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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、ラジオで相談にのる」4 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
…

 ついに恐れていたアクシデントが起きた。どうやら私は最初から相談者と紹介するべき商品の組み合わせを間違えてしまったらしい。とはいえ、今更取り返しがつく話ではない。まさかここで、商品名を間違っていましたなどと訂正すれば、さらに失敗を大きくしてしまうだけだ。
「それは、どういうことですか?」
 相談者のちなみが怪訝そうに尋ねてくる。いかにしてもダイエットの相談に対して、電気カミソリを勧める理由など見当たらない。
「借金すれば、とおっしゃったんですか?」
「いいえ、その…『シャッキーンシェイバー』です」
 マイケルが指示を仰ぐようにガラスの向こうのディレクターを見る。だが、彼も安易にCMを入れるわけにはいかない。ちょうど商品名を出したところでそんなことをすれば、リスナーに不信感を抱かれ、ますますスポンサーの怒りを買うことになる。当分は成り行きを見守るしかないのだ。となれば、私は孤軍奮闘でも、この話を流れに乗せる努力を続けなければならない。
「それ、電気カミソリの名前ですよね」
 ちなみの声からピリピリした気持ちが伝わってくる。当然だろう。だが、私の立場としては、出してしまった商品名をひたすら宣伝するしか道はない。
「そうです。『切れ味ほとんど癒し級。剃る前とは別人チェンジの”シャッキーンシェイバー”でオトコマエ度グーンとアップ』の電気カミソリです」  私はほとんど自棄になっていた。
「先生、すみませんがおっしゃっている意味が私には理解できないんですけど…」
 ちなみの言葉はもっともだ。何しろ私自身にも理解できない。
「とにかく、剃る前とは別人チェンジの”シャッキーンシェイバー”でオトコマエ度をですね」
 事態は混迷のきわみに達していた。もはやこれまでと、マイケルが助け舟を出そうとした瞬間。
「本当に見事だわ、さすがは名探偵の先生よね」
 ちなみの声が急に低くなった。まるで男性のそれである。
「見破られては仕方ないわ。お察しの通り、私はニューハーフよ」
「えっ…?」
 私だけではなく、プロであるはずのマイケルやディレクターたちも思わず声を発していた。つまり、ちなみは元オトコ…ということになる。
「どうしてあれだけのやりとりでバレたのか信じられないわね。この商売やっていく自信なくしちゃうじゃないの」
「いや、それはその…」
「わかったわ。アドバイスありがと、石岡先生。使ってみるわね、その”シャッキーンシェイバー”。今度ウチに飲みに来て」
 ちなみからの電話は切れた。相談の解決は出来たのだろうか。スポンサーの満足いく商品宣伝は出来たのだろうか。私にはわからない。
「いやあサプライズ。みんなも聴いてたろう。石岡先生の目は…いや、耳はごまかされないぜ。ありのままで相談してくれ。さあ、次の質問者カモン」
 進行しようとするマイケルを私は必死で止めたかった。なにしろ、予想外の展開になったために、私の頭の整理がまったくついていないのだ。残る商品名は『パチンコパーラーDON』と『マッスル納豆』。誰に対して何を推薦するのだったろうか。というより、今のちなみには、このどちらかを紹介するはずだったのだから…。
「岸本タカフミ29歳」
 若い男性の相談者。なんとなく”シャッキーンシェイバー”だったような気がするが、違う。『パチンコパーラーDON』だ。
「…というわけで、すでに30社以上の面接を受けているのですが、まったく決まる見込みがありません。貯金は食いつぶしてしまって、今ではパチンコばかりの毎日です。こんな私がもう一度働くためにはどうすればいいんでしょうか?」
 ここで私は重大な選択を迫られていた。すでにパチンコ三昧のタカフミに気晴らしに『パチンコパーラーDON』に行けというアドバイスをするのは、いくらなんでも倫理にもとる。その結果、消去法で次に紹介する商品が決まってしまった。
「『マッスル納豆』をお食べなさい」
「ハッ?」
 あまりに唐突な私の言葉にタカフミは反応できない。しかし、前回同様、もう乗りかかった舟は漕ぎ出す以外に仕方ないのだ。私はほとんど半泣きに近い声で『マッスル納豆』の効能を紹介した。
「現代人に足りないのは、やはりタンパク質。でも、どうせタンパク質を補うのなら美味しく吸収したいですよね。そこで、契約栽培大豆を使用した無農薬100%の…」
「あの…先生、私の質問への答えは…」
「『マッスル納豆』で筋肉番付も三階級特進だ!」
 血を吐くような思いで私は一気に話した。マイケルが私をつついて、ディレクターを見ろと示す。視線の方向には私への指示が紙に書かれていた。
「先生も食べているといってください」
 私はウソをつくことが嫌いである。人を騙すより、自分が騙される方を選ぶ私としては、一度も食べたことがないものを常食しているとはいえなかった。かといって、指示を無視しているのも気分がよくない。そうなると、私がこの場で取るべき手段はひとつ…。
「私も食べています。『マッスル納豆』をいま食べています」
 包みを剥がした納豆を私はティースプーンでかき混ぜて一生懸命食べた。米なしで納豆だけを食べると、口の中が糸で粘々する。興奮しているので味はよくわからない。
「先生、豪快ですねえ」
 マイケルが本当に感心したようにいった。
「石岡先生、ありがとうございます」
 突然、タカフミが感極まった声を出した。申し訳ないが、本当のことを言えば私は彼の存在をずっと忘れていた。
「自分を印象づけるためには、今の先生のようにガムシャラにアピールしなければいけないんですね」
「えっ、ええ、そうですね」
「私はカッコばっかりつけて。そんな必死な思いをしてきませんでした。だから、就職試験を何回受けても空回りしていた。今ハッキリ悟りました。石岡先生、アドバイスありがとうございます」
 タカフミは何度もお礼をいって電話を切った。私はこそばゆい。こちらは商品の宣伝に夢中だったにもかかわらず相手が自分で答えを見つけてくれたのだ。
「グレートなアドバイスが連チャンしているぜ。さあ、次の質問者カモン」
「洋介47歳。先生、ワシはもうギャンブルから足を洗いたい」
 彼の相談を聞きながら机の上を見た私は愕然とした。残っているのは『パチンコパーラーDON』だけ。よりによって、もっとも相性の悪い組み合わせになってしまった。洋介は自分がいかに自律できない人間なのかを競馬や競輪、麻雀によって財産をなくし、家族とも離れ離れになった人生と共に語って聞かせている。私ははたと困り果てた。いくらなんでも、彼にパチンコをやれとアドバイスすることだけはできない。人間としてやってはいけない行為だ。だが、他の二商品をもう一度紹介したら、不公平が生まれてしまい、それ以外のスポンサーの不興を買うことは火を見るより明らかである。
「こんなワシをどうか、どうか石岡先生の深いお知恵でお導きください」
 私は頭を抱えていた。今思い出せば、この洋介に『シャッキーンシェイバー』を勧めると決まっていたのだった。しかし、事態が変わった以上、『パチンコパーラーDON』でいくしかない。
「私はこの放送が終わったら『パチンコパーラーDON』に行きます」
「ハイ」
 洋介は神妙な態度で聞いてくれている。前の二人へのアドバイスが結果的に有効だったので、少々妙な物言いをしても受け入れてもらえるようだ。スポンサーからすれば、何も相談者に直接勧めることが目的ではなく、番組内で名前を出すことが重要なのだから、行くのは私でも構わないと思ったのだ。
「きっと楽しいと思います。なぜならボクはパチンコをほとんどやったことがないからです」
「そうですか」
「たまにやると楽しい。それではいけないでしょうか? 私はあなたにギャンブルをやめろなんていいません。ただもっと楽しくギャンブルをするには、たまにやる方がいいのではないですか」
 私は必死に考えてしゃべった。洋介にはしばしの沈黙があった。
「わかりました。先生、ありがとうございます。ギャンブルをやめなくていいとおっしゃったのは、あなただけです。心がグッと軽くなりました」  拙い回答を聞いてもらえた私こそ礼を言いたい気分だった。
「ファンタスティックだねえ。今日は石岡先生のスーパープレイを見て、マイケルも感動の嵐さ。さあ、楽しい時間もあとわずか。最後の相談行こうか。ラストクエスチョン、カモン」
 私はその相談者の声をなかば予想していた。
「三郎9歳です」
 今日三度目の”カゼの又三郎”だった。
「オー、ノー。もう君はやり過ぎ。三問目じゃないの。また今度ね。そういうことで、エンディングを…」
「待ってください」
 私はマイケルに負けないくらい大きな声を出した。
「彼の…三郎君の質問を受けたいんです。時間をください」
 私はマイケルとディレクターを交互に見た。彼らは躊躇したが、最終的には私に任せることを決めたようだ。
「ありがとう。三郎君、聞こえてる?」
「ウン…」
「まず君に謝りたいんだ。さっきは質問にちゃんと答えなくてゴメンなさい」
 三郎は無言だった。
「今度はちゃんと答えるから。どんな質問でも真剣に答えるからさ。君も本当に訊きたい事を質問してくれないかな」
 そのときの私は不思議と確信していた。三郎の胸には聞きたくてたまらない質問があることを感じていたのだ。
「…本当に何でも答えてくれますか?」
「うん。ボクはウソは嫌いなんだ」
 『マッスル納豆』はさっき食べたし、『パチンコパーラーDON』にだって必ず寄って帰るつもりだ。
「石岡先生は…御手洗さんがいなくて寂しくないですか?」
 その言葉を聞いて色めき立ったのは、マイケルだった。
「またそうやって大人を困らせようとするのか。そんなプライベートな質問じゃなくて、君自身に関する…」
「寂しくないです」
 私は一息にいった。 「…といったら、ウソですよ。彼はボクにとってあまりにも特別な存在だったから。でも、寂しい寂しいって思いつづけることは、彼が一番望まないことなんです。それに彼とワンセットでボクの人生があるわけではないと思うし…。もし今度会うときに『へぇ、もう少し退行しているかと思ったけど』ぐらいは言わせたいと思ってますね」
 ほんの数瞬、沈黙がブース内を支配した。
「石岡先生、ありがとうございました」  三郎は礼を言って電話を切った。
「さあ、エンディングだぜ。石岡先生、今日はグレートな時間をサンクス」
 マイケルが握手を求めてくる。私は気が抜けて倒れてしまいそうだった。しかし、彼は握った私の手を離さない。
「先生、本当にお礼を言わせてください」
 ゴーグルを外したマイケルの目は真っ赤で、私はビックリした。
「あの三郎は、私の息子です」
「えっ、そうなんですか?」
「ご存知だったのでしょう。それで、あんなに優しくしていただいて…。母親がいないうえに、いつも私が仕事で忙しいため、あいつを一人にしているんです。だから、生放送中に、あの手この手でヘンな相談をして、私を困らせようとして…」
 私は合点がいった。その寂しさから三郎は、私にあんな質問をしたのだろう。
「いつも私は怒ってばかりでした。なのに、先生は三郎の気持ちを開いて、本当の声を聴いてくれた。ありがとうございました。今日は久しぶりに、あいつと親子の会話がしてやれそうな気がします」
「ええ、そうしてあげてください」
「どうですか。先生もご一緒に」
「いいえ、すみません。今日のボクは『パチンコパーラーDON』に行くと公約してしまいましたから…」
 たぶん負けるだろう、と私は思っていたが、それでも今日は楽しく過ごせそうだった。

つづく おしまい
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