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「石岡君、年末の格闘技大会に出る」5 優木麥 |
| 「ビッグバンバトル開催まで、あと8時間を切りましたー!」 スパンコールが散りばめられた派手なスーツ姿のお笑いタレントが絶叫する。私の自宅なら間違いなく、隣から文句が出そうな声量だ。しかし、ここは都内の一流ホテルのスイートルーム。防音対策に抜かりはなかろう。 「史上空前の豪華な格闘選手で繰り広げられる戦いの祭典。いよいよ、ゴングが迫っています」 正午前。普段の大晦日なら私は何をしている時間だろう。大掃除と資料の整理にめどがついてくる頃か。そういえば、まだ窓拭きを終えてなかった。今年は年内にできるかあやしい。 「テレビの前の皆さんも、もう待ちきれないんじゃないですか?」 「待ちきれなーい!」 冬なのにホットパンツ姿の若い女性二人がはやし立てる。イベントでは「ビッグバン・ギャル」と呼ばれるアシスタント役の女性タレント達だ。 「そこで、特別に各選手の様子をちょっとだけお見せしちゃいます」 「わー、すごーい。見たい見たーい!!」 二人の女性の嬌声とスタッフの少ない拍手の中、笑いのリポーターは私に目で合図をした。 「実は、私達が今いる場所は、都内某所のスイートルームなんです。ここで自分の試合を待っている選手は誰でしょうか」 わざとらしい前口上を述べながら、マイクを片手にリポーターは私のほうに顔を向ける。 「おーっと、選手の顔が見えて……来ない」 「あらららー」 リポーターのギャグで女性達はオーバーにズッコケて見せた。テレビ画面に流れるときは「見えないのか?」などのテロップが入ることだろう。 「なんと、私達の目の前にいるのは、挌闘界に新星のごとく現れた、謎の覆面挌闘家、ミステリーマスク選手です」 「わー、本物だー。マスクしてるぅー」 リポーターと女性に迎えられて私は「どうも」と挨拶した。 「あらら、礼儀正しいですね」 「いえいえ……」 「実は、私達は各選手の直前の様子を秘密レポートしているんですけど、少しだけお時間をください」 「ええ、まあ……」 自分でもぎこちないやりとりだと思うが、仕方がない。テレビ出演など全く慣れていないので緊張してしまうし、おまけに私自身がリングに上がるわけではない。あくまで腰痛の治療をしている大塚克美の代理なのである。イベントプロデューサーの秘書の若宮から「直前のPR番組のインタビューに出てください」と言われたときは、胃が痛くなった。本来、私は記者会見をこなした時点でお役御免のはずが、大塚が行方知れずになっている関係上、まだ“ミステリーマスク”を演じつづけている。その重荷にはもう精神的に耐え切れない。しかし、投げ出すわけにもいかぬ。大塚がせっかく掴んだ大試合のチャンスを私の都合で潰したら申し訳が立たない。 「今のご気分はいかがですか?」 リポーターの最初の質問に、私は素直に答えてしまった。 「逃げ出したいですね」 室内を一瞬、不思議な沈黙が覆う。私の発言の意図を測りかねたように、リポーターはスタッフの顔を見るが、すぐに笑顔に戻った。 「アハハ、さすがはミステリーマスク選手。ギャグも最高です」 「いえ、ギャグでは……」 あやうく否定しかけて私は口を閉じる。これは大塚のインタビューの代弁をする場なのだ。私の気分など語る必要はない。 「まあ、普通です」 「平常心ですか。さすがは挌闘界の新しい逸材。私なんかこうやって近くにいるだけでオーラみたいなものに圧倒されています」 「試合直前のトレーニングはこれからですか?」 女性リポーターがスタッフの出すカンニングフリップを見ながら質問してくる。 「いえ、別に……」 トレーニングなどするはずがない。と反射的に答えてから、また後悔する。私が戦うわけではないのでトレーニング無用だが、大塚には必要だろう。 「じゃあ、午前中に済ませてしまったとか」 「朝はプロデューサーと食事して、ずっと……」 「ずっと……何をしていたんですか? 秘密特訓ですか?」 意気込んで尋ねてくるリポーターに、私は気圧されて正直に答えてしまった。 「いえいえ、テレビを眺めてました」 「うぉー、本当に余裕しゃくしゃくですね。相手は元横綱の、あの暴君竜ですよ」 リポーターは興奮している。私から過激な発言が引き出せないと察したため、試合に対してプレッシャーを感じない大物に仕立て上げようというわけだ。 「そんなことはありません。心配事はあります」 私はできるだけ大塚と等身大のキャラを演じなければならない。 「おー、それは何でしょうか」 「か、会場入りです。会場入りできるかどうかを……気に病んでいますね」 またもや室内に沈黙が下りる。私の発言に首をかしげていたリポーターだが、今度は触れずに会話を先に流した。 「レイコちゃん、せっかくだからミステリーマスク選手に何か訊きたいことがあれば」 リポーターから“レイコちゃん”と呼ばれた女性は、素早くカンニングフリップに視線を向ける。すぐに私に満面の笑顔を向けながら質問した。 「暴君竜選手とは体重差が100キロ以上ありますけど、決めワザは考えていますか?」 「おお、専門的な質問だねー」 リポーターが合いの手を入れて、私に考える時間を与える。どう答えればいいだろうか。結局、当り障りのない言い方をしておくことにした。 「ルール内のワザで勝てればと思います」 「えっ……」 リポーターの顔色が変わる。私はどぎまぎした。何か失言をしたようだ。 「ルール内のワザで……という言い方をあえてするのは、もしかしたらミステリーマスク選手はルール外のワザも想定されているんですか?」 「え、あっ……」 緊張の高まった私にはリポーターの質問の意味がよくわからなかった。 「非常識な体重差を気にせず、試合前でも泰然自若としている余裕の秘密がチラリと見えたような気がします」 「そ、そんな大したことでは……」 「もちろんそうでしょう。ご本人にとってはルール外のワザを使うことなど大したことではないはずです。実はね、レイコちゃん」 リポーターはテレビ番組としての盛り上げどころを発見したらしく、私の説明などもはや相手にしていない。 「ミステリーマスク選手にはさまざまな憶測が飛んでいるんだよ。たとえば、アメリカ大統領の腕利きSPだったんではないかとかね」 「うわー、すごーい」 どうやら、このセリフが、このレイコという女性が、カンニングフリップ無しで話せる唯一の言葉のようだ。 「かなり信ぴょう性を帯びたと私は見るね。ミステリーマスク選手は、武道の達人であり、ルール外のワザ、もっと言うと、人をあやめることができるワザさえ体得してるんじゃないかなあ」 「うわー、こわーい!」 このインタビューは、本番で暴君竜と戦う大塚にとって吉となるとか、凶となるか。私には判別不能だ。 「では、試合直前ですが、ファンの方にメッセージをください」 「すごく頑張ると思います」 「どこまでも第三者的な言い方ですね。では、我々はこれで……」 「待ってください」 実は私がこのインタビューを受けた大きな目的がひとつあった。それは、大塚が昨日、考案したミステリーポーズをテレビを通じて披露することである。本当は昨日の記者会見の時点で大塚が披露する予定だったが、本人は無理。かと言って、暴君竜を目の前にしたあの場で私はこんな提案をする勇気はなかった。だから、直前PR番組を利用して、お茶の間に公開しておこうというわけだ。 「試合に勝った後で、皆さんと一緒にやりたいポーズがあるんです」 「ほう……」 予想外の私の言葉にリポーターはスタッフをチラチラ見る。 「ちょっと実演するから見ていてください。3、2、1、ミステリー!」 私は右手全体を頭に被せ、左手でガッツポーズを取った。室内の一同があっけに取られた顔でこちらを見ている。秘書の若宮でさえ、目を丸くしていた。 「ミステリーポーズと言いまして、身体全体でクエスチョンマークを表現してるんです。この曲げた右手がハテナマークで、左手が点なんです」 「はあ……」 リポーターはうまく質問が出てこないようだ。私は勢いで押し切ってしまうことにした。長い時間、この空気には耐えられない。 「では、皆さんでいきますよ。3、2、1、ミステリー!」 一番ノリノリでやってくれたのは、女性アシスタントのレイコだった。この部屋に入ってきてから初めて、私は彼女に感謝した。どこかで正午のアラームが鳴る。いまだ大塚克美からは連絡がない。 |
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