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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、カリスマ美容室に行く」3 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
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「石岡サン、ボンバーヘッドにしようか」
 嬉々としてスモーキーが勧める。だが、私はボンバーヘッドなる髪型がどのようなデザインか想像もつかない。ただし、呼び名に"ボンバー″などという単語が入っている時点で、たぶん私には似つかわしくないと断言できた。
「どんな感じなんですか?」
 一応、スモーキーに確認してみる。
「クールなフィーリング。石岡さんのイメージチェンジにピッタリ。ワイルドっぽさが加わってファンタスティックになるね」
 スモーキーの説明ではまるで感じが掴めない。だが、私のイメージには合わないだろうと本能でわかった。
「いえ、それではないほうがいいです」
「あっ、そう…。似合うと思うけどなあ」
 急に興を失ったスモーキーはブースから去っていった。私はホッと息をつく。やはり里美の意を受けているタマミに頼むのが筋である。私の首にスタイリングクロスが巻かれた。カットしたときの髪が洋服に着かないように着るのだ。
「いい髪ですね。若々しいです」
 タマミは私の髪をスプレーで濡らしながら言った。
「ありがとうございます」
 自分の髪を褒められるのは妙な気分だ。
「せっかく、こんなにいい髪質なんだもん。変化をつけたいわねえ」
 最初の挨拶は堅苦しかったが、実際に仕事に入ると、タマミの口調も砕けたものになってきた。私としてもそのほうが親しみやすい。
「ソフトパーマをかけてみません?」
「それは、どんな感じですか」
 タマミは私に髪型のカタログを見せてくれた。
「軽いクセ毛風に見えて、知的な印象を与えますよ」
 どうやらソフトパーマをかけると今の私の髪型のボリュームが増すような感じがする。
「空気感を出したいなあ」
 タマミが私の後ろの髪を持ち上げてみせる。
「フワーッとした感じになりますよ。お好みでウェットなウェーブ感を出すことも出来ますし、ドライヤーをかければストレートに見せることだって…」
 本音をいえば、私としてはいつも理容師にやってもらっているように髪の毛全体を切り揃えるだけで十分だ。いや、それ以外の形に髪型や髪の色をいじるなんて考えたこともなかった。自分が自分でなくなってしまうほどの恐怖感すら覚える。だが、ここで一歩踏み出さなければ、里美の好意に応えられない。
「じゃあ、そのソフトパーマで…お願いします」
 古い言い方になるが、清水の舞台から飛び降りる気分だ。それにしても、カタログに載っている若いモデル達の髪型は、強烈に個性的である。まるで南洋の植物を頭に載せているような髪型もあれば、ツバメが巣をつくったのかと思うデザインもあった。私ならあんな髪型にしなければならないなら、高い塔の最上階にある独房で暮らしたいくらいだ。
「この際思いきってオシャレしましょうか? カラーリングとか?」
 自分の提案が受け入れられたタマミが勢いに任せて、さらに提案を重ねてくる。
「カラーリングって何ですか」
「髪の色を染めるんです。ほら、多くの若い人たちの髪は黒ではないでしょう。茶色とか、金色とか、明るい緑とか。石岡先生は今のままでも十分にお若いですけど、髪の色を今風にされたら二十代に見え…」
「いやです。すみません。髪の色はこのままでお願いします」
 私はまるで歯医者の治療に怯える児童のように抵抗した。私自身は決して美意識が強い人間ではないが、自分の髪の色が変わるなんて受容できる恥辱を越えている。
「わかりました。石岡先生の髪はナチュラルが素敵ですからね」
「すみません。ワガママを言いまして」
「何をおっしゃるんですか。先生はお客さんなんですから、ご自分の希望をどんどん主張していただいて構わないんですよ」
 タマミは笑いながら、アシスタントが運んできたワゴンを私の脇に置いた。
「ソフトパーマをかける前に軽く切り揃えますね」
 ハサミを手にした彼女が今まさに私の髪を切ろうとした瞬間。 「タマミ、ちょっといいか」
 再びスモーキーがブースに顔を出す。タマミはハサミをワゴンのトレイに置くと、私に写真週刊誌を渡して「これでも読んでてください」とブースを出て行く。一人きりにされた私は膝の上に週刊誌を広げる。
「ロマン・ポルコのナポリン、深夜の怪行動」
 私の知らない女性歌手の記事だ。鬱なときはテレビも雑誌も目を通さないので、自然とこういう芸能ネタには疎くなる。それにしても、ほんの少し世の中と離れていただけで知らないニュースがなんと増えることか。私はすぐに週刊誌に飽きて、ウトウトとしはじめてしまった。          

 私は夢を見ていた。
 私自身と同じ顔をした人物達に追いかけられる夢だ。悪夢といっていい。これが、例のクローン人間というヤツか。私のクローンなどに一文の価値もないのに…。悪夢から覚めたい自分と、もう少し眠っていたい自分が、私の意識をまどろみに誘っている。外界で誰かが話している声が断片的に聞こえてきた。私の全身が徐々に緊張しはじめる。会話の主たちは「染色体」とか「遺伝子で決定される」などと話している。これと似たような話をどこかで私は耳にした。
「クローン人間は髪の毛一本あれば作れるんだって。それぐらいの体細胞の遺伝子情報だけで十分なんだよね」
 あれは、この美容室に来る前のタクシーの中で聞いた。
「DORIEには、世界中の学者やスポーツ選手、政治家達のクローンが用意されているらしいよ」
私の頭の中でけたたましく非常ベルが鳴りだす。なぜこの店に入る前に気がつかなかったのかを悔やんだ。この美容室の店名は「SALON DORIE」。そのとき、タマミの声がハッキリと聞こえた。
「私ね、新しい実験体を見つけたの」
 我が耳を疑う。”新しい実験体”…とは何のことだ。まさか、私のこと…? だが、そう考えることで筋が通るかもしれない。最初にクレジットカードの受け取りを頼んできた里美は「名古屋のセミナーに行くから、もう東京駅にいる」と電話で言った。あの言葉に嘘はなかったのだ。彼女もこの美容室の常連である。つまり遺伝子情報はコピーされていて不思議はない。そこまで考えた私は、あまりに非現実的な推理に身震いする。では、店内で私に「髪型を変えろ」と要求した里美は誰なのか…? もはや事実は明白だ。口にするのもおざましいが、里美のクローン人間に違いない。私はうかつにもDORIEの罠に嵌ってしまった。だが、誰が「里美が二人いる」などと考えるだろう。
 とにかく、この組織の支配下から一刻も早く抜け出さなければならない。口実は急用ができたでも何でも構わない。まさか、彼らも一般人の衆人環視の中で無体な真似はできまい。私は渾身の力を振り絞って目を開けた。ところが、目の前の風景はさきほどまでとまるで変わっている。オフホワイトの色調に統一されていた店内が、ブラックに一変していた。私が座っているスタイリングチェアも別物だ。鏡に映る私の背後に位置するデスクではスタッフがパソコンを叩いていた。もう間違いない。私は眠っている間に別の部屋に移されたようだ。気づくのが遅かったのかもしれない。この部屋はお客が座るスタイリングチェアが極端に少ない。それでも、誰か私の味方になってくれる人はいないか。私は周囲をゆっくりと見回した。鏡には隣の席の女の子の顔が映っている。どこかで彼女の顔を見た気がする。私ははっとして膝の上の写真週刊誌に目をやった。
「ロマン・ポルコのナポリン、深夜の怪行動」
 そっくりだった。歌手のナポリンが私の隣に座っている。そのとき、道中にタクシーの運転手が語った言葉が頭によみがえってきた。
「優秀な頭脳、類まれな美貌、高い運動能力などを受け継いだクローン人間たちをDORIEの構成員にしてるんだって」
この美容室はDORIEの支配下にあるクローン人間養成の研究所なのか。私は悪寒に襲われた。誰かの視線を感じる。鏡の中のナポリンの顔が横を向いていた。私は恐怖に顔を小刻みに震わせながら、相手の顔を見る。ナポリンは無垢な少女の笑顔を見せた。
「こんにちは」
「ひぃぃ」
 耐えられず声にならない悲鳴をあげてしまう。
「どうしたんですか石岡先生」
 気が付かないうちにタマミが私の側にきていた。
「お目覚めだったんですね。あんまりぐっすりお休みの様子だったからそのまま移動してもらいました。悪い夢でも見ましたか。さあ、これを飲んで落ち着いてください」
 タマミが私の目の前にコップを置く。中には得体の知れない赤い液体が入っていた。これはクローン人間をつくる前段階のための薬品か。嚥下すれば私の容体がどうなるかわかったものではない。
「では、洗髪しますね」
 私の頭にシャンプーハットが被せられた。いよいよクローン手術が始まるらしい。私のか細い神経はもう限界だった。
「助けてくださーい」
 幸い身体は拘束されていなかったため、勢いよく椅子から立ち上がることができた。
「何ですか。石岡先生、どうされました?」
 タマミが目を丸くしている。奥でパソコンに向かっていたスタッフもこちらを見た。
「ぼくの遺伝子なんかを帝国に残す価値はありません」
「何をおっしゃってるんですか」
「それに…ぼくはもう一人のぼくがこの世に生まれるなんて考えるとぞっとするんです。クローンはつくらせません」
 私はそれだけ叫ぶと、とっとと走り出す。警備は厳重ではないらしい。もっとも、クローン人間をつくる研究所などと知らない客を相手にするのだから当然なのだろう。

つづく つづく
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