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頑張れ!石岡君
石岡君、年末の格闘技大会に出る 8 「石岡君、年末の格闘技大会に出る」8 優木麥 石岡君、年末の格闘技大会に出る 8

   
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「私、ミステリーマスクの正体を知っています」
 レーナが私を見据えている。青く澄んだ瞳だった。真実を知る者だけが発する強靭な意志の光に貫かれそうだ。
「教えてください。あなたは誰なんですか」
 キレイな発音の日本語だった。レーナは日本滞在が長く、外資系企業に勤めているらしい。
「本物のミステリーマスクはどこ?」
 暴君竜の妹で、大塚克美の婚約者である。いや、正式に婚約中かどうかに関しては、異論のある者もいるだろう。その筆頭が兄の暴君竜だ。そもそも「オレに勝ったら結婚を認める」という彼の無理難題に挑むために大塚はミステリーマスクになった。だから、言うまでもなく私は“ミステリーマスク”ではない。
「レーナさん、あなたは暴君竜サイドの人間だ。対戦相手のミステリーマスクに関する情報をリークするわけには……」
 溜来が割って入る。彼の立場からすれば当然の行為だ。私が本物のミステリーマスクではないことや大塚のケガの事実が、暴君竜に知られてしまうのは不利である。開催者として看過できまい。
「いえ、溜来さん。彼女には本当のことを打ち明けましょう」
 私はレーナが信用できると感じた。彼女は純粋に大塚の安否を知りたいだけだろう。
「このマスクは大塚君に託されたんです」
 私は周囲を見回してから小声で答えた。レーナの鋭い視線は外れない。
「彼はいまどこなの」
「こちらに向かっている途中です。実は……」
 私は昨日からの経緯を簡単に説明する。大塚が腰痛を起こしたため、急きょ私が覆面をして記者会見に出たことに始まり、現在、治療を終えた本人が会場に近づいていることまで話す。
「だから安心してください」
「そうなの。カツミは腰痛を……。それは好都合ね」
「えっ…?」
 私は耳を疑った。レーナが大塚のアクシデントに関して喜んでいるふしがあったからだ。
「ワタライ、ミステリーマスクをリタイアさせて」
「レーナさん…」
「元々、私は今日の試合に反対でした」
 レーナはうつむいて、一瞬悔しそうに唇を噛みしめる。
「どうして、兄さんとカツミが戦わなきゃならないの?」
 真剣な問いに私と溜来は返す言葉を失う。指摘されて初めて気づくのは間が抜けた話だが、言われてみればもっともな疑問だ。
 元横綱の暴君竜と、セミリタイア状態の挌闘家、大塚克美。その体重差は170キロ以上。どの観点から見ても成立し得ない対戦カードだ。ましてや、婚約者と自分の兄との争いは、当事者であるレーナにとって身が切られるような切ない試合であることは間違いない。
「馬鹿げています。私と結婚するのに、兄と戦って勝つなんて。ただの兄のワガママなんです。私と離れたくないための無理難題を押し付けているに過ぎません」
「それは、もっともだけど……」
 大相撲で綱を張った人間に勝てる求婚者は、全世界規模で探しても少数だろう。 「兄には感謝しています。尊敬もしています。言葉も風習も違う日本に来て大相撲に飛び込んで、頂点を極めるまでどれだけ血と汗を流したか想像もできません。そして、その兄の努力によって私は大学にまで行かせてもらえたんです」
 暴君竜とレーナは幼い頃に両親をなくしている。日本に住む親戚に引き取られたレーナだが、異国で心細い気持ちの支えになったのは、兄である暴君竜だろう。
「でも、私はモノじゃない。トーナメントの賞品みたいな扱いは納得できません」
「ええ、それはもちろん……」
 興奮してきたレーナの剣幕に私と溜来は気圧されている。
「それに、カツミもカツミだわ。兄の挑発に易々とのったりして。そんな形でチャレンジをするべきじゃないでしょ。どうして私との結婚の問題をバトルで決めるの?」
 その問いに答えられるはずもない。
「なぜ試合をしなければならないの? じゃあ、もし負けたら、それっきりで私との結婚をあきらめられるの? 理解できないわ」
「あの…レーナさん……」
「男同士で勝手に決めないで。私のために殴りあってほしくない。私の考えは間違ってますか?」
「レーナさん、お気持ちはよくわかります。ただですね……」
 溜来は両手でレーナの気持ちを押さえるようなアクションをする。
「お兄さんとミステリーマスクの試合は、すでに発表されたカードで、もうあと数時間後に迫っているわけです。しかも、今夜の目玉のメインイベント。この試合を今からキャンセルすることは、イベントプロデューサーとしてOKとはどうしても……」
「私だって、ずっと反対の気持ちだったけど、カードが決まって、マスコミで騒がれて、手の届かないところに行ってしまった気がして……。でも、カツミはケガをしたんでしょう。試合のできるコンディションじゃない。そんな状態で兄と試合するなんて無謀です」
「ご心配はわかります。しかし、大塚選手は名古屋まで治療に赴いたわけですから、万全ではないとしても、試合ができるコンディションには……」
「あなたは、選手の体よりイベントの進行を優先させるんですか」
「そう言われると困ってしまいますが……。現実問題として、この段階では、多少無理をしてでもリングに上がってもらわないと……こちらとしても大晦日の目玉番組として進めておりますからね」
 溜来の言い分は正論と言っていい。大塚や暴君竜はプロである。対戦カードが発表された以上、個人的な感情よりプロ意識のほうが強いはずだ。腰を痛めた大塚が名古屋まで治療に行ったことも、私に覆面を被せて記者会見に代理出席させたことも、大きなイベントに穴を開けられないという意識の成せるワザだと思う。
 だが、レーナの複雑な思いを無視することはできない。
「レーナさん、ぼくが約束します」
 私はほとばしる思いを口にしていた。
「大塚君が戻ってくれば、ぼくはセコンドにつくことになっています。だから、危なくなれば必ずタオルを投げます」
「あなたが……石岡先生」
「ええ。約束します。ですから、大塚君が試合をしたいと言うのであれば、させてあげてください。彼はこの試合にいろんなものを賭けていますから」
「私は優勝トロフィーじゃないわよ石岡先生」
「わかっています。それは、大塚君も、あなたのお兄さんもわかっていると思います」
「二人が傷つけあうのを手をこまねいて見ていろと言うの?」
「納得したいんですよ、彼らは」
 私は大塚をメインイベントのリングに立たせてやりたい。試合が決まってからの彼の目は輝いていた。それは、婚約者の兄に認めてもらうためだけの目的ではないと思う。プロの格闘家として日本中が注目する試合ができるのだ。闘志が溢れ出すのに十分な理由である。
「ファイターだから!」
「石岡先生……」
「大塚君も、暴君竜もファイターだから。闘うことでしか、納得できない何かがあるんじゃないでしょうか」
 私は言葉を切った。しばらくレーナは私を睨みつけていたが、やがてため息をつくと穏やかな表情を見せる。
「どうやら、ここで試合を止めたら、私はいろんな人から恨まれてしまいそうね」  レーナは自嘲気味に笑った。
「わかったわ石岡先生。二人の戦いを見守る覚悟が出来ました」
「すみません。あまり事情を知らないのに生意気なことを言いまして……」
「いいの。ただ、私はずっと闘う兄を応援して生きてきた女。やっぱり兄が負ける姿は見たくない。もしかしたらゴングが鳴ったら、暴君竜を応援するかもしれない」
「構わないんじゃないでしょうか。それが闘うってことだと思いますし。もちろん、ぼくは大塚君を力一杯、声援しますけどね」
「では、ベストを尽くしましょう」
 レーナと私は力強く握手を交わした。ビッグバンバトルのメインイベント、暴君竜vsミステリーマスクの試合のゴングはもうすぐ鳴り響く。


つづく つづく
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