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頑張れ!石岡君
石岡君、怪盗と対決する 4 「石岡君、怪盗と対決する」4 優木麥 石岡君、怪盗と対決する 4

   
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「怪盗ゲットハンドレットの正体がわかったとは本当ですか?」
 集合した記者達は口々に私に質問を投げてきた。誰もが、興味と疑惑の感情が半々といった表情だ。無理もない。昨夜、マスコミを使ってゲットハンドレットに公開挑戦状らしきものをぶちあげたにも関わらず、横綱無敵砲の百勝目を守ることができなかった。
「具体的な人名まで判明しているのでしょうか」
 代表する形でベテラン記者がICレコーダーのマイクを突きつけてくる。
「論理的推論と、特殊な情報を総合的に判断しまして、ゲットハンドレットは仕事を引退すると断言できます」
「えっえ……!!」
 記者が驚くのは当然だ。隣にいた里美まで目を丸くして、私を見つめている。
「そ、それは確かなんですか?」
「ええ。間違いありません。明日の朝刊の見出しに使っていただいて結構です」
「しかし、何か根拠を提示していただかないと……」
「そうです。第一、すでに新たな予告状が届けられているんですよ」
「へーっ…」
 私は知らなかった。ゲットハンドレットの活動が終焉に近づいていることには確信があったが、イレギュラーな事態は避けられない。
「誰のところに届いたんでしょうか」
「漫画家の白井亮二先生です。今回もターゲットを指定していて、連載百回目の原稿を盗むと予告しているんです」
 私は二秒も考えなかった。
「では、今度こそゲットハンドレットの手から宝を守ってご覧に入れましょう」
 一番大きな声で驚きを表したのが里美なのは痛快だった。
            
「石岡先生は極端すぎるのよ」
 タクシーに乗ってからずっと里美は私を責めつづけている。ゲットハンドレットの正体を掴んだとか、もう事件は終息するとか、次の宝は必ず守るとか、無責任な発言だらけだったと言うのだ。
「昨夜までは、奥ゆかしすぎてイライラするぐらいだったのに、今度は大言壮語の連発。もう少し加減ができないの?」
「心配しなくても大丈夫だよ」
「そんなノンキな……あれだけのマスコミの前で堂々と宣言しちゃったんだから、今さらゴメンなさいでは済まないわ」
「……かもね」
「困った人。とにかく、白井先生の漫画原稿は何が何でも守らないと面目丸潰れなんだから……あれ、この方向で合ってるの?」
「白井先生は後回し。まず行きたいところがあるんだ」
「なんで? 悠長なことをしてると、盗まれちゃうわよ」
「心配しないで。まだその百本目の原稿は生まれてないんだよ。警戒するのは、白井先生が原稿を完成させてからでいい」
「ま、まあそうだけど……。どこに向かってるの」
「万田さんの屋敷さ」
 私はそう答えて車窓を見る。里美はお手上げのポーズをした後は黙る。やがてタクシーは万田の屋敷に到着した。思えば、私と今回の事件はここから始まっている。万田に依頼を受けて、ゲットハンドレットにお宝を強奪された。緒戦の敗北が後々まで尾を引いてしまった。
「石岡先生、ちょうど良かった。こちらからご連絡しようと思っていたところですわ」
 予想外の訪問だったが、万田は満面の笑みで迎えてくれる。
「奥さんの百子さんにちょっと確認したいことがありまして」
「そうですか。とにかく奥にどうぞ」
 万田に応接間に通される。里美も無言で続いた。ソファで待っていると、百子が入ってくる。昨夜は、彼女に変装したゲットハンドレットによってすっかり騙されていたらしい。
「実は、昨夜のことなんですけど、事件があったとき、奥さんはどちらにいらしたんですか?」
 私の質問に、百子はハンケチを手にしながら答える。
「二階のベッドで休んでおりましたら、突然、窓が開く音がしました。すぐに誰かが部屋に入ってきた気配がしまして。灯りを点けようとしたら、口元を布で覆われたんです。何かの薬品の匂いがしましたら、私は気が遠くなってしまって……。気が付いたらみなさんに囲まれていたんです」
「つまり、賊は警備の手薄な二階から侵入したとおっしゃるんですね」
「そうです。こちらの心理の盲点を突かれました」
「それはおかしいですね」
 私の言い方に、百子と万田はムッとした顔をする。
「ゲットハンドレットが百子さんに変装したとすると、男女どちらであったとしても身長は小柄な部類になる。ぼく達はあの日、ゲットハンドレットが応接室に入ってきてから間を置かずに外を探し回っています。もちろん、奥さんの部屋の下や外も目にしている。ところが、梯子やロープなど、二階に侵入した形跡は発見できませんでした。近くに大木があるわけでもない。では、どうやって2階の窓から侵入したのか」
「その方法を見つけるのが探偵さんの仕事でしょう」
 万田がかろうじて笑顔を保ちながら言った。
「盗まれた李朝時代の壷は、盗難保険に入っていたそうですね」
「そ、そうですが……」
「他のコレクションにも盗難保険をかけてらっしゃるんですか」
「か、かけてあるものも、ないものも……」
「なぜ、あの壷が百個目のお宝なのでしょうか?」
「た、たぶん、ワシがコレクションした百個目ということではないでしょうか」
 万田は私から視線をそらして葉巻に火を点けようとするが、その手は小刻みに震えている。
「昨夜、ぼくたちが外に出ているときに、百子さんに変装したゲットハンドレットは、どんな風に襲ってきたんですか?」
「い、いや、だから、いきなりガツンと殴ってきて……」
「それで、壷を抱えて逃げ出したわけですか。ブラウス姿で?」
「ワシもその瞬間は見ておらんわけですから……」
「万田さん。疑問だらけですね。ハッキリ申し上げておきますが、盗難保険が下りるための書類へ、ぼくは署名する気はありませんから」
「な、なんですと……」
「ゲットハンドレットの名を悪用して、ひと儲けしようとするたくらみには協力できません。それでは、悪しからず」
 私は里美を伴なって万田邸を後にした。
「ビックリしちゃった。最初の事件は、万田さん夫婦による狂言だったの?」
 里美の言葉に私はうなずく。
「世を賑わす怪盗が現れると、よくある話なんだ。相手が正体不明だから、自分たちの悪行をそいつの仕業にしてしまおうとね」
「じゃあ、無敵砲の百勝目を盗んだのは…」
「あの事件の真犯人は、柳刃だよ」
「当日、無敵砲と対戦予定だった力士ね。でも、彼は食中毒でダウンしたって……」
「体のいい対戦拒否さ。無敵砲の取り組みは荒っぽいからね。強烈な張り手を食らいたくなくて、何とか回避したい。そこで、百勝目の勝利を盗むなんて手の込んだ予告状を作成したのさ。君も指摘してたけど、予告状にお目当ての宝の名前を入れろという挑発が各メディアに載ったのは、あの日の朝だ。無敵砲への予告状は、その前に出されている。柳刃からすれば、書かずにはいられなかったんだ。百勝目の勝利、なんて特殊な現象を盗ませるには、明記しなければ絶対にわからないからね」
「すごいじゃない石岡先生。だとすると、漫画家の白井亮二先生の百本目の原稿を盗むというのも、もしかしたら……」
「十中八九、自作自演だろうね。アイデアが浮かばないか何かで原稿が書けずに、それをごまかすためにゲットハンドレットに盗まれたことにするつもりなんだろう」
「まったく、何を考えてるのかしら。どうするの?」
「そのことなんだけど、この手紙をビジネスホテル『K』の402号室にいる人物に届けてほしいんだ」
 私が渡した封筒を里美は両手で受け取った。
             
 ノックされたドアを私が開けるとそこには里美が立っていた。
「えっ、なんで?」
 里美は幽霊でも見るような目でこちらを見ている。私のほうこそ、彼女に言いたいことが山ほどあった。
「なんで、じゃないよ。探偵でもないのにゲットハンドレットと対決させられるなんて理不尽だと言って、ほとぼりが冷めるまでホテルのこの部屋に身を潜めていたら、と提案したのは君じゃないか」
「えっ、えっ、えええーー!!」
「気が散るから、新聞もテレビも見るなという言いつけをぼくは忠実に守ってるよ。でも、3日間も読書ばかりしてると飽きるね」
「ねえ石岡先生。確認していい?」
「何を?」
「先生は、この3日間、ずっとこのビジネスホテルの部屋に篭っていたわけ?」
「そうだよ。だって、君がそういうから……」
「待って。お願いだから待って。私は今までゲットハンドレットの事件に東奔西走してたのよ。石岡先生と」
「えっ?」
 今度は私が驚く番だった。
「彼が、本物の怪盗ゲットハンドレット……だったのね」
「ニセモノばかりが横行していて、本人としては許せなかったんだろう」
 しばしの沈黙の後、里美は手紙を差し出す。
「彼から、この手紙を預かってきたけど……」
 私が封を切ると、長文の手紙に書かれていたのは、もう一人の石岡和己が里美とゲットハンドレットの謎に挑む話だった。そして、最後の一文は……。
『私が渡した封筒を里美は両手で受け取った』と結ばれていた。
おしまい 「石岡君、怪盗と対決する」おしまい
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