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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、マジシャンになる」2 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
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 「空中浮揚や、監禁大脱出なんて…」
 私は言葉を失わざるを得ない。他のマジックなら出来るということは決してないが、今求められているレベルは私の能力に比して桁が違いすぎる。まるで草野球に出るつもりだったのが、日本シリーズのスターティングメンバーに入れられたような気分だ。
「さあ、まずはこちらへ」
 田原は抗議と拒否の意思表示を続ける私の手を引っ張ろうとする。
「待ってください。花や万国旗を出したり、紐を切ってつないだりするマジックではないのでしょうか。ぼくはとてもそんな大仕掛けには耐えられません」
「ご心配は無用です。タネも仕掛けもございませんから」
「なければ困ります。あ、ちょっと話を聞いてください」
 私は無我夢中で抗い、田原の手を掴もうとした。何とか彼の親指を掴めたと思った瞬間、なんとその指がスッポ抜けたのである。
「ぎゃあー! うわーうわー」
 私はほとんど仰天した。そんなに強い力で引っ張ったつもりはなかったが、角度がまずかったのだろうか。しかし、顔面蒼白になった私を見て、大声をあげて笑ったのは、大怪我を負ったはずの田原だった。
「石岡先生、そんなに素直な反応してもらうと、こちらも嬉しくなりますよ」
 近づいてきた田原は私の手の中に残っている彼の親指を静かに取った。
「よくご覧になってください。これはサムズアップといって、マジックの小道具のひとつです。親指の形をしていて、本来の親指の上から被せ、その中にいろんなタネを仕込めるようになっているのですよ」
 私は何よりもまずホッとした。
「これがマジックです」
 田原が優しい口調で続ける。
「驚き、サプライズ、現実とのギャップ、信じられない現象。そういう非日常的なものをお客さんは見に来ているんですよ。だから、我輩のようなプロのマジシャンではなく、石岡先生が空中に浮揚させたり、監禁された箱から脱出してこそ、お客さんの驚きは想像以上になります」
 そうなったら他人以上に、私自身が一番驚きを体験するだろう。
「お約束します。絶対に危険な目には遭わせませんので、どうか我輩とマジックショーをやってください」
 田原は芝居がかったポーズで頭を下げた。奇天烈な格好をしているので、まるで魔界のメフィストフェレスに契約を迫られているような錯覚に陥る。とうとう私は承諾した。不安を挙げていけばきりはないが、もうこうなったら死んだ気になってやってみるしかない。
「そうですか。では早速、練習に入りましょう」
 田原は私を連れて控え室になっている小部屋に入る。
「マジックの練習は、大きな鏡の前でやることが基本です。自分の動きが相手にどう見られているかをチェックしながらでないと、思わぬミスをしている危険がありますからね」
 いよいよマジックの練習の開始だ。
「今回、石岡先生のためにご用意したプログラムは四つです」
「そんなにあるんですか」
「大した事ありませんよ。まず第一にシルクハットからの鳩の出現。次に…」
「シルクハットから鳩なんて、ぼくは出したことありません」
「出したことがある方のほうが珍しいでしょうな。我輩の指示どおりにやっていただけば簡単なことです。とにかく、最後まで説明を聞いてください」
 つくづく内容を確認せずに安受け合いするものではないと反省している。
「二番目はカードマジックです。特別製の大き目のトランプを使って、お客さんの引いたカードを見事当てるというもの。おなじみですよね」
 私自身は当てたことはないが、引く立場になったことはある。知人のホームパーティにマジックの得意な人物が参加していて、広げたカードの中から私に一枚引かせ、覚えさせて当てようとしたのだ。ところが、私は例によって緊張のあまり、自分だけが見たカードのマークと数字を忘れてしまい、もっとも盛り上がるはずのカード当ての場面でその場をしらけさせてしまった。自信満々に「石岡さん、あなたの選んだのはこのカードですね」と示されたカードに首を捻る私を見て、演者はかなり怒気を含んだ表情になったものだ。
  「三番目は、空中浮揚です」
 ああ憂鬱である。高いところは苦手なのだ。いや、それだけではなく、空中浮揚というショーを完遂するために必要な能力はほぼすべて欠けているといっても過言ではない。
「我輩は申し上げましたよね、石岡先生に危険な目には遭わせないと」
「ええ…」
「先ほどは言葉が足りなかったかもしれません。空中浮揚をするのは、石岡先生ではないんです」
「はっ、ぼくはやらなくていいのですか?」
「正確には、石岡先生が空中浮揚をさせるのですな」
 私には田原の言葉の意味がよくわからない。
「ぶっちゃけた言い方をすれば、我輩の助手が客席に紛れております。その人物をさも今選んだかのように舞台に上げて、石岡先生は催眠術をかけるのです」
「いや、ぼくは催眠術の方面にも疎くて…」
「口上はお教えします。もっとハッキリいえばかけるふりで構いません。あとは、仕掛けにセットされた我輩の弟子は空中浮揚を成し遂げるでしょう」
「そうですか。それなら…まあ…」
 田原の言葉を完全に理解したわけではないが、私自身が宙を漂わされないのは朗報である。
「そして、最後は監禁大脱出です」
 それも私に関連した単語なのだろうか。どうも現実感が伴わない。私にとって未知の数学式の話をされているような気分だ。
「ご安心ください。こちらも、石岡先生自身が箱の中に入ったと見せかけて、実は我輩が入り、お客さんをハラハラさせたうえで、先生が登場して大団円という段取りです」 「え、ええ…」
 もう自分にとって何が出来るのか、何をしなければならないのかの判断を投げることにした。プロである田原に従って、精一杯やるだけである。
「師匠、舞台の準備が整いました」
 控え室のドアをノックして顔を出した若い男が言った。
「石岡先生、紹介しておきます。我輩の弟子で、安藤ランプと申します」
 私は慌てて頭を下げる。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、もう…その何十倍もよろしくお願いします」  私の本心である。
「空中浮揚はこのランプがやりますから」
 言われてみれば、安藤の体格は成人男子にしては小柄だ。空中に吊り上げるわけだから、体重の軽い者がやるのが適任なのだろう。
「では、準備が出来たようなので、舞台稽古といきましょう」

  「そうです。そのタイミングです。石岡先生は筋がいいですよ」
 田原が大げさに誉めそやしてくれる。その言葉を額面どおり受け取るわけにはいかないが、やはり私も嬉しい。まず最初のマジックであるシルクハットから鳩を出現させる練習をしているのだが、白いハンケチをお客に見せてそれを丸める。そしてシルクハットの中に入れると、鳩が出てくるというマジックだ。ネタを明かせば、シルクハットの中が二重底になっていて、中に手を入れたときに蓋を外すと、その奥にいる鳩が現れるのである。そんな小さなスペースにずっと入っていられるのかと私もビックリしたのだが、鳩は羽で膨らんでいる部分が多く、人間が考えるよりもずっと狭いところに身体を収められるという。実際に小さくなって入っているのだから間違いない。
「鳩を出したら、あとはシルクハットをすぐ我輩に渡してください。舞台の袖にハケさせますから」
 次はカードマジックの稽古に入る。
「この段取りは単純です。一発で覚えられると思いますよ」
 私をふつうの人と同じレベルで考えると、田原は失望してしまう気がする。
「まず我輩がカードをこう扇状に広げてお客さんに見せます。その後、石岡先生にお渡ししますが、すでにこの時点でマジック用のカードにスリ替えておきます。すなわち、このカードです」
 田原が私に見せたカードは、すべてがハートの5だった。

つづく つづく
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