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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、のぞみのグリーン車に乗る」2 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
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 気のせいかもしれないが、いつも乗っている新幹線よりもずいぶん振動が少ないようだ。
「へえ、陶芸かぁ。私も鎌倉の体験工房で湯呑み茶碗をつくりましたよぉ」
「ほう、それは是非お手並みを拝見したい。それはそうと、そちらこそ、さきほどから先生と呼ばれているようじゃが」
 喜兵衛にそういわれて私は赤面しながら否定しようとした。
「とんでもありません。私はただの…」
「探偵なんです!」
 妙にきっぱりと里美がいった。喜兵衛の目が細くなる。
「それは珍しい稼業のお人に出会えたものじゃ。京都へはお仕事で?」
「もちろんです」
 調子に乗った里美は声を潜める。
「やんごとなき筋からの依頼をいただきましたので。それ以上は企業秘密です」
「ほぅ、これはお安くないのう」
「喜兵衛さんも京都まで行かれるのですか?」
 おかしな方向に進んでいる話題を、私は必死で変えようとした。
「まあ、ワシは観光じゃて。雷光寺の本尊阿弥陀如来立像が公開されるので、それを拝みに行こうと思うとる。ただ例のサミットがあるから混みそうだの」
 各国の首脳が集まる「京都サミット」は、来週に控えていた。それに伴うイベントもいくつか企画され、通常にも増して京都は賑わいが予想されている。
「大体、菩薩と如来の区別もつかん連中が何を見るというのじゃ」
 この後、喜兵衛が菩薩像と如来像の違いから始まり、京焼きと清水焼きの違いなどを講釈すると、最初は相槌を打っていた里美もあまりの長さに体を窓側に向けてしまった。おかげで一人で聞く羽目になった私だったが、里美に探偵うんぬんをいわれているよりは気が楽だった。
「手にお持ちなのは、作品ですか?」
 話が途切れたのを機に私は最初から気になっていたことを口にした。
「まあ、そうなんじゃが…まだ完成しとらんのよ」
 喜兵衛は自分の抱えている風呂敷包みを愛しそうに撫でた。その足の先には紙袋が置いてある。
「網棚にお載せしますよ」
 ほんの軽い気持ちでそういうと、私は紙袋に手をかけた。
「いや…まあ、それでは」
 最初は拒もうとした喜兵衛だが、思い直したようだ。ところが、ちょっと重いと判断した私が力任せに引き上げたのがいけなかったのか、底の部分が少し敗れて中身がハミ出してしまった。
「すみません」
「いや、構わんよ」
 ハミ出た物は灰色の粘土に見えた。陶芸で使う原料なのだろう。
「破ってしまったので、新しい袋を買ってきます」
「なんの。お気にされるな。ボロを持っていたワシが悪い。それに、まだ使えるよ。載せてくれてありがとう」
 そういうと疲れたのか喜兵衛は背もたれに体を埋めた。
「先生も倒せばラクよ」
 里美がリクライニングシートを大幅に倒してくつろいでいる。新幹線に限らず、私はこれが苦手である。後ろの席の人の迷惑になるのではと、どうしても気になってしまうのだ。
「せっかくグリーン車なんだから、リラックスしよ」
 たしかにこの状態だと目線の位置が違うので、隣同士で会話をしにくい。それでも私は一応後ろの席の人に一言断ることにした。後ろを向いてシートの上から顔を出す。
「すみません。倒してもいいですか」
 よかれと思ってした行為が、相手にとってはいい迷惑という例は多い。私の場合はとくにその比率が高い傾向にある。このときもそんな失敗例のひとつに加えられた。私がシートから顔を覗かせたとき、後ろの席では、客同士がある行為の真っ最中だった。恰幅のいいスーツ姿の紳士と、ピシッとしたスーツ姿の淑女がお互いの唇をくっつけあっていたのだ。いうまでもなく、キスをしていたのである。上司と秘書…かどうかは知らないが、ようやく二人きりの空間を手に入れツーショットになって盛り上がっていたらしい。ところが、突然私が声をかけたので、抱擁していた二人は反発しあう磁石のS極とN極のように離れた。女性は完全にうつむいて私に顔を見せない。紳士の方はギョロリとにらみつけてきた。
「好きにしたまえ」
 私は口の中で「すみません」とつぶやいて、すぐ前に向き直る。
「あれ、さっきからチャリチャリ音がすると思ったら、先生はまだ銀の鈴を手に付けてたんだ」
 里美に指摘されて私も気が付いた。待ち合わせの合図と勘違いして持ってきた銀の鈴のキーホルダーを自分のシャツの右手の袖に通したままだったのだ。
「寝てる人もいるから外した方がいいかも」
 里美にいわれて、もっともだと外そうとしたとき。
「ホットコーヒーに冷たいお飲み物でございま〜す」
 ワゴンを押して車内販売の売り子が歩いてきたのだ。早朝からのドタバタで私は猛烈に喉が渇いていた。冷えたコーラをググッと飲んだら、さぞ爽快だろうと思った。
「すみません」
 売り子の男性は私が上げた右手を注視している。
「コークありますか?」
 外人風に私はそういった。以前レオナがそうオーダーするのを聞いてカッコよさに痺れてしまった。及ばずながらその言葉の響きを再現したいと、私はコーラを飲むときはなるべく<Rーク″と発音している。右手を動かしたので、外せなかった鈴がチャリーンと音を奏でた。なぜか売り子は「ありがとうございます」などの接客の言葉を口にせずに、私の右手を凝視している。正確には右手に付けられた銀の鈴を見ている。
「コークありますよね」
 私の発音が悪いのだろうか。いや、傍若無人に鈴をジャラジャラ鳴らしている私に対して、注意を発しようかどうか迷っているのかもしれない。それなら、余計な気を使わせる前に、私が自分で外そう。そう思っていると、ようやく売り子が反応した。
「かしこまりました」
 そういうと、売り子はワゴンの下に手を伸ばし、弁当箱大の不透明な紙パックを取り出した。そのまますばやく私の手に押し込めるように渡される。
「えっ、なにこれ?」
 私の質問に答えず、売り子は意味ありげにうなずくとそのままワゴンを押して立ち去ろうとする。なにがなんだかわからない展開だ。私はまだお金を払っていない。というより、これはコーラではない。
「ねえ、ちょっと待ってよ」
 私の呼びかけにも応じず、売り子はそそくさとワゴンを押していく。私の手には粉が詰まっている感触のある紙パックだけ。これでは喉は潤せない。とにかく彼に話を聞いてみよう。
「ちょっと君。待ってくれ」
 私の声が聞こえているはずの売り子は振り向かずにほとんどダッシュにちかいスピードでワゴンを押して遠ざかっていく。私は必死に追いかける。自動ドアが開くのももどかしく進んだ売り子に、やっと私はデッキで追いつくことができた。
「君、勘違いしているよ。私は…」
「″サ漠の舟″の同志ではない。ですよね、石岡先生」
 別人の声にビックリして振り向くと、見知らぬ男が厳しい顔で立っていた。
「公安の加賀谷と申します」
 その言葉に、売り子の形相が変わった。
「ちくしょう、ハメやがったな」
 しかし一瞬早く動いた加賀谷によって、売り子は手を後ろにねじ上げられている。
「石岡先生、ご協力感謝します。こいつがコカインを隠し持っているネタは掴んでいたんですが、どうすればいいのか手を出しかねていたんです。やむをえず職務質問をかけようとしてたところなので、助かりました」
 コカイン…? 私は恐る恐る自分の手にしていた紙パックを開けてみる。中にはギッシリと白い粉が詰まっていた。
 売り子として乗車していた人物を確保して十分後に、私は♂チ賀谷″と名乗る公安の刑事と個室に移った。室内には他にも二人の男性がいた…はずだ。男性かどうか確信がもてないのは、彼らがアンパンマンとドラえもんのお面を被っていたからだ。
「我々公安の刑事は隠密捜査が基本ですので、私以外の人間の顔をお見せすることはお許しください」
 加賀谷が紙コップのコーヒーを私に渡しながらいった。喉の渇きも忘れるほどの展開だったが、とりあえずの私の目的はひとつ果たせたことになる。まさにキツネに化かされたような気分の私に、加賀谷が説明してくれたのは、次のような内容だった。ちなみに彼自身は「当然、石岡先生はご存知だと思いますが、一応確認のため申し上げます」などという前提のもとに話したのだったが…。
 来週に迫った京都サミットに対して、テロリストグループのひとつである『砂漠の舟』の動きが激しい。必ず何かを仕掛けてくるという確かな情報を得た公安では、顔の割れた情報員を泳がせて、相手の動きを探っていた。そして、今日のこの新幹線で『砂漠の舟』のリーダーであり、希代の爆弾魔である人物が京都に向かう可能性が高いと判明する。彼はコードネーム<宴Nダ″と呼ばれていて、爆弾作りのプロであるらしい。同時に連中の活動の資金源でもあるコカインの受け渡しも車内で行なわれると掴んでいたが、いつどんな形で実行されるかはわからなかった。ところが、さきほど私が、売り子に身を潜めた連絡員から見事(?)にコカインの現行犯で逮捕させたということだ。
「なるほど。その銀の鈴が受け渡し相手の目印だったんですね」  
 どうやらそうらしい。売り子はコカインを渡す相手の顔を知らされておらず、組織からは♂E手に銀の鈴を付けた人物″とだけ指示されていた。そのため偶然にも私がそうだと勘違いされたのだ。勘違いといえば、この公安刑事の加賀谷も同様である。昔、彼の同僚が御手洗の推理と協力によってその立場を大いに助けられたらしい。そのため、私に対しても、過剰なまでの敬意を払って接してくれているのだが、とても期待に応えられそうにない。
「ましてや<Rーク″はコカインの隠語。石岡先生も飄々としたお顔をして大胆なことをなされますなあ」
 そんな感心をされても、私には返す言葉はない。
「一体どうやって、奴らの極秘情報を入手されたのですか? 我々のネットワークでもつい最近まで見当もつかなかったんですよ」
「いや、そのことなんですが…」
「あ、これは失礼。野暮な質問でしたな。情報ルートの秘匿は我々の世界では常識ですからね」
 なおも事情を説明しようとする私の言葉を、加賀谷は手で遮って一向に聞く耳をもたない。それどころか、とんでもないことを提案してきた。
「実はその先生のお力を見込んでお願いしたいことがあるのです」
 加賀谷の異様な迫力に私は椅子ごと後ろに倒れそうな気分だ。
「リーダーで、爆弾魔の<宴Nダ″を見つけてもらえないでしょうか」

つづく つづく
…

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