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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、マジシャンになる」3 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
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「運命の一枚を引いてください」
 田原がマジックの口上をムードたっぷりに言った。
「このカードにこそ、古来よりさまざまな意味が込められています。たとえばトランプでおなじみのマークにはスペードは剣、ハートは聖杯、ダイヤは貨幣、クラブは棍棒を表しています。あるいは、職業で言えば、スペードは軍人・貴族、ハートは聖職者、ダイヤは商人で、クラブは農民だとか」
 さすがに本職だと私は感心した。田原の言葉は淀みなく流れている。
「絵柄にも一枚一枚に意味があるのです。たとえばクラブのKはアレキサンダー大王がモデルだといわれていますし、ダイヤのKはジュリアス・シーザー。スペードのQは知恵の女神アテナだという説もあります。このように神秘的歴史的な寓意が込められたカードを一枚引いてみてください。それがあなたの運命の一枚です」
 田原が私にカードを広げて差し出した。私は反射的に一枚抜く。
「こんな感じでやっていただければ、ただカードを一枚引いたというだけではなく、菜にかの儀式みたいな感じの印象を受けるはずです」
「なるほど」
「それで、引いたカードはどこを取ってもハートの5ですから、当てるのは簡単でしょう」
「うーん」
 私は即答できない。もしかして万が一、間違える可能性を否定できないのだ。私の場合、たった一枚のカードでも、油断は出来ない。 「本当に石岡先生はユーモアがおありですな」
 私の本心からの懸念を、田原は冗談と受け取ったようだ。
「では、三番目の空中浮揚の段取り稽古に移ります」
 田原はフロアのテーブル席のひとつを指差した。そこには先ほど紹介された安藤ランプが座っている。しかし、私にはすぐに彼だとわからなかった。なんと安藤は女装してスタンバイしていたのだ。
「ランプの背格好なら男だとはまず見抜かれません。それに、ワイヤーで吊るためのフックやら何やらをあらかじめ背負うため、女性の衣装のほうが好都合なのです」
 専門家に説明されれば、そうですかと首肯せざるを得ないが、最初に男の姿で会っているだけに異様に感じてしまうのも私の本音だ。
「彼、というか彼女を、私が指名するわけですか」
「そうです。一度周囲を見回すなどして、自然に選んだ風でお願いします」
 たぶんわざとらしくなるだろうが、とりあえず私はうなずいた。いちいち不安材料を挙げていては、とても今夜のショーの舞台に立てない。
「一度上げてみますか。スタンバイよろしいか」
 田原が舞台の二階にいるスタッフに合図をすると、先にフックの付いたワイヤーが降りてくる。思ったより細い。私が吊られるのでなくてよかったと心から安心する。銀色のワイヤーは舞台の照明に照らされると、見分けにくいようだ。
「本番では、スモークも焚きますから、観客席からは見切れないはずです」
 女装した安藤は舞台の上のパイプ椅子の上に座って準備している。
「このとき、我輩とランプがフックのセッティングをしますから、石岡先生にはお客に対して陰になる位置に立って頂いて、その作業を見えないようにしてください」
「は…はい…」
 まったく自信はない。
「催眠術っぽいことをしゃべっていただけばOKです。あなたの体重は軽くなる。綿のように軽くなって飛んでいく、みたいな調子でお願いします」
「あの…その、もうちょっと…」
 そんなアバウトな打ち合わせだけでは、とても本番をこなす度胸も能力もない。もう少し細かい部分まで詰めてもらわなければ、ショーをぶち壊しにする可能性すらある。
「よーし、上げてみて」
 田原の指示でワイヤーが引き上げられ、安藤の身体が宙に浮いていく。今の段階ではワイヤーが見えるが、スモークが焚かれて照明の演出が加われば幻想的なシーンになることは間違いない。
「オッケー。じゃあ、最後の監禁大脱出に行こうか」
 まだ安藤は上に引き上げられて、舞台の中空にいる。
「本番でも、この段階で我輩と先生は舞台の両袖にそれぞれ下がります」
「ハイ…?」
「そして、再び舞台に登場するときは、我輩が石岡先生に、先生は我輩に見かけをチェンジして現れるのです」
「何ですって」
 突然、田原が奇怪な話を始めた。
「そんなに怪訝そうな顔をなさらないで。つまり、最後のマジックである監禁大脱出で縛られて箱に閉じ込められるのは、石岡先生に扮した我輩だということです」
 徐々に私にも田原の意図するところが見えてきた。
「でも、バレないでうまくできるでしょうか」
「大丈夫です。我輩のようにたっぷりの頬髭を付けて、シルクハットを深めに被り、マントで体型を隠せば、お客さんは舞台上の人物を記号で判断しますから問題ありません。また石岡先生は最初の登場時からサングラスをかけて我輩と同じようなタキシードにマントで出てきていただくので、スリ替わっても気がつく人はいません」
「でも、田原さんのそのヒゲは?」
「ああ、これは営業用」
 田原は立派な頬髭を自ら剥がして見せた。
「そうだったんですか」
「顔にハッキリとわかる特徴があれば、舞台の上で入れ替わりを見せるときに効果的なんです。それで、石岡先生に扮した我輩が縛られて箱に閉じ込められている間、我輩に扮した石岡先生は空中浮揚を終えたランプを観客席に戻すような格好で舞台から降りてください。観客の目は我輩が監禁されている動きに釘付けになりますから、先生に注意を払う人間はいないでしょう。もちろん、お客からすれば石岡先生自身が監禁されているように錯覚していますがね」
「へえ…」
 私は感嘆の声を漏らす。大掛かりなマジックのタネがひとつ判明した。
「さらに縛って監禁した箱を段々と開いていく作業の間も、観客の目は舞台に集中しています。そこで石岡先生は観客席の後ろの方でランプの協力の下、頬髯を外し、自分の顔を明らかにしておいてください。箱の中があらためられ、我輩が脱出したことがお客に伝えられたとき、しつこいようですがお客は脱出したのは石岡先生だと思っていますからね。石岡先生は『ぼくならここだよ』と大声で叫んでください。お客にしたら、箱の中に監禁されていた石岡先生がそこから見事に脱出して突然、観客席の後ろに出現したように感じるはずです」
 素晴らしい演出だ。私自身が観客でも惜しみない拍手を送るだろう。だが、演者が私であるという時点で、計り知れないリスクを感じてしまう。
「以上の四つのマジックです。何かご質問は?」
 田原は優しく言ってくれたが、私には何を質問したらいいのかさえわからない。
「石岡先生、固くなったら出来るものも出来なくなります。リラックスして、楽しんでください。観客の驚きの表情と、割れんばかりの拍手を浴びたら、きっとやみつきになりますよ」
 そんな光景が見られたら、きっと奇跡だ。
「では、もう一度、アタマから段取りを稽古してみましょう」

 主催者の意思と裏腹に、私は不謹慎にも観客は出来るだけ少ない方がいいと念じていた。確かに稽古を繰返すうちにある程度まで流れは把握しつつあった。しかし満座の中で同じことを行なう場合、まるで別物であることを承知している。無論、私の身勝手な願望が天に届くはずもなく、チャリティショーの会場は立ち見が出るほどの観客で埋め尽くされた。
「これだけギャラリーが多いと、私も燃えてきますわ」
 舞台の袖で出番を待っている私の後ろで百々さゆりの声がした。
「楽しみですね」
 心中のドキドキを表面に出さないように私はそう言いながら、後ろを振り返る。舞台への登場を控えたさゆりは、予備知識なく目にしたら即座に驚きの声を発しそうな姿だった。シルクハットにタキシードを羽織っているが、その下に着ているのはレオタードと網タイツ。ステッキを構えて私にポーズを見せる。ぎこちない笑顔で私は応えた。
「私の正当な要求が通りましたのよ」
「ハイ…」
「私のタップダンスが大トリを飾ります」
「ああ、そうなんですか」
 私としてはむしろプレッシャーのひとつが消えた気分だ。
「やはり、最後にふさわしいのは見世物よりも芸術ですものね」
「ええ、同感です」
 どちらが見世物で、どちらが芸術かは私にはわからないし、今は考えたくもない。
「ウケがイマイチだったなあ」
 ちょうどステージを終えた作家がボヤきながら戻ってきた。押しているワゴンには手の平ほどのクモがうごめくケースが二つ載っている。今朝、主催者が口にしていた「箸で毒蜘蛛をケース移動させる芸」を持ち込んだのは彼なのだろう。私でもそのショーは眺めていて楽しいか自信がない。
「おぞましいわね。早くハケてちょうだい」
 大御所であるさゆりの言葉に、クモの飼い主である作家は肩をすくめると立ち去っていく。
「では石岡先生、よろしくお願いしますよ。楽しみましょう」
 私の傍らにいたアブラカ田原がまず先に舞台に出て行く。一目でマジシャンとわかる彼の姿に、素敵なマジックを期待する観客から拍手が巻き起こる。次は私の番だ。最後の脱出ショーのために私も田原と同じ格好をしている。違う点は私にはサングラス、田原には頬髭があることぐらいだ。覚悟を決めて舞台に歩みだそうとする私の背後からさゆりの声が響いた。
「あら、そのお帽子は大きいのね。私のものと取り替えてくださる。サイズがしっくりくるものがなかったの」

つづく つづく
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