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頑張れ!石岡君
石岡君、怪盗と対決する 3 「石岡君、怪盗と対決する」3 優木麥 石岡君、怪盗と対決する 3

   
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 人気横綱の百勝目を盗む。理解に苦しむ行動だが、怪盗ゲットハンドレットは今までも余人にはうかがえない価値観で“お宝”を手に入れてきた。
「石岡先生の挑発に乗って標的を明らかにした予告状を出してきたのはいいけど、ちょっと釈然としないわよね」
 国技館に向かうタクシーの中で、里美は首を捻っている。初場所8日目。多良湖部屋の無敵砲は昨日までで、7つの勝ち星を挙げている。この快進撃を維持すれば、今夜の勝利も固いだろう。つまり、幕内に上がって百勝目だ。
「抽象的でわからないよ」
 百個目の品物なら目に見えるが、百勝目などという現象は形のないものだ。
「勝ちを盗むって、負けさせるってこと?」
 里美は自分で問題提起して、続けて答えだす。
「でも、たとえばさ。今夜、無敵砲が負けたとして、それが百勝目を盗むことになるかな。だって、明日勝ったら、百勝目だもんね。盗んだことにならないじゃん」
「うーん……」
 里美の言葉は正論だった。私はできることなら無敵砲の勝ちを守ってやりたいが、具体的に盗まれるシーンがイメージできないのだ。
「ただね。ひとつだけハッキリしていることがあるわ」
「えっ何だい?」
 自信満々の里美の言葉に私は期待を込めて尋ねる。
「犯人である怪盗ゲットハンドレットは、昨夜の記者連中にまぎれて逃げたのよ」
「記者連中? 万田さんの家を出たところで、ぼくたちを囲んだ人たちだね」
「そう。もう少し注意していればよかった。悔しいわ」
「どうして、記者の中にいたと確信できるの」
 私の質問に里美はあきれたという表情をする。
「こんな初歩的なことに推理が働かないのは、困り者ですね、名探偵さん」
「悪いね。まだその称号をもらえるのは先の話だし」
「多良湖部屋に届いた予告状には、無敵砲関の百勝目を盗むと明記してあるのよ」
「そうみたいだね。昨夜、君があんな演説をぶって、怪盗を挑発するから、相手がのってきちゃったわけで……」
「おかしいと思わない?」
「軽々と挑発にのったことは確かに……」
「そうじゃない。大事なのは、予告状がいつ出されたかよ」
 里美はタクシーの運転手に聞こえないように声を潜める。
「私たちが朝食をとっていたときだから、8時過ぎよね。でも、その時点で予告状は多良湖部屋に届いていたの。早すぎると思わない?」
「いや、力士の人達は、朝早くから土俵で稽古をするから……」
「違うの。早すぎると言ってるのは、予告状が届くスピードよ」
「郵便屋さんを使わないから……」
「それはいつものこと。各新聞の記事を見てから予告状を書いたとは、どうしても思えないのよね」
「ああ、だから、あの記者連中の中にゲットハンドレットがいたと言うんだね」
「最初から気づいて。ずっとそう言ってるじゃない」
 ようやく私にも里美の主張が飲み込めた。
「怪盗ってやっぱり変装の名人なんだね」
「ノンキなこと言わないで。でも、昨夜、万田百子さんに化けたでしょう」
「ああ、万田さんの奥さんね」
 不動産会社の社長夫人である百子になりすまして、私たちが詰めていた応接室に入ってきたゲットハンドレット。あまりに大胆不敵な行動に、誰もが本物の百子だと思い、彼女が襲撃されたと混乱したのだ。
「いくら変装の名人と言っても、百子さんは小柄な女性よ。女に化けられるなんて、想像以上にすごいわよね」
「あ、わかった」
 突然、私の頭に閃くものがあった。
「なによ。急に大声を出して……」
「今夜の無敵砲関の百勝目の奪い方がわかった気がする」
「ホ、ホントに?」
「うん。変装の名人ゆえにできることだよ」
 私は胸を張って持論を語った。
「今夜の取り組みの相手は、誰か知ってる?」
「前頭三枚目の柳刃関だけど……」
「彼は、小柄な力士で有名だろ。だから……」
「まさか、取り組み相手の力士に変装して、実際に勝つなんて考えてるんじゃないでしょうね」
「えっ、図星だけど……」
「ありえないでしょう。さすがに」
「でも、ゲットハンドレットは変装の名人なんだよ」
「いくら変装の名人でも、マワシひとつで衆人環視の中、土俵に上がって、横綱と相撲を取って勝つなんてことはできないわ」
「そ、そうかな…」
「大体、そうやって今夜、対戦相手が勝ったとしても、百勝目が先に延びるだけでしょう。さっき議論した問題じゃない」
 私達は、国技館に着くまで、お互いに黙ってしまった。


 国技館に着いた私達は、係員の案内で多良湖部屋の支度部屋に向かう。
「鬢付け油の匂いが凄いわね」
 初めて入る支度部屋に里美は興奮していた。
「あ、どうも。私が多良湖親方です」
 紋付袴姿の多良湖親方は審判員も務めている。私達は、すでに彼が浮かない顔をしていることに気づいていた。
「どうしたんですか、親方」
「いやあ、それが……」
 多良湖親方は言いにくそうに頭を掻いている。
「実は、もう盗まれたみたいなんですわ」
「えっ…?」
 里美と私は同時に声をあげた。猛烈に嫌な予感がする。
「盗まれたって、まさか……」
「ええ、無敵砲の百勝目です」
「どういうことですか」
 道中の車内で議論してきた“百勝目”をどう盗んだのだろうか。
「本日、無敵砲と対戦予定だった柳刃が、食中毒でダウンしまして…」
「というと、つまり……欠場ですか?」
「ええ、無敵砲の不戦勝になりました」
 多良湖親方はバツが悪そうにこちらを見ている。前回の万田邸では、その場にいながら何もできなかった。しかし、今回は現場に到着した時点で、すでにことは終わっていたのである。
「記念すべき百勝目ということで無敵砲は気力漲っておりましたからね。あっさりと不戦勝になっちまって、肩透かしです。それで、彼は『まるで勝ちを盗まれたようです』と脱力しておりました」
 多良湖親方は深々と頭を下げた。
「せっかくご足労いただいたのに、申し訳ありません」
「いえ、それはいいんですけど……」
 私の胸の奥にほのかな火が灯っていた。
「ああ、しょうがないわね。帰りましょう石岡先生」
 里美の言葉に答えず、多良湖親方を呼んだ。
「ゲットハンドレットの記事のために集まったマスコミの方々に話したいことがあるのですが……」
「構いませんが…」
 多良湖親方は怪訝な様子だ。里美も目を丸くして私を見ている。
「石岡先生、何を考えているの」
「今度は、ぼくが爆弾発言をするよ」
 私にしては、過激な気持ちが胸に宿っていた。
つづく つづく
…
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