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頑張れ!石岡君
石岡君、剣豪になる 3 「石岡君、剣豪になる」3 優木麥 石岡君、剣豪になる 3

   
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「どうして、フランスレストランに落ち武者の亡霊姿で来るのよ!」
 里美にはさんざんあきれられた。冷静に考えれば、私は自分のやったことが恐ろしくなる。結局、レストラン側の好意で特別に個室を用意され、その部屋から出ないという約束で食事することができた。最初は怒っていた里美だったが、食事が進むにつれて「その姿でナイフとフォークでフランス料理を食べてる図ってシュールよね」と吹き出した。後はいい雰囲気で食事は進んだ。そちらの問題に関しては、一応の決着をみたが、記憶喪失の大高田の問題は依然として進展しない。
「いやー、すっかり忘れてました。確かに『耳なし芳一』を演じたときの大高田さんはカメラが回っている間、ずっと目を閉じていたんですね。それでは、石岡先生が亡霊武者を演じても当時の記憶は刺激できないです」
 例によって木村は気軽な調子で言うが、そのためにいろいろ準備したのは何だったのだろうか。その日は、鎧を着込んでドタバタしただけで終わってしまった。
 そして、ついに三回目の「記憶回復のシチュエーション」が計画されることになる。今回は、合戦を再現するという。
「結局、時代劇といったら合戦なんですよ。気分が激しく高揚し、時代劇をやってるなあと感じていたのは、大高田さんも合戦のシーンが一番なんじゃないかなあ」
 前二回の失態はあるが、木村の言葉にはうなずかされる部分がある。 「しかも、ただの合戦ではありません。戦国時代の名将、ライバル、武田信玄と上杉謙信の対決です。大高田さんがこの作品を忘れているわけがない」
 木村が取り出したのは「ひょっこり川中島」のビデオ。大高田が武田信玄に扮し、親友の小境遊丸が上杉謙信に扮して出演している。そこで当然、私が上杉謙信の役を演じるというわけだ。
「時は永禄4年9月10日の夜明け、霧の晴れたのを合図に武田軍と上杉軍の開戦の火蓋が切られた。どちらの軍勢も譲らず、一進一退の攻防が続く。そのとき、信玄の本陣に一騎の法師姿の武者が駆けてきた。なんと、敵の大将、上杉謙信。床机に座る信玄めがけて、馬上から切りつける謙信。しかし、手にしていた軍配によってハッシと受け止める信玄。この戦いを川中島最大の激戦と、後世の人は言う」
 講談口調で話した後、木村は机をパンパンと叩いた。いま彼が説明した場面をこれから再現するわけである。すでに私達は大高田を連れて箱根のロケ現場に来ていた。もちろん、マネージャーの亜津子がコネを伝って、ようやく潜り込めた「某歴史大作」の撮影現場である。
「大丈夫なんですか、そんな場所でこんなことをして…」
 撮影隊が地主の好意で借りているという広大な平野の一隅にあるテントの中に私と木村は待機していた。天幕の外からは、スタッフやエキストラ、馬による喧騒、さらには拡声器で指示する助監督の怒号などが響いてくる。
「時代劇の撮影は、準備と物資が膨大にかかる割に、使うのはその一部だけなんです。だから、そのセットの一部をこちらも有効活用しましょう。ほんの一瞬です。今度の石岡先生にはセリフもありませんから。とにかく、床机に座る大高田さんのところに馬で突進していって、バシッと斬りかかるだけ」
「そこが、逆に不安なんですけど……」
 私は目だけを見せる長範頭巾を被っている。衣装はもちろん、映画やドラマで見る僧兵の姿。手には薙刀を持って、形だけなら一応、上杉謙信である。
「ぼくは馬に乗れませんし、バシッと斬りかかるなんて難しそうで……」
「まあ、セットの一部だけ走ればいいので、そんなに長い距離じゃないですよ。それに今度は武田信玄の武将姿なので、大高田さんも反撃するような武器を身につけていませんし。問題ないはずです」
 木村は気軽にそう言うが、私個人としては大いに問題がある。
「原さんは準備できたのかな。ちょっと向こうの様子を見てきますね」
 木村がテントを出て行った。一人残された私は、自分の異形を見て、段々と不安になってくる。さっきは木村が簡単そうに口にしていたが、川中島の決闘の再現など、ぶっつけ本番でできるはずもない。それに、今のこの格好は、顔は完全に頭巾で覆われていて、目の部分しか相手には見えないのだ。むしろ、アクションが得意な本物の役者にドラマの迫力さながらの上杉謙信を演じてもらった方が大高田には伝わるのではないだろうか。そう思い始めると、私の中で急激にその考えが膨らみだした。
「絶対に本物のアクション俳優の方が効果が高い」
 私は一刻も早く木村に自分の考えを伝えようと思い、テントの外に出る。すると、面識のないスタッフが私の側に駆け寄ってきた。
「あ、こちらにいらしたんですか」
「えっ…」
 まるで彼らはずっと私を探していたような物言いをした。
「もう出番です。よろしくお願いします」
「いや、でも……」
 私は木村に自分の提案を聞いてもらいたかった。このまま演技を始めれば、必ずぶざまな結果を招くと確信している。
「皆さん、お待ちですよ」
 若手スタッフが重ねて私に同行を促した。
「馬に乗る自信はないんです。すみません」
 私は思いきってこのスタッフ達に考えを伝えようと試みる。すると、不審そうに顔を見合わせた彼らは私に説明してくれた。
「大丈夫ですよ。馬に乗るシーンの撮影は後です。まずは橋のシーンから撮影します」
「橋…? 橋って何ですか?」
「五条大橋です」
 スタッフは何を今さらという態度だった。五条大橋のシーンがあるなどとは聞いていなかった。しかし、私は自分で納得のいく理由を考え出す。たぶん、木村が探しに行っても亜津子や大高田の準備が整っていなかったのだろう。いや、もっとはっきり言うと、本陣のセットが空くのは難しいと考えたのだ。そのため、急きょ、場所を変更して「五条大橋」のセットでシーンを再現することに変更したに違いない。
「わかりました。すみません」
 私は若手スタッフ達に同行した。彼らが案内してくれたのは、スタジオ内のセットだった。驚かされたのは、前回の「耳なし芳一」を再現したときとは段違いの本格ぶりだ。何しろ、現場で動いているスタッフの人数と緊張感が違う。
「大掛かりになりましたね」
 私は素直に自分の驚きを口にする。
「あら、ちょっと衣装が変わったのかしら」
 怪訝な声を出したのは、メイク担当者の女性らしい。
「衣装合わせの時とはずいぶん雰囲気が変わってるわね」
 私はそんなものに出た覚えはない。とにかく、木村か、亜津子に会って段取りを聞かないと、私にも心の準備がある。
「ああ、明智さん、どこ行ってたの。ちょっと撮影が押してるけどね。次のシーンは今回の映画の目玉だから頼むよ」
 サングラス姿の初老の男が私の肩を叩く。親しげに接してくるが、私にはまったく面識のない人物だ。それに撮影するなど初めて聞いた。
「あ、監督。明智さんの衣装なんですけど…」
「いいよ。問題ない。これで立派にやれる」
 当惑する私を無視して、メイク担当者と「監督」と呼ばれた男は会話をしている。私は不安に押し潰されそうだ。大体、さっきから出ている「明智」とは何物だ。もしかしたら、これも木村や亜津子の手法で、私にさえ台本を見せないことで、リアリティを生もうと考えているのかもしれない。しかし、いくらなりきりで本物の緊張感を発生させるとはいえ、素人の私に対してここまで台本を隠されると、即興の演技などできるわけもない。
「じゃあ明智さん、橋の真ん中に立って。ガッチリいきましょうー」
 私はADに促されて、セットの五条大橋の真ん中に立たされた。照明が暗くなり、スタジオ内は一気に夜になる。さらに特殊効果で霧も発生した。
「シーン21 カット1 用意スタート」
 ADの掛け声と共にカチンコが鳴らされた。みんなの迫力で私はいつのまにか、この五条大橋に立っているが、カチンコの音でとんでもないことを思い出す。馬に乗らないのであれば、設定が変わったということだ。しかし、私自身は変更後のシナリオを聞いていない。どうすればいいのだろう。
「ピーッヒャラララ〜」
 笛の音が聞こえてきた。そして、橋のたもとに姿を現したのは、平安時代の庶民の服である水干をまとった男の子。笛を吹いているのは彼だった。私は落ち着かない気分である。出演者を増やされて掛け合いなど期待されても困るのだ。男の子は笛を吹くのをやめると、私を睨んだ。
「おまえが、五条大橋で夜な夜な武芸者を襲っているという荒法師か?」
 薙刀を持って立っている私は、ここではたと気づく。もしかして、これは、牛若丸と弁慶の五条大橋の決闘ではないだろうか。あの男の子はどう見ても、牛若丸の役だろう。となると、私が………武蔵坊弁慶…?
つづく つづく
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