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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、選挙出馬を要請される」2 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
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「龍臥亭事件、痛みをこらえてよく頑張った! 感動した!」
 まるで表彰状の授与のように、大賀は私にポスターを手渡した。自然な流れなので、思わず受け取った私は一礼する。
「アッハッハッハ。どうですかな、石岡先生。こんな風に公認証書をお渡しすることが出来れば、私も望外の幸せなのですがね」
 大賀の要請の言葉に対して、私はここで自分の意志を表明することにした。
「そのことは…。大変恐縮ですが、ご辞退申し上げたいと決めてきました」
「ほう、理由をお伺いしてもよろしいですか」
「私にはその資格がありません」
「何をおっしゃいますか。石岡先生はその資格を十分にお持ちだと伺っています」
 私には何の心当たりもない。
「石岡先生は、日本国籍をお持ちですか?」
「ハイ」
「満年齢が30歳以上ですよね」
「ええ、一応」
「それなら申し分ない。参議院選挙に出馬する被選挙権については問題ありません」
「そういう法律上の資格のことではなくてですね」
 ここが肝心なところと私は姿勢を正した。
「政治に関して特別な問題意識を抱えていないのです。いや、常人よりはるかに興味がないといった方が正確かもしれません。ひたすら毎日の生活が穏やかに送れることを願っているだけの人間です。そんな男が、立候補するなどということは日々、政治課題へ真剣に取り組んでいる方々への冒涜に過ぎません」
 ずいぶん流暢に話せたのは、家で何度も練習してきたからだ。大物政治家と対面する以上、緊張から何も話せなくなるのがわかっていたので、あらかじめ答えを丸暗記してきた。
「なるほど。なるほどね」
 メガネの奥の大賀の笑っている目には変化が見えなかった。たぶん、若月から私が出馬を渋っていることは聞いているのだろう。断りの言葉に対しても、予定のうちということか。フンフンとうなずいた後、懐から外国製のタバコを取り出した。
「よろしいですか?」
 指で挟んだタバコを見せて尋ねられ、私は「ハイ」と答える。
「石岡先生も、いかがですかな」
「いいえ、私は吸いませんので…」
「ほう、作家の方にしては珍しい」
 さっきの私の不出馬宣言よりも、禁煙家であることの方が意外だったようだ。大賀の目に驚きの色が浮かんだ。彼がタバコを口にくわえると、絶妙のタイミングで若月がライターの火を差し出した。大賀は無言で紫煙を吐き出す。沈黙が訪れた。この料亭の座敷は十五畳。まるで柔道の町道場にいる気分で落ち着かなかったのだが、静寂の中ではさらにその広さをプレッシャーとして感じてしまう。ビールで喉を潤すと、傍らの仲居さんがすぐにお酌をしてくれた。無駄がなく、ほとんど存在を感じさせないプロの動きだ。しかし、私はいつものクセで「すみません」と頭を下げた。
 ちなみに今回の参院選挙にも簡単に触れておこう。巷では、投票時点で発足3カ月になる与党の新政権に審判を下す選挙といわれている。前回の選挙までは、各政党が候補者の順位を決めて届け出る「拘束名簿式」だった。つまり投票するのは政党名のみ。開票後、各党には得票に応じて議席が配分され、名簿の上位から当選が決まっていく制度。しかし、今回の比例区への投票は政党名だけでなく、候補者名でも構わない。政党名、候補者名の合計得票で各党の獲得議席が決まる。では、当選者はどう決まるのか。以前なら名簿に記載された順番に当否が決定していたが、今回の「非拘束名簿式」は党内で個人名の得票が多い順に決まっていく 。 
 つまり、極論すれば世間に認知度の高い「名前のある候補者」は、それだけ有利になるというわけだ。いわゆる「タレント候補」が林立する要因はそこにある。そして、私の下へも出馬の要請が来た。こんなことは間違っている、と私は声を大にして訴えたい。もちろん間違っているのは、私のところに出馬要請することだ。私に全国区の知名度などない。
「察するに、先生はご自身の確たる政治信条をお持ちではないとおっしゃりたいわけですかな」
 大賀がようやく口を開いた。私はホッとする。
「ええ、そうです。まったく、その通りです」
 実際、私は政治信条とやらと、目の前のお吸い物に入っている海老しんじょなら、迷わず海老しんじょの方を選ぶ。
「ご謙遜ですな」
「それは…私がですか?」
「そうですとも。伺っておりますよ、立派な業績の数々をね」
 私は当惑する。大賀に自信満々にそう指摘されても、思い当たるふしなどまるでない。
「政治的信条を熱筆で記した作品がいくつかおありだとか」
「はあ…?」
 大賀は何をいっているのだろうか。御手洗の扱った事件でそんなに政治色の強いものがあった覚えはない。同姓同名の誰かと間違われている気がする。
「若月、言ってくれ」
 大賀の言葉で、若月が私の方を向いた。
「まず石岡先生は、日本の組織論は和洋折衷で構築されるべきだという持論を展開されておられます。つまり欧米のようなフラットな水平型の組織ではなく、縦型の組織の枠を生かしつつ、情報やプランに関してはガラス張りで運用するということです」
「そんなことを、私が言いましたでしょうか」
 若月が何の作品の話をしているのかわからない。
「ハイ、タイトルでその理論をズバリ表していると思われます」
「何の作品ですか?」
「『水晶のピラミッド』です」
 私はガクッとずっこけそうになる。「水晶のピラミッド」は、若月が言うようなガラス張りのピラミッド組織論の話などではない。
「いいえ、その…本はミステリー小説でして…アメリカの富豪がピラミッドの最上階で溺れ死んでいたため…」
「さらに、先生の政治的課題への着眼は留まるところを知りません」
 若月は自分の言葉に酔っているかのように声を張り上げた。まるで一度始めた演説は誰に止められないプログラムでもされているようだ。
「問題視されている"北の脅威"に関しても、現実から目をそらすことなく取り組んでいらっしゃいます」
 私はもうどうにでもしてくれという気分だった。大体"北の脅威"など考えたこともない。まさか「斜め屋敷の犯罪」が北海道で起きた事件だから、その政治的課題を織り込んでいるとでもいうのだろうか。
「昨今、北からと思われる不審船の騒動は、日本にとって国防問題も含んだ重要なテーマです。そして、先生はその問題をも『ロシア幽霊軍艦事件』というタイトルで取り上げておられるのです」
 ここで私が「ロシア幽霊軍艦事件」はそういう話ではないと、いくら訴えたところで聞く耳は持たないのだろう。それにしても、作家の端くれの立場で私から苦言を呈するならば、若月君、せめてタイトルだけではなくて、内容も少しは読んで欲しいの一言である。
「それだけ政治に関心をお持ちであるなら、是非とも自らお立ちになって、理想の社会にちかづける貢献をされるべきではないですか」
 大賀はさも当然という口調である。
「いや、その…今の作品の話にも多少、誤解がありますし…」
「誤解がなんだというのかね!」
 バシーン。大賀がテーブルを平手で叩いた。
「一度、世間に何かを表明するということは、その受け取られ方は千差万別になることは自明の理なんだよ。もしかしたら、十のことを訴えて三か四程度しか理解されないかもしれん。だが、そこを恐れてどうするというのか。表現する生業を選んだのだろう。ならば誤解も甘んじて受け入れるべきだ。違うかね?」
 大賀の迫力に圧倒されながらも、私は彼の言葉に肯定できる部分をいくつか見つけていた。たしかに自分が百パーセント他人に理解されると考える方がおかしい。だが、誤解されること自体を受け入れることと、誤解された内容を甘んじて受けることはまるで違うことだと思う。
「先生の創作された、あの…御手洗潔ならそう言うんじゃないかな」
 何気ない大賀の言葉に私は反射的に叫んでいた。
「御手洗は実在の人物です」

つづく つづく
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