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頑張れ!石岡君
石岡君、〃作者急病〃になる 「石岡君、〃作者急病〃になる」 優木麥 石岡君、〃作者急病〃になる

   
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「インフルエンザの疑いがありますね」
 数年ぶりに診察を受けた内科の医師にそう言われた。私は思わずオウム返しに聞き返してしまう。
「あの…インフルエンザと言いますと?」
「インフルエンザウイルスによる呼吸器感染症です」
 医師がカルテを書きながら答える。熱のために赤い顔をしている私は、頭の中がうまく働いていない。難しい話は勘弁してほしい。医師はペンを置くと、こちらを向いた。
「いま先生がおっしゃった頭痛や筋肉痛、倦怠感や咳などの症状が出ます。熱のほうもまだ下がっていませんが、2、3日は続くかもしれません」
「なんとか、早く治していただけませんか」
 私はセーターの上に皮ジャンを着込む。まるでプールに入っているような気分で、全身が冷えて仕方がないのだ。
「一応、解熱剤も処方しておきますが、特効薬はありません。とにかく栄養を摂って、身体を休めることに努めてください」
「は、はい」
「石岡先生、インフルエンザを甘く見てはいけませんよ。ただの風邪とは違うんですから」
「えっ…」
 帰り支度をする私に医師は釘を刺す。
「肺炎などとの合併症を引き起こしたら、命に関わりますからね」
「そうなんですか?」
「とくにインフルエンザが流行する年は、高齢の方の死亡率が増加する傾向にあります。まあ、石岡先生は高齢というほどではないですけど、だからといって若いつもりで身体に無理させてはいけませんよ」
「わかりました」
 高齢者呼ばわりは不本意だったが、インフルエンザで死ぬことはもっと不本意である。
「こまめにお茶や水など水分を取るように気をつけてください」
「はい…」
 気の弱い私としては、命の危険もあるなどと医者から言われると、そのことばかりが気になってしまうのだ。

                            ●  

  私が喉の奥がゴソゴソするなあと感じたのは、一昨日の晩からだ。翌日には、足の付け根など節々が痛み、悪寒と倦怠感が襲ってきた。それでも、ただの風邪なら寝ていれば治るだろうと楽観視して、少しベッドに横になっていたら、夜になって全身が震えて止まらなくなったのだ。熱を計ってみると38度6分と高い。そのまま一時間おきに目が覚めてはトイレに行って一晩過ごし、たまらずに朝一番で病院へと駆けつけた。
「インフルエンザかあ」
 私は愕然とする。毎年、冬の時期になると、テレビのニュースでインフルエンザの流行が話題になっていた。でも、自分自身が罹患したことがなかったので、ひとつの風物詩みたいに感じていたのは事実だ。ところが、いざ自分がインフルエンザと診断されてしまうと、途端にその病名が恐ろしい実態をともなって響いてくる。
「とくに合併症を起こしたら命の危険もあり…」
 医師の言葉が脳裏に不吉に響く。とくに体が弱っているときは、死などと言われるととても平静ではいられない。とにかく栄養をつけようと、スーパーで果物やヨーグルトなどを買い込んで、そのまま帰宅した。すぐにでも横になりたかったが、その前に片付けなければならない用件があった。運の悪いタイミングというのはあるもので、たまたまこの時期には三本の締め切りを抱えていたのだ。締め切りはないときは、何ヶ月もないのだが、集中する傾向にある。熱がまだ下がらない以上、モウロウとした頭ではとても筋の通った文章が書けない。個々の相談になるが、締め切りを延ばしてもらうか、場合によっては「作者が急病のため、今回はお休みさせていただきます」のクレジットを打ってもらうしかあるまい。そこで、私は最後の気力を奮い起こして、パソコンの前に座ると、編集者へのお詫びのメールを打った。

「石岡和己です。お世話になっております。実は、私、現在インフルエンザにかかっておりまして…。熱が下がらず、節々の痛み、咳などからベッドの上で苦悶の時間を過ごしております。そのため、大変申し訳ないのですが、貴社とお約束している原稿に関して、期限の延長ないし、ご猶予を賜りたく、ご連絡差し上げました。ご配慮をよろしくお願いいたします」

 自分でも少し大げさかなと思ったが、相手に対してこちらの状況が伝わるにはこれぐらい必要かと納得した。同じ文面でそれぞれ違う編集者に送信すると、私はすべてから解放された気分になり、ようやくパジャマに着替えてベッドに倒れ込む。

「本当に作者が急病になってしまったので……今回は、変則的な一回です。ゴメンなさい。次回からは……レギュラーに戻り、『石岡君、バレンタインチョコを贈る』をお送りします」
 私は自分が熱のあまり何を口走っているのか、わからなかった。そして、そのまま自分が布団に溶けてしまうかのように眠りについた。
つづく おしまい
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