドに叩きつけられていた。耳鳴りがすごい。しかし、四肢を動かしたらどこにも骨折らしき痛みはなかった。
「先生。石岡先生……」
「里美ちゃん、ぼくは大丈夫だよ」
 私はすぐに隣にいる里美を認識できた。爆発に対して背を向けていたから、目をやられなかったのが幸いした。
「瑞穂、瑞穂は…?」
「私も大丈夫みたい」
 瑞穂は抜群の反射神経でソファの後ろに隠れたらしい。だが、室内にはまだ二人の人間がいた。
「私も何とか、大丈夫です」
 キムラは頭を振っているが、自分の足で立ち上がっていた。
「えっ、監督。監督?」
 パストラミは壁に叩きつけられていた。しかも、私たちと違い、背中からぶつかったために、後頭部を強く打ったようだった。すぐに駆け寄ったキムラが話しかけている。パストラミは意識もあるみたいで、しっかりした受け答えをしているように見えた。
「よかったー」
 里美が安堵の声を漏らす。その言葉は私たちの気持ちを代弁している。爆弾が爆発したにも関わらず、一人もケガらしいケガを負わなかったのだ。
「たぶん犯人は警告のつもりだったんでしょうね。本気で何かを狙っているなら、もう少し殺傷力の高い爆弾を使うはずです」
 私は瑞穂を安心させるために言った。彼女宛に送られてきた小包が爆弾だったのだ。気持ちが落ち込んで当然である。
「困ったことになりました」
 キムラがやってきて言った。私は、みんなの気分を変えるためにわざと明るく言った。
「あれ、そこで終わりですか?」
「どういうことですか?」
「いやー『……と言っています』ではないんですか。監督が困ったとおっしゃってるんでしょう」
「違います」
 キムラは沈痛な表情で言う。
「……と言いますと、監督がどこかケガをされたんですか?」
 瑞穂の顔色が変わる。
「ええ、重大な損傷を負ってしまいました」
 通訳の言葉に私達はすぐに反応した。
「では、すぐに救急車の手配を…」
「無駄です」
「えっ、どうして…?」
「パストラミ監督は一時的な記憶喪失に陥ってしまったのです」
 キムラの発言が、私たちが理解するのには時間を要した。
「つまり、どういうことでしょうか?」
「サッカーに関する知識、経験、考えなどがスッポリと抜け落ちてしまったのです」
つづく つづく
…
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