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頑張れ!石岡君
石岡君、年末の格闘技大会に出る 2 「石岡君、年末の格闘技大会に出る」2 優木麥 石岡君、年末の格闘技大会に出る 2

   
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 「元横綱に、堂々の予告KO宣言です」
 司会者の声がうわずっていた。私はすぐにマスクを外して、記者会見から消え去りたかった。やることがドンドン裏目に出ている。
「相撲時代から黒星自体が数少ない暴君竜選手ですから、一体どんなワザで……」
「じゃかましいー!」
 野太い暴君竜の一喝だった。報道陣を含めて、その場の一同の心胆を冷えさせるのに十分だった。
「御託はもうたくさんだ。明日になればハッキリするだろ。そこのハッタリ野郎の化けの皮を剥がしてやるさ」
「わかりました。注目の一戦にさらに因縁が加わりました。それでは、お二人に前に出てきていただいて、記念撮影をお願いします」
 司会者に促されて、私は席を立ってテーブルの前に出る。目の前にはカメラの砲列があった。ひときわフラッシュがまたたいた。まるで私は謝罪会見に臨んだ人間のように頭を低く垂れてしまう。
「ミステリーマスク選手、顔を上げてください」
「目線をくださーい」
 カメラマンの要請が飛ぶ。私はなけなしの勇気を振り絞って、顔を上げるがフラッシュの嵐はたまらない。我慢できずに目線をそらすと、すぐ隣には壁があった。みっしりと詰まった肉の壁である。押し潰されそうな恐怖を覚えた私は、救いを求めるように上を見上げる。凶悪な視線が私に向けられていた。今にも暴君竜の口から火が噴き出そうである。まるで私を裁く閻魔大王のように凄む。
「ブッ殺してやるからな。覚悟しておけ」
「あっ、あああ……」
 もはや生きた心地がしない。一もニもなく顔を伏せる。両手で耳を覆わなかった自分を誉めてやりたいぐらいだ。
「ミステリーマスク選手、せっかくの写真撮影ですので、もっと顔を見せてください。ミステリーマスク選手」
 司会者のくり返しの呼びかけが、ようやく私の耳に届く。
「あ、すいません」
 思わず漏らした謝罪の言葉に、報道陣が失笑した。
「大丈夫ですか? 対戦相手を間近に見て内なる闘志が湧いてきましたか?」
「いえ、とんでもない」
「もう少し撮影をお願いします」
「すみません、慣れてないものですから……」
「自信満々に振舞ったり、謙虚になったり忙しいですね」
「ミステリーマスク選手、何かポーズをお願いします」
 カメラマンの要求に私は面食らう。第一、私は代理でこの場にいるだけだ。実際に戦うのは私ではない。とはいえ、この記者会見であまりにぶざまな姿を晒すのは、本番で“ミステリーマスク”を演じる大塚克美のメンツを潰すことになろう。決して不本意ではないが、私はポーズをサービスすることにした。
「何のポーズをすればいいですか?」
「いえ、ご自分の得意なポーズをお願いします」
 そう言われても、私にファイティングポーズなど取れない。しばし考えた末、やはり写真撮影の定番であるピースサインをすることにした。マスクの横に右手でピースを作ると、少し笑顔を見せた。
「おおー、こ、これは……」
 報道陣がどよめいている。私には何が起こったのか把握できない。
「なんと、ミステリーマスク選手が明日の勝利を予告するVサインだ。しかも、不敵に笑っているぞー」
 司会者が臨場感タップリに盛り上げる。あわてて私はポーズを止めた。
「違います。そういう意味ではありません」
 いかに私が否定しようと、記者会見の出席者や司会者、報道陣には伝わらなかった。ましてや、怒り心頭に発している暴君竜には言うべくもない。
「今ここで白黒つけてやってもいいんだぞー!」
 私に掴みかかろうとする暴君竜の巨体をスタッフや警備員が数人がかりで押さえる。まるで灰色熊に襲いかかられたようなショックを受けて、私はしばらく酸素が吸えなかった。あらためて、自分を省みる。なぜ、こんなことになってしまったのだろう。あれは、今から1週間ほど前のことだった。


「石岡先生は右肩に力が入ってますね」
 大塚克美が私の右腕を前方に伸ばしながら言った。彼の整体を受けるようになって、もう3カ月になる。デスクに向かいっぱなしの毎日なので、定期的にケアしてもらおうと通い始めたのだ。大塚は元々、総合格闘技の選手だったらしい。私からすると格闘家は、闘争心剥き出しで、人を威圧するイメージがあったが彼には全くそんな片鱗もない。
「石岡先生、ちょっと質問です?」
「はい。何でしょうか」
「暴君竜という元横綱をご存知ですか?」
「もちろんだよ。暴力事件を立て続けに起こして廃業させられたお相撲さんでしょう」
「その暴君竜と僕が戦うとしたら、どっちが勝つと思います?」
「えーっ、ムチャな質問だなあ」
 そのときの私は、大塚が単純に雑談に興じているだけだと思っていた。
「大塚君の現役時代を知らないからなあ。でも、体重差がすごくあるから、暴君竜には勝てないんじゃないの」
「やっぱりそう思われますか」
 大塚の言葉には落胆の響きがあった。
「でも、僕は戦います」
「えっ……」
「大晦日に暴君竜と戦うんです。『ビッグバン・バトル』リングの上で」
 思わず私は施術台から起き上がった。大塚の身長は私と変わらない。中肉中背で100キロもないだろう。
「本当に?」
「ええ、先ほどプロデューサーの溜来さんから連絡がありました。正式決定です」
「だ、だけど……」
 私の頭一杯に疑問符が湧き上がる。一番大きな疑問は大塚の知名度で、なぜ選ばれたのかである。大晦日の格闘技イベントといえば、視聴率のしのぎを削りあう重要なテレビ番組である。その中で、元横綱というブランドを持つ暴君竜の総合格闘技デビュー戦の相手に、大塚には失礼だが無名の、それもすでに引退している選手を選ぶのは理解できない。
「現役のプロ選手には相手がいなかったんです。みんな尻込みしてしまったそうで……」
 私の疑問を察したのか、大塚が説明した。実は『ビッグバン・バトル』に暴君竜が正式に参戦を決定したのは、ほんの3週間前。その後、対戦相手の交渉に入ったのだが、現役の有力選手はすでにカードが決定しているか、あるいは他局の番組に出るか、さらには、暴力のハリケーンである暴君竜との対戦に難色を示す者ばかりだったという。
「そこで、痺れを切らした溜来プロデューサーは1週間前に『暴君竜の対戦相手』を公募したんです。ところが応募者は少なく、そのうえ冷やかし半分がほとんどで、真面目に対戦を熱望したのは、僕を含めて数人。オーディションを受けて、運良く僕が選ばれたわけです」
「それはすごいね。だけど、どうして、そうまでして……」
 私の第二の疑問である。なぜ引退したはずの大塚が暴君竜との対戦に固執するのか。
「理由はこれです」
 大塚は一枚の写真を私に見せた。そこには青い目の白人女性が写っている。
「彼女の名はレーナ・スベロフスキー。私の恋人です」
「キレイな人だね。でも、このレーナさんと暴君竜とどんな関係が……」
「暴君竜の本名はドラゴ・スベロフスキー。つまり、レーナのお兄さんなんです」
「えーっ……」
 私はあらためてレーナの写真を見る。暴君竜は、まさにティラノザウルスといった風貌だが、彼女はレリーフに彫られた女神のようだ。
「貧しかったレーナの家は、暴君竜が大相撲で活躍することで生活を潤しました。そして両親を亡くしたレーナにとって、暴君竜は兄であり、親でもある。異国である日本でたった二人の兄妹は、固い絆で頑張ってきたのです」
「なるほどねえ……」
「僕はレーナを真剣に愛しています。だから、ただ一人の肉親である暴君竜に何度も結婚の許しを請いました。しかし、彼はいつも『オレを倒したらレーナをくれてやる』ばかり。そのチャンスが来たんです」
「あ、いやあ、でも……」
 大塚の愛情表現は、どこかでコースを外れている気がする。
「ご心配なく。リング上で僕だとわからないように、覆面を着用することをプロデューサーに認めてもらいました」
「覆面…?」
「そうです。ミステリーマスクです」
 大塚は、出来上がったばかりの覆面を私に見せた。

つづく つづく
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