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頑張れ!石岡君
石岡君、年末の格闘技大会に出る 3 「石岡君、年末の格闘技大会に出る」3 優木麥 石岡君、年末の格闘技大会に出る 3

   
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「3、2、1……ミステリー!!」
 覆面を被った大塚は、両手を大きく振り回した。プロの格闘技界では、試合後に観客と一緒にポーズをするのが定番らしい。人気格闘家のパフォーマンスは流行語に選ばれたり、CMにまで起用されているとか。ただ格闘技全般になじみのない私には手旗信号に見えてしまう。
「うーん、悩むなあ。あまり複雑にするとお客さんと一体になれないし」
 大塚は鏡の前で何度もポーズを試行錯誤している。すでに最後のトレーニングは消化した。いよいよ明日、試合が行なわれる。大晦日の「ビッグバン・バトル」のメインに出場するミステリーマスクこと大塚克美は、勝利後のパフォーマンスを考案中なのだ。
「勝つ気満々だね」
 打倒暴君竜の目標に向かって邁進する大塚を好ましく思う。恋人の兄に認めてもらうために大晦日のリングで試合をする。私には一生縁のないような一大決戦である。大塚克美は快男児と言っていい。
「すみませんね。石岡先生につきあっていただいて」
 大塚は何度も申し訳なさそうに言った。彼は試合が終わるまで正体を隠しとおさなければならない。とくに対戦相手の暴君竜には絶対に悟られてはまずい。そのため、練習をバックアップする人間も必要最低限に絞ったのだ。なぜ、私がその一人に選ばれたのか最初は疑問だった。
「石岡先生は、整体に来られるときおっしゃってたじゃないですか。『大塚君にほぐしてもらうと気持ちまで安らぐ』って。僕も同じなんです。石岡先生が側にいてくださると、リラックスできるっていうか。だから、これはワガママなんですけど、大晦日まで練習につきあってください」
「でも、ぼくには何もできないよ」
「構いません。一緒にいてくださるだけで、僕はピリピリした気持ちを持たなくて済みます」
 そう言われて、私は大塚の練習に同席するようになった。
「やっぱりバージョンBのほうがいいですかね」
 大塚が私に同意を求めてきた。さきほどから練習しているパフォーマンスのことだ。
「いいんじゃないかな」
 何がAかBかわからなかったが、私は同意する。区別がついたとしても、パフォーマンスとしていいか悪いかなど私が判断できるわけもない。
「試合が終わったら先生にも謝礼を払いますから」
「要らないよ。いつも体のケアをしてもらってるし」
 本来、大塚は私の担当整体師なのだ。
「じゃあ、試合が終わったら大サービスします」
「整体の大サービスってなに?」
「うーん。通常の3割増の力で整体しますよ」
 私達は笑った。明日に試合を控えているのに、これだけ平常心でいられるなら、頼もしい限りである。
「おい、大……じゃなくてミステリーマスク」
 ジムの会長が顔を出した。当日セコンドに付く数名の人間はミステリーマスクの正体を知っている。
「まだ着替えてないのか。早くしないと記者会見に間に合わないぞ」
 大晦日は各局の力の入った番組が目白押しである。『ビッグバン・バトル』を放映する東洋テレビとしても視聴率戦争に勝ちたい。試合前日に出場選手の記者会見を開き、世間の注目を集めるのだ。
「すみません。すぐにシャワーを浴びます」
 大塚はタオルを首にかけると、私を手招きした。
「一緒にミステリーポーズをやってください」
「えっ、ええ?」
「これはお客さんと一緒にやるものですから複数で並んでやらないと、全体的な感じがつかめないんですよね」
「そうかもしれないけど……」
「いきますよ、3、2、1、ミステリー!」
 大塚は右手全体を頭に被せ、左手でガッツポーズを取った。
「石岡先生もやってくださいよ。これはミステリーポーズで、身体全体でクエスチョンマークを表現してるんです。この右手を曲げてハテナマークにして、左手が点を現してるんですね」
「ああ、なるほど……でも…」
 意味を説明されても、私にはヨガや柔軟体操に見える。
「恥かしがらないでくださいよ。さっき石岡先生だってこのポーズでいいと同意してくれたじゃないですか」
「そ、そうだよね」
 私は自分もやらされることになるなら、ちゃんと他の候補も見ておくべきだったと後悔した。
「行きますよー。3、2、1、ミステリー!!」
 私は鏡の前でミステリーポーズを取る。お世辞にもカッコいいとは思えないが、大塚が気分よく試合に臨めるなら何も言うまい。
「ありがとうございます石岡先生」
 大塚が興奮した表情で私の手を握った。
「ここまで練習につきあっていただいて、僕は絶対に負けられません。明日の試合、勝ちますからね」
「うん。信じてるよ」
 私の言葉で、大塚の目から涙がこぼれてくる。
「すみません。なんか……石岡先生に普通にそう言われると、絶対勝てるって気持ちになれて。胸にグッときました。やります」
 私自身は何もしてやれないが、大塚がそう感じてくれるのは素直に嬉しい。
「じゃあ、記者会見に行きましょう」
 大塚はペットボトルを口に含む。
「シャワーを浴びてきなよ。ぼくが片付けておくから」
 そう言って私はダンボールを持ち上げようとするとピクリとも動かない。
「これ、重いね」
 中を見るとバーベルのプレートが3枚も入っていた。
「1枚ずつ運ばないと無理だなあ」
「どうしたんですか」
 大塚が私が持とうとするプレートを覗き込む。
「僕が運びますよ」
「いいよ。大塚君は記者会見の準備をしないと……」
「気にしないでください。こんなの楽勝ですから」
「やめときなよ」
 用具運びなど試合に出場する選手がやることではない。私が1枚ずつ運べば済む話である。
「あ、3枚一緒では僕が持てないと思ってますね」
「だって、プレート3枚分だよ。無理だと思う」
「何を言ってるんですか石岡先生、僕は明日、元横綱の暴君竜を投げ飛ばすオトコですよ。ハッハッハ」
 大塚はダンボールを抱えると、そのまま持ち上げようとした。ところが、グキッとすごい音がして、腰砕けになってしまう。
「お、大塚君……」
 私は血相を変えて駆け寄った。マスク越しでも、大塚が苦悶の表情を浮かべているのは明らかにわかる。
「ち、ちきしょう。持病の腰痛が再発したみたいです」
「試合どうしよう…」
 私はおろおろする。本番は明日なのである。
「い、石岡先生が挑発するからですよ」
「そんな、ぼくはやめたほうがいいと……」
「こうなったら責任とってください」
「せ、責任?」
「僕の整体の師匠が名古屋に住んでいて……。あの先生なら、試合が出来るレベルまで回復させてくれるはずです」
「じゃあ早速……」
「でも、僕が腰を負傷したことを絶対に暴君竜に知られたくありません」  リングの上では情けは禁物。相手の負傷箇所がわかれば徹底的に攻撃されるだろう。
「石岡先生、ミステリーマスクを被って、記者会見に出てください」
「ぼ、ぼくがー?」
「試合をするわけじゃありません。名古屋で一泊して師匠に整体を施してもらえば、明日の朝には戻ってきますから」
 私が『ミステリーマスク』として記者会見に出たのは、こんな経緯があったからである。

つづく つづく
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