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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、のぞみのグリーン車に乗る」3 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
…

 私はコーヒーを噴出しそうになる。しかし、加賀谷の目は真剣そのものだ。
「民間人である石岡先生にこんなお願いをすることは、我々にとって恥ずべき話です。しかし、最悪の事態だけは避けなければなりません。爆弾魔のラクダを京都に入れてしまえば、組織の手引きで地下に潜るヤツを捕まえることは難しいでしょう。この新幹線に乗っている間こそが最大のチャンスなんです。もちろん千三百人の乗客をひとりひとり洗うわけにはいきません。でも、先生なら何か秘策がおありだと信じております。以前、御手洗先生は国の危難をそのお知恵で切り抜けられたとか。私にもその大いなる導きをお授けください。是非とも!」
「そうおっしゃられましても…」
 御手洗と私の友情は対等の知力によって築かれていたわけではないのだ。
「いえ、是非とも先生のお力におすがりしたい。この通りです」
 加賀谷は青々とした坊主頭を下げた。ここに至っては、今更「私はコーラが飲みたかっただけです」などという言葉は、加賀谷に比類なき失望感を与えてしまう。何とか穏便にこの場を去ることが先決であろう。私は観念した。 「それでは…そのぅ…私の出来る範囲で、もしお力になれることがありましたら」
「おおおお!」
 加賀谷は熊のような咆哮をあげて私の肩を抱いた。
「お待ちしてましたぞ。そのお言葉。ともに国賊ラクダを討ち果たしましょう」
 恐ろしいほどの前時代的な台詞だったが、万力のような力で抱きしめられていた私はガクガクと首を縦に振るしかなかった。
「長かったのね。心配しちゃった」
 ようやく自分の席に戻ったとき、里美の顔を見て私も安堵した。
「ゴメン。ビュッフェで飲んできたんだ」
 里美に何と言い訳しようかと考えていたのだが、我ながらうまくいえたと思う。突然、館内放送が流れる。
「ただいまより、ビュッフェの営業を開始いたします」
 里美が無言で私を見つめた。私は必死で言葉をつむぎだす。
「言い方が悪かったね。ビュッフェで飲んだというのは、あくまでも位置の話さ。飲み物自体は車内販売のワゴンで買って、ビュッフェの前で飲んできたんだよ。景色がよくってさ。富士山がキレイで」
「さっき小田原を過ぎたばっかりよ」
「そう…なんだあ。じゃあ、僕が今まで富士山だと思って眺めてたのは違う山なんだな。そうかそうか」
 なおも里美は疑惑の目で私を見つめていたが、とりあえず追及をやめてくれた。
「それならいいんだけど…。私、うとうとしてたら先生のヘンな夢見ちゃったから」
「どんな夢だい?」
「やっぱり言うのやめとこ。笑われそうだもん」
「笑わないよ。そういわれたら気になるじゃないか」
「絶対笑わない?」
「約束する。僕が君のことを笑ったことがあるかい」
「あのね、先生がー、車内で悪のスパイをやっつけるの。それで正義の組織から新たな任務を与えられて…。もうダメ、恥ずかしい。ね、映画の見過ぎでしょ、私って」
 あらかじめ釘を刺されなくても、今の私には笑える内容ではない。眠っている里美の魂が幽体離脱して、私の行動を見守っていたかのようだ。里美は黙り込んだ私の顔を心配そうに覗き込む。
「先生、大丈夫?」
「ああ、ビックリしたよ。当たってるから…」
「えっ! 当たってるって、今の夢の話のこと?」
「そうなんだ。実はさっき…」
「アハハハ」
 まるでスイッチが入ったかのように里美はお腹を抱えて爆笑した。
「本当に先生って面白いよね。アハハハ、助けて。お腹が痛い。そんな冗談を真面目な顔して言うんだもん、アハハ」
 少し憮然とした私だが、考えてみれば里美にはジョークと受け取られて幸いだった。危うく口が滑りそうになったが、この車内に爆弾魔がいるなどという事実を彼女は知らない方が幸せだ。私にしてもそんなテロリスト相手に出来ることなどありはしないのだから、さっきの記憶は頭から早く取り去りたい。協力を約束した加賀谷には悪いが、やはりプロにはプロが対抗するべきだろう。第一、東京から京都までの新幹線のチケットを用意してもらった灰汁宮旅館の依頼だって、断る身の上なのだ。
「あ、石岡先生だ」
 突然、通路から声がした。私が振り向くと、見知らぬ青年がこちらにカメラを向けて立っている。何か声をかけようとした瞬間に、フラッシュが焚かれた。
「ちょっと、あなた。そういう態度は失礼だと思うわ。撮影するなら、ちゃんと本人の承諾を得ないとダメじゃないの」
 里美の厳しい指摘に青年は軽く頭を下げて立ち去っていく。
「有名人も大変よね」
「別に僕はいいけどさ。周りの人に迷惑だったよね」
 こういうとき私はすぐに周囲を気にしてしまう。
「ねえ、先生。八ツ橋をお裾分けしようよ。どうせお土産にするわけにはいかないんだから、ここで役立てるのが一番」
 私に否やはない。早速、八ツ橋を開封して周囲に配ることにした。まずは隣の席の喜兵衛からだ。彼は渡された八ツ橋をまじまじと眺めてから、私に視線を移した。
「これを私に?」
喜兵衛の質問から、私は彼が浮かない顔をしている理由に思い当たる。これから喜兵衛自身も京都に行こうとしているのに、その地の名物を渡されたからだろう。私は一言付け加えることにした。
「まあ、シャレみたいなものです」
 その言葉を聞いた喜兵衛の眉が瞬間的に曇ったが、すぐに消えた。
「そうか。なるほどシャレ…ね。では、ありがたく頂戴しますかな」
 次に私はすぐ前に座っていたサングラス姿の若い男に八ツ橋を差し出した。
「お騒がせしてすみません。これはつまらないものですが、どうぞ」
 急に話しかけられた男はギョッとしたように私を見た。そして私の顔と八ツ橋を交互に見ると 「ふざけるな、結構や」と吐き捨てた。たぶん、サングラス越しなのでわからなかったが、彼が眠っていたのを起こしてしまい、機嫌を損ねたのかもしれない。私は「すみません」と謝ると、今度は後ろの席に向かう。さきほどリクライニングシートを倒すときに失礼をしてしまったカップルだ。
「さっきはすみませんでした」
 そこに見えたのは、まさかと目を疑う光景だった。またもや、でっぷりとした紳士と、秘書と思える女性が抱き合ってキスをしていたのだ。まるでさきほどから時間が経過していないかと錯覚しそうになる。二人は、再び私によって恋人の時間に水を差された形になった。
「放っておいてくれ」
 そそくさと席に戻る私の背中に怒声が飛んだ。お裾分けしたことによって、周囲の人々の余計な怒りを買ってしまった気がするのは、私の思い過ごしだろうか。
「ねえ、先生。トランプしようよ」
 里美の提案に賛成だ。私は用意してきたプラスチック製のトランプを出した。京都までの時間はまだまだある。何もしていないと、またぞろ私は灰汁宮旅館のことや、加賀谷との約束のことなどで頭を悩ませてしまう。ゲームをすることで気が紛れるはずだ。
「喜兵衛さんも一緒にやりませんか?」
 里美に誘われた喜兵衛は嬉しそうに乗ってきた。
「トランプは京都におる孫たちとよくやったもんじゃ」
 選んだゲームはダウト。通路を挟んでプレイする以上、できるゲームは限られてくる。その点、ダウトは簡単だ。裏返しにしたカードを数字順に手札から出していくだけ。相手に「ダウト」と宣言されて、出すべき数字と違うカードならそれを出した人が、逆に数字通りであれば「ダウト」と宣言した人が、場にある捨て札をすべて手札に加える。早く手札をなくした人が勝ちというルールだ。今回は里美、喜兵衛、私の三人なので、トップの一人が抜けたらゲーム終了と決めた。
 実際にプレイしてみると、ダウトを選んだことは選択ミスであることが明らかになった。もちろん、私自身にとってのミスだ。とにかく負けが込んだ。一位が決まればその後は二位も三位もないのだが、いつも私の手札が一番多い。トップなど全然取れない。どうも私は相手の表情を読んだり、自分の心を読まれないようにすることが苦手らしい。こちらが絶対にダウトだと思って宣言しても、空振りに終わってしまう。反対に、手札が乏しく、どうしても違う数字を出さなければならないときには、ほぼ確実にどちらからかダウトの宣言をされる。結果的にスコアは散々だ。
「石岡先生ってホントにわかりやすいよねぇ」
 現在のところ、里美と喜兵衛の戦績がイーブンである。私の勝ちはいまだゼロ。ちなみに次のカードは8だったが、私の手札にはなかった。仕方なくKを出す。
「勝負はこれからだよ。8」
 私がカードを出すと、里美はウフフと不敵に笑った。
「今のは8じゃないんでしょ、先生」
「そ…そう思うなら、ダウト宣言しろよ。変なカマをかけるのはズルいぞ」
「悪いけど、この勝負、先生は眼中にないの。喜兵衛さんにトップを取らせないことが優先よ。ハイ、9」
 まったくゲームのときの里美は容赦がない。私は次の番である喜兵衛の方を向いた。彼の手札はすでに十枚を割っていた。勝利を意識する場合、そろそろ出すカードに戦略を必要とされる時期である。それができない私がいうのも変な話ではあるが、それはさておくとして…。私が喜兵衛を見たとき、考えに集中していた彼の不注意から、一番右端のカードが見えてしまった。ハートの4だった。いくら負けつづけているからとはいえ、不正までして勝ちたくはない。私は喜兵衛に注意を促すつもりでささやいた。
「見えてますよ」
「えっ!」
 思考に没頭していた喜兵衛の返事は大きかった。私は声を潜めて忠告する。
「シーッ、4が見えてますよ」
 私の言葉の与えた喜兵衛の表情の変化は特筆すべきものがあった。まるで巨額の脱税を指摘されたかのように彼の顔に驚愕が広がる。
「恐ろしいお人だ。すべてお見通しというわけかな」
 なんと大げさな言い草だろう。トランプで端の一枚が見えたくらいでは、大局に影響はない。私はむしろ今後のことを考えて忠告したのだ。
「まさか。全体の中のほんの一端が見えただけですよ」
 正直に話したつもりだが、またもや喜兵衛はニヤリとする。
「ほう、序盤戦の腕の見せ合いだとでも」
 意味不明の言葉に、私も返せないでいると、里美が助け舟を出してくれた。
「喜兵衛さんの番ですよぉ」
「ああ、すまない。とりあえずはこの勝負の決着だね」  
そのとき、後ろの席がにわかに騒がしくなった。 「急病人なんだ。誰か車掌を呼んでくれ!」
 例のカップルの紳士が大声で叫んでいる。相手の女性の体調が悪くなったのだろうか。しかし、また振り返って睨まれるのはもうゴメンである。
「10」
 喜兵衛がカードを出す。私は信じられないものを見た。たしかに彼は今、手札の一番右端のカードを出したのだ。不可抗力ながら目に入ってしまったカードである。あれは間違いなくハートの4。10ではない。私は葛藤した。ちゃんと私が4が見えていることを忠告したにもかかわらず、右端のカードを選んで出したのは喜兵衛自身だ。カンニングしたカードを指摘することに後ろめたさもあるが、何もしなければ、里美とトップを争う喜兵衛のバックアップをすることになる。これはゲームなのだから、見逃す方がアンフェアではないか。私は息を吸うと、思い切り宣言した。
「ダウト!」

 

つづく つづく
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