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頑張れ!石岡君
石岡君、行列の絶えないラーメンを考える 1 「石岡君、行列の絶えないラーメンを考える」2 優木麥 石岡君、行列の絶えないラーメンを考える 1

   
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 さゆりの頼みは唐突で、突拍子もなかった。行列の絶えないとは、つまりそれだけ人気のあるという意味だろう。そのラーメンを作るのに、なぜ脚本家のさゆりが依頼してくるのか。そして、私は具体的に何をすればいいのだろう。
「そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をなさらないで。ちゃんと順を追ってお話しますわね」
 さゆりはアップルティーのお替わりを注文すると説明を始めた。
「おかげさまで『半麺教師』の評判がよろしゅうございましてね。放映の延長が決定したんです」
 そこで一旦、言葉を切り、さゆりが私を見たため、すぐにお祝いの言葉を口にした。
「おめでとうございます」
「いえいえ、当然のことですけどね。あの作品は毎回、私の心血を注ぐつもりで書いておりますから。壮大な一大叙事詩なんですのよ。最終的には、主人公の免一は海賊になるんですけどね」
「海賊…?」
 思わず私は聞き返す。現在までの放映では、リストラに遭った中年サラリーマンの凡悟がラーメン屋で修行をする話である。そこから、どのような流れで海賊になるというのか。
「もちろん海賊になる前には、馬賊の頭目になるんですけどね」
「馬賊……ですか」
「そう。馬賊の頭目になれたのは、マシラ戦争で、聖剣ロンギルを手に……」
「マシラ戦争って何ですか?」
「あら、やだ。石岡先生。あなた、私の作品をご覧になっているとおっしゃる割にはストーリーにはとんと無頓着ね」
「す、すみません」
「フワ族と、ガファリ族による馬賊同士の勢力争いに決まっているでしょう」
 さゆりは当然のように言うが、私には何のことやらさっぱりわからない。
「それは、その……何話ぐらい先のストーリーなんでしょうか」
「うーん、500話ぐらいかなあ」
 私はのけぞりそうになる。さゆりの頭の中では、ストーリーがマッハの速度で進行しているらしい。しかし、いくらTV局が放映延長を決定したといっても、まだそこまでの話は求められていないだろう。それに、現在の人情話がお茶の間に受けていることをかんがみると、大陸に舞台を移しての冒険ロマンなど製作スタッフのOKが出るか疑問だ。
「すみません。あの、百々先生」
 とくとくと自分のストーリーの構想を話しつづけるさゆりの話の腰を恐る恐る折った。
「何かしら」
「ぼくは、一人の視聴者として先生の作品を楽しみたいので、あまり先の展開まで伺ってしまいますと、新鮮さが失われますので…」
「あら、ウブね。石岡さん」
 話題を変えることにさゆりは気分を害した様子はなかった。
「石岡さんのその姿勢こそ、最もエンターテインメントを味わえる条件だと思うわ。最近は、むやみに本放送よりも先の内容を知りたがり、そのことで優越感をもつ輩もいるようで嘆かわしいけどね」
「まったくです」
 私はさきほどの行列の絶えないラーメンづくりに関する話に早く戻って欲しいと思う。
「話を戻しましょう。いま放映中の『修行編』が終了したら、今度は免一が自分の店を持つ『独立編』に入るの」
「おー、免一さんがついに開業するんですか」
「そのときに、やはりオリジナルラーメンがあったほうが、ストーリー的にもメリハリがつくでしょう。そこで『ボンゴ麺』というラーメンを考えてみましたの」
「主役の凡ちゃんから取ったんですね」
「ま、まあそんなことは、どうでもよろしいことよ」
 さゆりは顔を赤らめて私に手を振る。恋をすると、いくつになっても人は素直になれるのかもしれない。
「あなたにお頼みしたいのは、そのボンゴ麺を……」
「試食するんですね。結構ですよ」
 私の好物のベスト5には、必ずラーメンがランキング入りする。グルメ雑誌を片手に丹念に店を食べ歩くほどではないが、旅行先や近所に美味しいラーメン店があると知れば足を伸ばす労は惜しまない。
「ええ、試食もお願いしたいですけどね。その他に…」
 さゆりが言いかけたとところに、凡悟が戻ってきた。
「石岡先生、お待たせしました」
 テーブルにドンと岡持ちを置いた凡悟は、中華帽にマオカラースーツ姿である。これが、第二章からの免一の正装なのだろう。
「出来たてホヤホヤのボンゴ麺ひとつ、お待ち!」
 岡持ちから取り出したのは、ラーメンの丼だった。
「えっ、これどこで作ってきたの?」
「ラーメンチェーン店から移動店舗用のバンを安く買い入れましてね。二人でオリジナルラーメンの研究を続けたんです」
「気合が入ってますね」
 感心している場合ではない。勢いに呑まれてしまった私だが、ここは都内の一流ホテルのティールームである。周囲の席の紳士や夫人が、こちらに不快気な視線を浴びせている。
「さあ先生。冷めないうちにズルズルいっちゃってください」
「あ、あ……はい」
 目の前にボンゴ麺を置かれて、割り箸まで渡された以上、手を出さないわけにはいかない。魚貝系の醤油スープに、ちぢれの細麺、ネギとシナチク、イワシのつみれに、鳥団子、さらに変化球なのか餡子の入ったゴマ団子が載っている。
「い、いただきます」
 さゆりと凡悟が食い入るようにこちらを見ている。私はスープを一口啜った。
「美味しいです」
 本心だった。澄んでいて、魚貝系のだしがほんのりと舌に残り、何杯でも飲みたくなる。
「さあさあ、麺も具も、お試しあれ」
 さゆりの言葉を待つまでもなく、私は箸を動かした。予想以上の出来である。てっきり、さゆりと凡悟の二人が作った素人の手慰みのような味を想像していた私としては嬉しい誤算だ。これなら、ドラマの中でオリジナルラーメンとして美味しいと売っても違和感はない。ただ、ひとつだけ引っかかる部分があった。私はそれを指摘するべきかどうか悩む。
「最高です。これだけのラーメンはなかなか食べられません」
「ありがとうございます」
 凡悟とさゆりが顔を見合わせてうなずく。やはり私は引っかかる点を指摘することにした。それが、彼らへの誠意であるはずだ。
「ただ、一点だけよろしいでしょうか」
「何ですか。どんどんおっしゃってください」
 凡悟が笑顔で促した。
「試食した印象ですけど、ゴマ団子はどうでしょうか。このラーメンの中で、調和を壊している感じなんですけど……」
 オリジナリティを追及する場合、得てして奇をてらってしまうものである。それにしても、ゴマ団子はいただけない。モチモチ感と、餡子の甘さがせっかくのラーメンの味のアンサンブルの中で不協和音を発してしまう。
「つまり、ゴマ団子は具に入れないほうがよろしいとおっしゃりたいの?」
「ええ、あくまでもぼく個人の意見ですが…」
 私の言葉が終わらないうちに、さゆりは奇声を上げた。
「このボンゴ麺はゴマ団子が売りなんです。ゴマ団子が全てといって過言ではありませんのよ」
「い、いえ、そのぼ、ぼくの…ですね」
 あまりのさゆりの剣幕に私は慌ててフォローの言葉を考える。
「ダメだよ、さゆりチャン。試食してもらった人の素直な感想を聞かないと。耳の痛いことを言われても、次に活かせばいいじゃない」
 凡悟がたしなめるように言うと、次の瞬間にはさゆりは笑顔に戻った。
「そうよね。さすが凡ちゃんだわ。どんな愚かな意見でも、何か役に立つことがあるかもしれないもの」
 ひどい言われようだが、さゆりの機嫌が直ってくれればそれでよかった。
「すみません。お客様」
 ティールームの店員が私たちのテーブルの側に立っていた。
「店内への飲食物のお持ち込みはご遠慮をお願いしております」
 当然の注意だろう。瀟洒な雰囲気を売りにしている店内で、ラーメンをズルズルやられては、ムードもへったくれもない。
「なんですって。私を誰だと思っているの。支配人を呼んできなさい」
 再びさゆりが恐ろしい形相を見せる。
「落ち着きなよ、さゆりチャン。もう試食は終わったしさ」
「うん。凡ちゃんがそう言うなら」
 騒動が納まったのは結構だが、私は二人の毒気に当てられっぱなしである。
つづく つづく
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