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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、マジシャンになる」1 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

   
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「では、石岡先生にはマジシャンをお願いします」
 主催者から当たり前のようにそう言われた瞬間、私には返す言葉が見つからなかった。数週間前、ミステリ作家の有志によるチャリティショー開催に参加を呼びかけられた私は、珍しく二つ返事で承諾した。ふだんは何の社会貢献もしていない私だが、チャリティで協力できることがあれば、断る理由はないのだ。しかし、開催日が近づくにつれ、その全貌が明らかになってくると、にわかに私の中の臆病な虫が騒ぎ出した。とくに作家それぞれが決められた演目をひとつ選んで、観客の前で披露すると知ったときは、真剣に辞退を考えたほどだ。人前でお見せできる芸など何一つ持ち合わせていない私にとって、それは一種の拷問に等しい。なんとか開催日の今日、会場となるこのホテルに足を運んだのは、一度引き受けてしまった事柄を断る勇気が足りなかったに過ぎない。  私のそんな思惑とは裏腹に、他の出演者である作家たちは楽しそうに自分の演目を選んでいった。だが、私が「歌」や「漫談」、「寸劇」などに名乗りをあげるわけもなく、じりじりと時間を過ごしているうちに、いつのまにか演目が残り二つとなっていたのだ。  タップダンスとマジック…。
 私にとってどちらがベターかという問いはナンセンスである。披露できるできない以前の問題として、この二つの演目はほとんど未経験なのだ。簡単なマジックなら、子供の頃に挑戦したことはある。だが、その結果はさんさんたるものだった。同級生の誕生会に招かれた私はマジックを披露しようと、折り畳んだ新聞に牛乳を注いでこぼれないというネタを必死に練習した。ところが本番になったら、緊張のあまり、トリックを忘れて、そのまま牛乳を新聞に注ぐこととなった挙句、友人宅の床を牛乳浸しにしてしまったのだ。パニックで泣き出す私を、誕生パーティの主役である友が慰めてくれたのを覚えている。  失敗談なら尽きない。これはマジックとは違うかもしれないが、「パンチガム」というビックリ玩具がある。板ガムが二枚ほど入ったパッケージなのだが、相手がガムを一枚抜くと、仕掛けられていたバネによって指を打たれてしまう。駄菓子屋でこの玩具を見つけた私は早速、里美を引っ掛けようと試みた。
「里美ちゃん、ガム噛む?」
 さりげなく差し出したつもりだったが、私の顔を意味ありげに見た里美は板ガムの側面を掴んで引き抜いた。跳ね返るバネは空を切る。
「いまどき、こんなイタズラするなんて、石岡先生は希少な存在ね」
「なぜバレたのかなあ」
「わざとらしいんだもん。バレバレよ」
 このときは里美に大笑いされてしまったが、実は後日談がある。二人で焼肉を食べた後、店の外に出たとき里美がこう言った。
「いっぱい食べちゃったから、口臭防止しとかなくちゃ。先生もお口のエチケットしとく?」
 私はそれもそうだと思い、里美の手にある板ガムを一枚もらった。その瞬間、バチッという音とともに、私の親指を鈍い痛みが襲う。
「もう。本当に先生は単純なのねぇ」
 里美があきれたように言った。私が逆にパンチガムの餌食にされてしまったのだ。悔しかったが、それぐらい私は人をダマすセンスがない。そんな私がマジックを見せるなんて想像するだに恐ろしいことだ。
「すみません」
 私は初めて主催者に声をかける。
「マジックは自信がないので、ご勘弁いただけませんか」
 その私の懇願に答えたのは、主催者ではなかった。
「あらまあ。とおっしゃるからには、タップダンスには自信がおありなのかしら」
 聞き覚えのあるその声は、私にとって不吉の兆しである。恐る恐る振り向くと、そこには予想通り、百々さゆりが立っている。齢七十を超える彼女は、恰幅でも、業界における影響力も含めてミステリ界の大物だ。ふとした間違いから、私はさゆりの原作のVシネマに出演したことがあるが、撮影現場でドタバタの騒動を引き起こしてえらい目に遭った。
「あの…百々先生、その節は本当にご迷惑をおかけして…」
「いいのよ。忘れましたわ、そんな昔の話は。それよりも、さっきの言葉は聞き捨てなりません。マジックは自信がないが、タップダンスなら人後に落ちない。私の耳にはそう聞こえましたけど、間違いないかしら」
 もちろん大間違いである。たしかにマジックとタップダンスのどちらかを選ばなければ命が危ういという状況なら、わずかの差でマジックを選ぶかもしれない。しかし、私に言わせればその二者択一自体が間違っているのだ。
「言わせていただきますけどねえ。私のタップダンスもちょっとしたものだとご評価いただいておりますのよ。お口の上手い方なんか℃痰ォ日のジーン・ケリーにそっくりだ″なんておっしゃって。あなたもミュージカル映画の『雨に唄えば』はご存知でしょう」
 とくとくと話すさゆり。彼女に反駁するつもりは毛頭ないが、ジーン・ケリーは男性だったはずだ。
「もしそれでも、あなたがタップダンスを譲らないとおっしゃるなら、この場でお互いに披露してみましょうよ。主催者の方に審判してもらいましょ」
「違います違います。ぼくはその…ワガママを言って申し訳ないのですが、別の形で協力させていただけないかと…」
「マジックかタップダンス以外ということですか」
 主催者が困惑したように尋ねた。
「ええ。できれば…」
「演目にもよります。持ち込みの企画をなさる作家さんもいらっしゃりますよ。その方は毒蜘蛛を箸でケースからケースに移す芸をお見せくださるそうです」
「いえいえ、私はそんな特別な何かではなくて…」
「たとえば、どのような?」
「チケットのもぎりとかですね」
 私の言葉を聞いた主催者は破顔した。
「石岡先生、ご冗談ばっかり」
「いえ本気です。何なら舞台の準備などもお手伝いします。ぼくは一生懸命働きますから」
「滅相もありません。石岡先生、あまり固くお考えにならないでください。演目の披露といっても、今回のチャリティにご賛同いただいた方々への感謝のしるしとして行なうものですから、口幅ったい言い方をさせていただけば素人芸で構いません。作家の先生方ご本人が取り組まれることに価値があるのです」
 諭されるように正論を吐かれると、私としても反論しにくい。
「ご心配には及びません。我輩もついております」
 耳の前から口元まで顔の半面を覆うほどの頬髭を生やした顔にタキシード、黒マントとシルクハットという扮装の男が私の後ろに立っていた。これぞマジシャンであり、万一そうでないとすれば、アルセーヌ・ルパンであろう。
「申し遅れました。我輩はプロのマジシャンで、アブラカ田原と申します」
 田原はシルクハットを取ると恭しく頭を下げた。
「今日のショーにおいて、石岡先生のテクニカルサポートをさせていただきます」
 それは道理である。いかにアマチュアの手慰みで構わないとはいえ、まがりなりにも観客はお金を支払っている。もちろん、私たち出演者のギャラではなく、チャリティであるが、見るに耐えないものを見せて許される免罪符にはならない。
「本番中は、我輩がアシスタントとしてしっかりフォローいたしますから、どうぞご安心ください」
 心強い言葉だった。いかに私のマジックが水準以下の出来であろうと、プロが傍らにいてくれたら、綻びを繕ってくれるだろう。できれば私がアシスタントで、アブラカ田原ショーになってくれたら、さらに嬉しい。
「いかがでしょう石岡先生。マジシャンとしてマジックを披露していただけますか」
 主催者が不安そうに私に訊く。彼としてもチャリティである以上、ゴリ押しするわけにはいかない。その気持ちも伝わってきたため、私は腹を決めた。
「わかりました。頑張ってみます」
「そうですか。よろしくお願いします」
 主催者は私の手を両手で握ると何度も頭を下げる。
「石岡先生のマジックショーはプログラムのメインですから、期待しております」
「えっ!」
 どさくさに紛れてとんでもないことを知らされた。私のマジックショーがメイン? メインというと一体…?
「ちょ、ちょっと待ってください。それは…」
 慌てふためいた私の質問は、さゆりのヒステリックな叫びにかき消される。
「どういうことですの。最後に舞台に立つのは、私だと思っておりましたけれども。紅白歌合戦でも、トリを飾るのは、それにふさわしい格のある歌手ですわね」
「ええ、おっしゃることは重々承知しております。ただ石岡先生のマジックショーの場合、舞台で大掛かりな演出をするため、その都合上、最後の方がよろしいわけでして…」
「そんな話、私は聞いておりませんことよ」
 対立する二人の間隙を縫うように私はおずおずと質問を挟む。
「あの…大掛かりな演出というのは、どんなものですか」
「空中浮揚や、監禁大脱出などの本格的なネタを用意してあるんです、ハイ」
 田原が事も無げに言った。
「それが、私のショー?」
「もちろん」
「…いつ?」
「今夜ですよ」
 私には、田原の声がだんだん遠くなっていく感じがする。
「無理です。絶対に無理です」
「大丈夫ですよ。我輩がついておりますから。さあ、早速練習に入りましょうか」

 
つづく つづく
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