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頑張れ!石岡君
石岡君、行列の絶えないラーメンを考える 4 「石岡君、行列の絶えないラーメンを考える」4 優木麥 石岡君、行列の絶えないラーメンを考える 4

   
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 「美味しいのはわかるけど、ただ美味しいですというアピールより、もう少し具体性があるほうがいいんじゃないかなあ」
 私は控えめに提案した。凡悟は無言でゆでた麺の固さをチェックしている。最初のラーメン愛好家である「名曲喫茶」のマスター本杉への試食アプローチは完全に失敗した。しかし、凡悟はまったくこたえていない。あくまでボンゴ麺には自信があり、無条件で相手に受け入れてもらえると信じている。もちろん、私は彼のその気持ちを尊重しているが、せっかくいいオリジナルラーメンが出来たのだから、アプローチ法の失敗で拒否されるのはもったいないとも思う。だからこそ、凡悟にあらかじめ相手にアポを取って、時間を指定してからラーメンを持ち込もうと提案するのだが、どうしても聞き入れてくれない。
「段取りを組んだら負けなんですよ。石岡先生」
「どうして?」
「その時点で、相手は試食するぞと構えてしまう。するとどうしても素直な感想は聞きにくくなっちゃうんですよ」
「そんなことはないと思うけど……」
「いやいや、大切なのは心構えがなく、差し出されたラーメンに対しての第一印象です。先入観のないまっさらな気持ちで食べてもらいたいんです」
「でもねえ……」
 私が何と声をかけたらいいか迷っている間に、凡悟は出来上がったボンゴ麺を岡持ちに入れる。
「さあ、行きますよ石岡先生。リベンジです」
 移動販売車を降りる凡悟のあとに続かざるをえない。次なるラーメン愛好家は、岸辺淳。住所は雑居ビルの2Fだった。
「岸辺さんもきっと何かの仕事をしてるんだと思うよ。この住所から考えて……あ、ちょっと凡ちゃん」
 私の不安などお構いなく、凡悟は階段を上っていく。彼の後に追いすがるしか選択肢はない。階段を上りきったところで、凡悟が振り返った。
「石岡先生のご助言を無駄にするつもりはありません」
 凡悟は笑みを見せる。
「美味しいですだけではなく、もっと相手が食べたくなるようなキャッチコピーで宣伝しますよ」
「うん、それがいいと思う。あとは、この岸辺さんの仕事を確認しないと。ここがまた静かにしなければならないお店だったら、顰蹙を買うからね」
 私は岸辺の住所の店の看板に目をやった。「ダンススタジオ ロンド」とある。
「やりましたよ石岡先生、ダンススタジオだったら、大声を出しても大丈夫ですよ」
「いや、そんなことはないと思うし……」
 私の言葉が届く前に、凡悟はドアを開けていた。中は、確かにアップビートのBGMが流れている。色とりどりのレオタードやジャージに身を包んだ女性達がリズムに乗って身体を動かしている。
「みなさーん、濃厚だけどしつこくない、最後の一滴まで飲みたくなるスープと…」
 凡悟がボンゴ麺のドンブリを手にして叫び出す。
「味わいぶかい三種類の団子、さらにはノド越しツルツルのちぢれ麺……」
 ダンスをやめた生徒達は一斉に凡悟を睨んでいる。その非難は予期せぬ闖入者に対する警戒心かと思っていた私だが、スタジオの壁に貼られた紙を見て、身が凍る。
「ダイエット講座」
 大きくそう書いてあった。つまり、いま踊っている生徒達はダイエット目的でダンスをしているのだ。毎日の食生活においても彼女たちは涙ぐましい努力をしているに違いない。そんなところに、高カロリーのラーメンを試食してほしいと乱入したのだ。戒律でタブーとされている食べ物を持ち込んだ旅行客を見る目で迎えられても仕方あるまい。
「実は、すぐ近くに厨房を備えた移動販売車で来ていますので、気に入ってくださった方には、ドンドン……」
「凡ちゃん、マズイよ。逆効果になる」
 私は必死で凡悟の腕を引っ張る。生徒達の前で踊っていた男性が私たちの前に立ち塞がる。彼が岸辺淳だろう。
「すみません。お引き取りいただけますか」
「もちろんです。はい」
 私が強行に引っ張ったため、観念した凡悟は近くの小テーブルにボンゴ麺を置く。
「みなさんはダイエットしてるんだから、ラーメンはダメだよ」
 私が言うと、凡悟は最後に大声を張り上げた。
「カロリーの高いスープがお飲みになれなければ、替え玉もできますから、よろしくお願いしまーす」
 スタジオを出て移動販売車に戻った私達は先ほどの反省会を開いた。
「今回の失敗で、原因がハッキリしたでしょう」
 少々キツめの言い方だったが、凡悟に意気消沈したそぶりはない。
「確かに見えてきました」
「本当に?」
「ええ、女性達が多かったじゃないですか」
「うんうん。じゃあ、失敗の原因がわかってくれたんだね」
 私はホッと胸をなでおろす。ダイエット中の女性だったことに気づいたのなら、もうアポなしで試食に突入する愚は犯さないだろう。
「やはり女性に受けるには、流行の『トッピング自由』にしなければいけないんでしょうね」
 何もわかっていない凡悟の言葉を聞いて、私は椅子からずり落ちそうになった。

                              ●

「会員の中に素晴らしく献身的な方がいらっしゃったのよ」
 さゆりから弾んだ声で電話がかかってきて、私たちはすぐに彼女をピックアップしに向かった。どうやら、ラーメン愛好家の一人から「自分の仕事場を使って新ラーメンの試食会をやればいい」と申し出があったらしい。私は肩の荷が下りた気がする。ようやく、まともな試食会が実現しそうだ。
「鈴原さんとおっしゃるのよ。名前まで素敵だわ」
 車に乗ってきたさゆりの顔から笑顔が絶えない。私まで気分が高揚してきた。
「試食会ということは、何人かの会員が集まるんですね」
「もちろんよ。鈴原さんが緊急に十人ぐらいの方を集めてくれるんですって」
「多めに仕込んでおいてよかったよ」
 凡悟はラーメン作りに余念がない。車は、試食会場となる鈴原の仕事場の住所に到着した。白亜の建物だ。
「キレイですね」
「何かの研究所みたい」
「さあさあ、おしゃべりしてないで、ボンゴ麺をお運びして。みなさんお待ちですよ。私はご一緒できませんから、よろしくね」
 さゆりに促されて、私と凡悟は三つの岡持ちに人数分のボンゴ麺を入れて建物の中に入る。指定された部屋の前に立つと、中から演説が聞こえてきた。
「食中毒になった場合、下痢止めは使わないことが多いですね。体から有毒成分を排出するためには、下痢の症状は必要な生理反応なんです」
 これからラーメンの試食をする前としては、あまりふさわしくない会話をしているようだ。とりあえず、ノックをした後、私達は中に入る。
「お待ちしてましたよー」
 そんな挨拶に私は、ホロリといきそうになる。なにしろ、今までは招かれざる客として扱われていたのだから仕方がない。室内の会議用長テーブルにはすでに十人ほどの人間が着席していた。
「私が当研究所の所長で、鈴原と申します」
 白衣を着た年配の男がにこやかに私たちに近づいてきた。
「こちらこそお手数をおかけしてすみません。石岡です」
「いいえ、お安い御用ですよ。新ラーメンと聞けば、有給休暇を取る人間もいますからね」
 紳士的に対応されて私の顔がほころんだ。ところが、よく見てみると、テーブルに座っている会員達の表情が一様に冴えない。新ラーメンには目がないと評されている割には、これからラーメンを試食するというのに浮かない顔なのだ。
「とにもかくにも早くラーメンと対面させてください。話はその後です」
 鈴原の言葉はもっともだ。私達はそれぞれの会員達の前にボンゴ麺を配っていった。その過程で、私は室内の様子にようやく目をやって恐ろしい事実に気がつく。
「あ、あの……鈴原さん、これは一体…」
 私が指差したのは、室内の壁のあちらこちらに貼られた写真や図表だ。「食中毒によって出血した大腸」の写真やら「黄色ブドウ球菌」「サルモネラ菌」などの拡大図が所狭しと埋められている。
「ああ、当研究所の研究資料です」
「と、おっしゃいますと…?」
「食中毒研究所ですから」
 鈴原の答えに私は思わず「えっ」と顔色を変えた。よりによって試食をするのに、食中毒の資料の中で行なうことになるとは、ラーメン愛好家たちの顔色が冴えなかったのも無理はない。
「先ほどの続きですけどね」
 周囲の反応を気にとめずに、鈴原が言った。
「食中毒が集中して発生するのは、一般には7月から10月です。ひと口に食中毒といってもその原因菌によっていろんな種類があるんですよ。全体の8割を占めるのが細菌性食中毒。サラダやカマボコ、タマゴなどから感染するサルモネラとか……」
 鈴原が話し始めると、何人かが動かしていた箸が止まった。最初から箸をつけられない人間も何人かいる。私は頭を抱えてしまった。またもや場違いな場所で試食をしてしまったのである。

                              ●

「ボンゴ麺を美味しくなかったと言った人はゼロです」
 私の報告に、さゆりは凡悟の手を取ってはしゃぐ。
「そうでしょ。あのボンゴ麺は完璧だもの。私たちの愛と才能の結晶なのよね」
「美味しいと言った人は一人です」
「なんですって」
 さゆりは目を三角にして私に詰め寄ってくる。
「どういうことなの?」
「いえ、その……試食自体をしてもらえたのがお一人だったので……」
「あれだけの人にボンゴ麺を勧めたのに? ありえないわ、そんなこと」
 シチュエーションが悪かった以上、仕方がない。さゆりは両手足をバタバタと動かして暴れた。
「ボンゴ麺はラーメン オブ ラーメンズ。すべてを超越した魔性の食べ物のはずなのよ。こんな結果は許し難い」
「お、落ち着くんだ、さゆりチャン」
 凡悟がさゆりの肩に手を置くが、興奮する彼女はその手を払いのけた。
「これは私の作家としてのプライドの問題よ。こうなったら、もう『半麺教師』のラーメン編は打ち切りよ」
「えっ…?」
 私と凡悟の二人が同時に声をあげる。
「大陸に渡って馬賊編に突入させるわ。剣とファンタジーの世界で自由にキャラクターを活躍させるの」
 あまりにも無理がある展開になってしまう。というより、すでにそんなストーリーでは、みんなが期待している「半麺教師」ではない。凡悟が必死に止める。
「メチャクチャになるよ。さゆりチャン、頭を冷やして……」
「演者は黙ってなさい。作品に関しては私が創造主なのよ」
「ぼくも美味しいに一票です。これでボンゴ麺の支持者は二人。試食した人の比率で言えば、百%の人が美味しいと言ってるんですよ」
「ごまかされないわ。終わりよ。『半麺教師』なんて……」
 血走った目でうわごとのようにつぶやくさゆりの携帯電話が鳴った。メールの着信音だ。ノートパソコンを開くさゆりはメールのチェックをする。私達は黙ってそれを見守る。錯乱状態に近い今のさゆりに何を言っても効果が薄いだろう。
「あらっ……本杉さんからだわ」
 最初にボンゴ麺の試食を頼みに行った名曲喫茶のマスターである。きっとクレームのメールを送りつけてきたに違いない。私は観念して目を閉じた。さゆりがその内容を読んだら、ますます激怒することは火を見るよりも明らかだ。
「凡ちゃん、石岡さん」
 突然の猫なで声に私が目を開けると、さゆりがさっきとうって変わった笑顔になっている。
「本杉さんがね。あんなに美味しいラーメンは久しぶりだってメールをくれたの」
「ホントですか……」
 意外だった。さすがにラーメン好きの血が騒ぎ、凡悟が置いていったボンゴ麺を試してみたのだろう。驚きはそれだけではなかった。本杉を皮切りにダンススタジオの岸辺や、なんと食中毒研究所で試食した会員達からも賞賛のメールが続々と届いたのだ。
「結局、みんな食べてくれたんですよ」
「そうみたいだね」
 私は心の底から嬉しくなった。もちろん、さゆりは上機嫌である。
「さあ、みんなで何か美味しいものでも食べに行きましょう。ご馳走しますよ」
「ありがとうございます。でも、百々先生。美味しいモノならここにもあるじゃないですか」
「あら、そうね。じゃあ凡ちゃん。お願いできるかしら」
「はい、ボンゴ麺三丁。大至急でつくりますよ」
 今の私たちには、最高のご馳走なのである。
つづく おしまい
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