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頑張れ!石岡君
石岡君、年末の格闘技大会に出る 1 「石岡君、年末の格闘技大会に出る」1 優木麥 石岡君、年末の格闘技大会に出る 1

   
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 記者会見の当事者になるなんて想像したことはなかった。
 仕事柄、昼間は家にいることが多いので、我が家のテレビはワイドショーやニュースを流しつづけている。だから、さまざまな記者会見を目にしてきた。野球選手と女子アナの婚約発表、サッカー日本代表の凱旋帰国会見、あるいは不祥事を起こした有名人の謝罪会見など。いずれにせよ、記者会見なるものは、私にとって画面の向こう側の出来事だったのだ。ほんの10分前まではそう信じていたのに、なぜか今、自分が記者会見の当事者になっている。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
 司会を勤めるのは、早朝のニュースで見かける若手アナウンサーだ。
「大晦日に東洋テレビが総力を挙げてお送りする格闘技イベント『ビッグバン・バトル』の直前発表の会場にようこそ」
 カメラマンのフラッシュが一斉に焚かれる。私は目を伏せずにはいられない。眩しいという理由が一番だが、この場にふさわしくない自分にいたたまれず、という思いが強い。
「すでに新聞紙上などで発表されたビッグカードの数々。皆様、期待に胸を膨らませておられると思います。この場を借りまして、出場選手の皆さんに試合に向けての意気込みを語ってもらいますので、よろしくお願いします」
 司会者の説明どおり、明日の大会出場者が長テーブルにズラリと並んでいる。熱心な格闘技ファンではない私でもその顔と名前を知る選手ばかりだ。
「キックボクシングの最高峰ゴールドチャンピオンシリーズで史上最多の4度優勝を果たしたアサメシワ・トースト選手。元ハリウッドのアクションスターで恵まれたアスリートとしての能力を格闘技に生かしたオブ・サッテ選手。さらに柔道の金メダリストでありながら新たなる挑戦を総合格闘技に見出した友坂秀士選手。まだまだ強豪選手が居並び、私にまで緊張感が伝わってきます」
 司会者が名調子で雰囲気を盛り上げている。その言葉は決して大げさではなく、ここに並んだ選手達は、格闘技の分野だけではなく、ドラマやCMなどでも引っ張りだこの人気者ばかりだ。自分でも信じられないのだが、その英傑だらけの長テーブルの真ん中に私は座っている。
「さらに、今大会のメインイベントを飾る超弩級のカード。元横綱・暴君竜選手と、謎の覆面格闘家・ミステリーマスク選手の間にも静かな火花が散っております」
 私は滴る汗を拭いたい。しかし、今の私は覆面姿。額や頬に冷や汗が流れるままだ。黒地のマスクで目と口の部分だけが空いている。そして、額には大きく赤でエックスのマーク。これがミステリーマスクの覆面である。
「では、まず暴君竜選手から明日の試合に向けて抱負を伺います」
 司会者に質問を振られたのは、私から一人置いて隣に座る暴君竜。半年前に角界を廃業したばかりの横綱だ。ロシア出身の初の横綱で、破竹の快進撃で至高の地位を獲得したが、生来の暴力癖が改まらず、スキャンダルを起こし、角界から石もて追われるように去った札付きの暴れん坊。その彼が不機嫌そうに私を睨むと、マイクを握る。
「オレはガキの頃から、自分の居場所がなかった」
 高校の頃から、相撲留学生として編入されてきたため、流暢な日本語を操る。
「スポーツをすればあれをしちゃいけないのルールだらけ。相撲に馴染んだかと思ったら、品位がどうのこうの。結局、オレを受け入れてくれるのは、ルール無用のこのリングだけってわけだ」
「い、一応……総合格闘技もルールはありますけど……」
 突っ込みを入れた司会者を暴君竜はひと睨みで黙らせる。
「オレにとってケンカがやれればそれでいい。まあ頭突きやヒジウチは禁止みたいだが、相撲よりは禁止ワザが少ないしな。思う存分に暴れられるってわけだ」
「では、明日が総合格闘技のデビュー戦ですが、不安はないと……」
「そんなもん、あるわけねーだろ。まあ、ちょっと心配してるのは、そこのお面ヤローがビビって逃げちまわないかぐれえだな」
 暴君竜の鋭い目が私に向けられた。とても正面から視線を合わせられない。まさに野獣だ。動物園の檻の中の虎があんな食いつきそうな目をしていた。
「わかりました。では、対戦相手のミステリーマスク選手にも伺いましょう」
 司会者が私の側にやってくる。一気に心臓の音が撥ね上がった。暴君竜は明日の試合に逃げないかを心配していたが、私はいまここで逃げ出したい。
「まず全てが謎に包まれた覆面格闘家のミステリーマスク選手ですが、なぜマスクを着用しているのですか?」
 当然、投げかけられるであろうこの質問に対しては、あらかじめ答えの打ち合わせをしてあった。
「私は他の分野で少々、顔を知られております。格闘家に転身するつもりはなく、この試合だけ限定出場なので、失礼ですがマスクを着用させていただきました」
「ほう、その顔の知られている分野とは?」
「それは言わぬが花でしょう」
 ここまではシナリオ通りなので受け答えもスムーズだ。ところが、この後から司会者のアドリブの質問が相次いだ。
「プロとして格闘技の試合に出た経験は?」
「ありません」
 正直に答えると、報道陣が一斉におーと騒ぐ。内心で私はマズイと感じていた。明日、実際にリングでミステリーマスクとして戦う大塚克美はバリバリの格闘家。仮の立場の私が何も正直に自分自身のことを話す必要はないのだ。
「ということは、暴君竜選手と同様、明日のリングが格闘技のデビュー戦と考えてよろしいのですか?」
「いえ、すみません。訂正します」
「はい。何でしょう」
「ミステリーマスクとしての出場経験はない、という意味です」
「なるほど。素顔でのプロとしての試合経験があるんですね」
「ノーコメントです」
「では、得意な格闘技は何ですか? 打撃系ですか。それとも寝技系?」
「どちらでもないですね」
 意味がわからないのでそう答えるしかない。
「すると、オールラウンドに戦えるというわけですか?」
 この質問のオールラウンドの意味を私は“フルラウンド”とカン違いした。大塚はフルラウンド闘えるスタミナを持っているので、自信をもって肯定してしまう。
「はい。闘えます」
「自信満々と言ったところですね」
 司会者の言葉を遮るように、暴君竜が吼える。
「ふざけやがって。相撲時代から稽古嫌いのオレが血のションベンが出るぐらい、練習してるんだぞ」
 プロデューサーを挟んでの暴走に、私は震え上がってしまう。
「てめえ、どれぐらい練習してるんだ」
「どうでしょうミステリーマスク選手。この一カ月間でどれぐらい練習されましたか?」
「な、何も……」
 恐怖に打ちのめされそうだったが、私は声が震えないように細心の注意を払って答える。
「何もしてません……」
「お、驚くばかりの自信であります」
 司会者が声を張り上げる。また私は自分自身の立場で受け答えをしてしまった。
「大物の風格さえ伝わってくるミステリーマスク選手ですが、正直言って謎ばかりです。ファンも何か秘密に迫りたいと願っています。どうか最後に明日の試合に向けての謎を解くヒントをください」
「いえ、それはちょっと……」
 明日、試合をする大塚の情報を漏らすことはできない。私が重要ではないと思ったひと言が、対戦相手にとっては弱点を知るきっかけになる可能性がある。この一対一の真剣勝負に賭けている彼にとって不利になる行為は慎むべきだ。しかし、司会者は引き下がらなかった。
「暴君竜選手の相撲時代の取り組みの映像は多数残っています。また公開練習も行なってきました。かたやミステリーマスク選手だけが経歴も、格闘スタイルも全てシークレットでは、あまりに不公平ではありませんか」
 そう正論をぶつけられると、私は否やとは言いにくい。隣に座る溜来(ためらい)プロデューサーも助け舟を出す。
「明日のイベントの前評判にも関わります。なにか謎のヒントだけでも、このフリップに書いてください」
 双方に迫られて、私は頭を抱える。何を書けばいいのか。迷った末、正直に明日ミステリーマスクとして試合をする「大塚克美」の名前をヒントにすることにした。もちろん、そのまま書けないのでイニシャルだけ書く。
「書けたようなので、フリップを上げてください」
 司会者の合図とともに私がフリップを上げる。報道陣がどよめいた。口々に驚きを口にしている。
「これは……驚きました。ミステリーマスク選手がフリップに書いたのは…『KO』です。なんと、明日の試合に向けて暴君竜選手にKO宣言をしました」
「あ、いや……」
 うかつだった。私はあわててフリップを引っ込める。
「ぶっ殺してやる!」
 暴君竜の怒声が響く。

つづく つづく
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