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頑張れ!石岡君
石岡君、行列の絶えないラーメンを考える 1 「石岡君、行列の絶えないラーメンを考える」1 優木麥 石岡君、行列の絶えないラーメンを考える 1

   
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 昼下がりのメロドラマを毎日見ている。恥ずかしながら夢中になって見ている。いつも在宅している仕事だから物理的に視聴可能という理由もあるが、見始めるきっかけは配役である。主役の太田凡悟(おおた・ぼんご)という四十五歳の男優とは面識があった。いや、面識どころではなく、私は彼と二人で「文豪・凡悟(ぶんご・ぼんご)」というデュオを組み「刹那(せつな)くて馬車馬」というCDデビューをしたこともある(バックナンバー「石岡君、TVCMに出演する」参照)。私と知り合った当時の凡悟は、演歌歌手として遅咲きのデビューを果たしたが、泣かず飛ばずの状態で、廃業という選択さえ視野に入れて、決死の覚悟で私とのデュオに賭けていた。幸い「刹那くて馬車馬」に関しては大企業のTVCMタイアップ曲に採用されたので、芸能生活を続けられるほどには売れたようだった。そんな彼に意外なチャンスが訪れる。先述したドラマ出演である。
 タイトルは「半麺教師(はんめんきょうし)」。ストーリーは浪花節の世界だ。20年以上勤めた会社をリストラされた凡悟演じる主人公が、ラーメン店を開業しようと一念発起する。そのため、いろんな有名ラーメン店に弟子入りして修行をするのだが、店長が仕込んだスープを間違えて台無しにしたり、勤務する店に元上司が食べに来て口論してしまうなどさまざまな理由から長続きしない。しかし、恋人役の外資系OLや、ラーメンの道を志すきっかけとなる「幻の屋台」を引く名人などに支えられて主人公は何度傷ついても再び夢に向かって歩き始める。どんな苦境に陥ってもくじけない主人公の姿がさまざまな層の視聴者をつかみ、人気がうなぎ上りらしい。私自身、仕事の手を休めて午後一時半にTVの前に座るのが日課になった。週に二回ぐらいは、見終わった後、目が真っ赤になっている。ドラマがクライマックスに入ると、私にはスポットライトの当たる場所に出てきた凡悟自身の姿がかさなって涙腺が緩まずにはいられない。
 そんな私に凡悟から電話があったのは「半麺教師」が放映されてから1ヵ月が経った頃だった。
「ブンゴボンゴ!」
 受話器を通して耳に飛び込んできた言葉に私は一瞬驚く。しかし、すぐに懐かしさと嬉しさに変わった。
「凡ちゃん。凡ちゃんだよね」
「石岡先生、お久しぶりです」
 凡悟の声ははつらつとして、自信に満ち溢れている。こちらまで元気になりそうだ。
「その節は本当にお世話になりました」
「とんでもない。こっちこそ、本職の凡ちゃんに迷惑かけちゃったよね」
「石岡先生、実は自分……」
「大活躍じゃない。いつも見てるよ」
 私の言葉に凡悟の声が一層はなやぐ。
「ご存知でしたか。しかも、ご覧になっていただいてるなんて、光栄です」
「ぼくこそ『半麺教師』の主人公と話ができて嬉しいよ」
「勘弁して下さい。それより石岡先生、自分、今つきあっている女性がいるんです」
「へー、おめでとう。いいこと尽くめじゃない。一気に報われたね」
「一度、お会いできませんか」
「いつでもいいよ」
 私は〃元相方(?)〃との再会の時間と場所を決めた。

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「あらあら、ご無沙汰ではありませんこと」
 待ち合わせ場所のホテルのティールームに現れたのは、凡悟だけではなかった。私と数々の因縁が深い、ミステリー界の大御所である百々(どど)さゆりが、毛皮のコートに包んだ巨体をソファに埋めていたのだ。齢七十を越えなおも旺盛な創作活動を続け、同様に誰より目立つことにも執心するエネルギーの塊。全身に散りばめられた毛皮製品や宝飾品の総額は、このホテルのロビーに飾られる西洋画のひとつの売値を軽く凌ぐだろう。
「ど、どうも、こちらこそご無沙汰しております」
 事態が把握できず私は頭を下げる。なぜ凡悟とさゆりが二人で私を待っていたのか。その謎はすぐに解けた。
「石岡先生を驚かそうと黙ってたんですよ。いつもご覧になっているとおっしゃっていたので、『半麺教師』の脚本家の……」
 凡悟の言葉に私は思わず要らないことを口にしてしまう。
「えっ、あのドラマを書いてるのは百々先生だったんですか」
「まるで初耳のような言い草ね。まさか、ご存知なかったのかしら」
 さゆりがピンクの縁のメガネをずり上げながらジロリと睨む。1ヶ月の間、毎日「半麺教師」を見ていながら知らなかった。元々、私はドラマや映画の製作者を意識する習慣がない。映画館でもエンドクレジットが流れ出すと席を立ってしまう。昔、「ヤングシャーロック ピラミッドの謎」という作品では、そのために損をしたこともあった。しかし、今そんなことをくどくどとさゆりに説明する余裕はないようだ。私は慌てて手を振る。
「な、内容がミステリーではなかったので、先生の作風と違うと思いまして……」
「ウフ、まだまだね石岡さん。私は狭義のミステリー作家に納まるつもりはございませんのよ。広義のファンタジー作家をめざしておりますからね。幅広い作風を硬軟自在に使い分けられますの。オホホ」
 私は彼女の筆欲とバイタリティに素直に敬意を表していた。月曜から金曜まで30分ドラマの脚本を書くという作業は、どれぐらいのボリュームなのか想像もつかない。しかも時間内に起承転結がつくそれぞれのストーリーのクオリティは低くないのだ。今までさゆりに対しては自己顕示欲が強いイメージばかりが先に立ったが、決して裏づけもなくワガママに振舞っているわけではないということか。
「石岡さんは、凡ちゃんとコンビを組んでましたわね」
「は、はい」
 どうやら凡悟を〃凡ちゃん〃と呼ぶのは、私だけではないようだ。
「名前はたしか……オゴポゴでしたっけ」
「それは、カナダのオカナガン湖に出現するという大きなコブのある怪獣のことだよ」
 さゆりの言葉に即座に凡悟が反応する。自分の発言にツッコミを入れられて、さぞ激怒するかと思われた彼女の反応は私には予想外だった。
「ああ、そうでしたわ。えんらえんらよね」
「それは、家の破風から立ち上った煙が妖怪化したものだよ」
「オホホ、あら、私は物覚えが悪いわ」
「文豪凡悟(ぶんご・ぼんご)だよ」
「さすがは凡ちゃんね。高い教養を身につけているわ」
 私は二人のやり取りを呆然と眺めている。UMA(未確認生物)や、妖怪の名前に詳しいことが高い教養かどうかは別としても、さゆりの凡悟に対する態度は明らかにおかしい。いや、普通と違う。さきほどのようなツッコミを、仮に私が入れたとすれば、さゆりは色をなして怒るだろう。だが、無礼ともとれる凡悟の態度に、さゆりは怒るどころか笑みさえ浮かべているではないか。そこから導き出される結論はひとつしかない。
「あの……少々お尋ねしますが…」
「どうしたんですか。石岡先生、あらたまって」
「凡ちゃんがおつきあいしているお相手というのは…?」
「もちろん、ここにいるさゆりチャンですよ」
 凡悟が照れながらさゆりの手を握る。今まで倣岸な態度を崩さなかったさゆりが恥かしそうにうつむいた。凡悟が四十五歳で、さゆりは七十を越えているので、二十五歳以上年の離れたカップルだ。
「おめでとうございます」
 私は祝福の言葉を口にした。人が幸せになることは無条件で喜ばしいことだ。
「ありがとうございます。それで、今日は石岡先生にお願いがあるんですけど」
 凡悟がさゆりの手を離すと立ち上がった。
「さゆりチャン、説明しておいて。自分は準備してくるから」
 そう言うと、さっとティールームを出て行ってしまう。事情がわからないままに私はさゆりと二人きりになる。
「私と凡ちゃんがおつきあいすることに何かおっしゃりたいことでもあるかしら」
 愛しの彼氏が去ったことでさゆりの態度が女王然としたそれに変わる。
「まさか。少し意外でしたので、ビックリしましたけど…。でも、さきほどのお二人の会話を聞いていると、自然体でとてもお似合いだと思います」
 私の言葉にさゆりは相好を崩した。
「そうおっしゃっていただくと嬉しいわ。世の中には、自分の価値観だけで独断と偏見にまみれた中傷をなさる方も多いんですよ」
「お察しします」
「まあ、そんなお話をするためにあなたのお時間をいただいたわけではありません」
「ええ、何か私がお手伝いできることがあるとか」
「そうなの。石岡さん」
「はい…」
 さゆりに見つめられ、私は背筋をピンと伸ばしてしまう。
「行列の絶えないラーメンづくりに協力して欲しいの」
つづく つづく
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