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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、ラジオで相談にのる」1 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

   
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「バッドアフタヌーンっ!」
 素っ頓狂な叫びと共に、私にとって悪夢のラジオ生放送が始まった。
「もといグッドアフタヌーン。木曜の午後をいかがお過ごしでしょうか。クレーム電話を省みず、今日もいきます、いっちゃいます。さあ、始まるぜ、FM南横浜の『マイケル相談』。ナビゲーターはご存知、マイケル内藤っっ!」
 私の目の前の異形のタレント、マイケル内藤がテーブルに設置されたマイクを掴んで怒鳴っている。ステゴザウルスの背中のように立てたピンクの髪の毛、赤外線でも探知しそうな濃いレンズが嵌ったゴーグル、唇と耳と鼻にピアスがつけられた彼と密室に二人きりになるなんて、普通なら想像もできない。それにしてもマイケルのテンションの高さは、ギャラリーのいないラジオのブースの中なのに、大観衆を前にしているようだ。私は生放送の緊張感と、激しい後悔に身を堅くしていた。そもそもラジオ番組に出演すること自体が間違いだったのだ。
(今ならまだ帰れるかも知れない…)
 ふと、私の胸に衝動がよぎる。ラジオだから、私がここにいることは、まだリスナーには聞かれていないのだ。
「本日もリスナーのみんなからの相談を何でも受け付けちゃうぜ。家庭の素朴な疑問から、仕事の悩み、恋愛ドロドロ、何でも構わないから、まとめてぶつけてミロのビーナス。だけど、みんなアンダースタンドしてるよな。番組のタイトルは『マイケル相談』だが、質問に答えるのは、オレ様じゃないぜ。ドーンと構えて、バーンと返してくれる今日のMr.アンサーは…」
 マイケルが私を見た。もう逃げられない。
「ラジオ番組の傑作小説『糸ノコとジグザグ』の作者で、博学、聡明、天地無用の石岡和己先生だぁっ! みんな、拍手! 拍手!」
 正確にいえば、バー「糸ノコとジグザグ」のマスター糸井氏とは知り合いだが、小説の方の「糸ノコとジグザグ」は私の手による作品ではない。しかし、そのときの私はとてもそんな細かいことに注意を払う余裕はなかった。なにしろ生放送なのだ。私は冷や汗を拭きながら、彼方に飛んでいきそうな意識を必死でつなぎとめている。ガラスの向こうからディレクターが「自己紹介してください」という紙を私に掲げていた。
「さあ、石岡先生、自己紹介よろしくシルブプレ」  マイケルが芝居がかったポーズで、私を手で「しゃべれ」と合図する。
「い、石岡です。よろしくお願いします」
 かろうじてそれだけの言葉を口から出した。なんとか平常心が身体の中に踏みとどまってくれたようだ。これが、観衆に見つめられる舞台だったら、あと十五分は言葉を発せなかっただろう。
「オッケー、石岡先生。カタいですねぇ。リラックスしてオーライ。先生は質問に答えればオールオッケーよ。さあ、いつものように質問は次の電話番号で受け付けてる…」
 マイケルが話している間、私はあまりにも依頼内容と違う今回の仕事にため息をついていた。何しろ、最初の依頼時には、心理カウンセラー、大学教授、ロックミュージシャン、経営コンサルタント、政治評論家など歴々たる出演者がいるので、私はただ座っていればいいといわれたのだ。
「みなさんレギュラーみたいなもので慣れてらっしゃいますから。それぞれの専門家が質問に答えるので、難しいことはありません。むしろ石岡先生に質問が回ってきても一、ニ問ですよ。その内容も『小説家になりたいのですが、どうすればいいですか?』ということにしますから…」
 そこまでいわれて頭を下げられたため、さすがに私も固辞しかねたのだ。ところが、実際にラジオ局に来てみると、当初の話とは大幅に違うことが次々と判明した。まず驚いたのは、生放送だという点だ。
「先生、私は一言も収録番組とは申しておりません」
 ディレクターにはそういわれた。その点については確かめなかった私も悪い。しかし、限られた地域とはいえ、私の声や話す内容を少なくない人数が聞いているという状態は、過剰なプレッシャーになってしまう。次の問題点は、相談に答えるゲストがなんと私一人ということだ。この事実を聞かされたとき、心臓が止まりそうになった。
「すみません。他の先生方はスケジュールの都合がつかなかったので、今回は石岡先生のスペシャルということで…」
「そ、そんな…無理です。勘弁してください」
「何をおっしゃいますやら。本当に多くの人が先生のメッセージを聞きたいと願っているんですよ」
「ありえません。ボクのメッセージなんて、ボク自身にもわからないのに…」
「実は、先週の放送で次回のゲストの告知をしたんです。そしたら反響がすごくて、もう驚きました。電話やメールでの問い合わせとか、番組始まって以来の件数でしたからね」
 にわかに信じられる話ではない。いや、それはきっと誰か日本にいる別の”石岡先生”と勘違いされているだけだろう。
「とにかく、誰か…他の方にも出演して頂いてください。お願いします。そうしなければ、ボクだけの出演なんて、最初から放送事故になりますよ」
「やっぱり愉快ですねえ、石岡先生は。本番もそのノリでバッチリ決めてください」
 結局、私の懇願は聞き入れられず、せきたてられるようにラジオブースに押し込められて、番組開始の時間を迎えてしまったのだ。
「今かかっている曲が終わったら、最初の質問いきますから。マイケル、石岡先生、諸々よろしく」
 ディレクターの声に私の身が引き締まる。ついに質問を受けなければならない。一体、どんな質問をされるのだろう。いや、むしろこの世には私が答えられる質問の方が少ない。ディレクターの説明では、ひとつの質問に対して三分程度で回答しなければならないらしい。三分で私が答えられるのは、行きつけのコンビニで新発売された弁当の名前くらいだ。ラジオブースが、まるで取調室のように感じられてきた。もはや予断を許さない状況になっている。
「大丈夫ですよ石岡先生」
 突然、マイケルが穏やかな口調で話しかけてきたので、私は一瞬、口をきいたのが彼ではない錯覚に陥ったほどだ。
「うまくしゃべろうと考えないで、先生が思ったとおりにお話ください。何があったとしても、フォローはいくらでもしますから。ご心配なく」
 先ほどまでの毒舌や、荒っぽい言葉遣いはタレントとしての芸風なのだろう。マイケルはこちらがかしこまるほどの好青年だった。私の肩から少し力が抜けた。
「ありがとう。じゃあ、よろしくお願いします」
「ハイ、曲終わり。マイケルお願い」
 ディレクターの合図と共に、マイケルはマイクの前で別人になる。
「聞いたか、この野郎ども。オレ様イチオシの曲を聴いた後は、お待ちかね相談コーナーいってみよう」
 いよいよである。私は身構えた。最初の質問は何なのだろう。
「もしもし」
 外線マイクから質問者の声が聞こえた。とても幼い。
「最初の質問者だ。結構ヤングな感じだけど、名前と年齢をよろしく」
「三郎9歳です」
 私は少しホッとする。もちろん子供の質問なら自信があるわけではないが、少なくても仕事や恋愛に関する複雑な悩みよりは、等身大で考えられる気がしたのだ。
「石岡先生に質問なんですが…
「ハイ、どうぞ」
 自分でもビックリしたのだが、まるで目の前に質問者がいて答えるように自然にマイクに向かって返事ができた。焦らなければ案外大丈夫かもしれない…。
「先生は、外貨預金の有用性についてどうお考えですか?」
 私は聞き間違えたのかと思った。
「ハイ…?」
「ボクは、日本の構造不況はまだ続くと思うんです。高度成長期のように輸出ドライブで景気を回復することがない以上、円高になる可能性は限りなく低いですよね。それなら、ドルやユーロ建てで資産を持つことが、リスクヘッジとして有効じゃないでしょうか。それに現在の日本の銀行の金利では、老後の不安を解消できません。金利水準の高い海外に資産を持ちたいのですが、先生はどうお考えになりますか?」
 再び私の額からは汗がドッと噴き出していた。思考の焦点が定まらない。
「ボクとしても、外貨預金が為替相場の変動を受けることに懸念はあります。でも、長期的視点に立てば…」
「オイオイオイ、三郎クンよぉ」
 マイケルが質問を遮った。
「君の今の小遣いはいくらだい?」
「月に固定でもらっているのは2千円ですが、定期テストの成績によっては90点以上1回につき1千円のインセンティブがつく契約です」
「だったら、子供銀行にでも預けときな。それが一番安心。ハイ、回答終了」
 マイケルは指を二本立ててハサミのように切るジェスチャアをディレクターに送った。
「さあ、石岡先生が答えたくなるようなバシッとした質問を頼むぜ。仕切りなおしのためにちょっとCM入れよう」
 放送がCMに入ると、私はすぐにマイケルに訊いた。
「いいんですか。今の彼は真剣に悩んで質問してきたのかもしれないのに…」
「いえ、気にしないでください。さっきの少年はウチの番組ではちょっとした名物リスナーなんですよ」
 マイケルはゴーグルの向こうの額に皺を寄せる。
「私たちは”カゼの又三郎”って呼んでます」
つづく つづく
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