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頑張れ!石岡君
石岡君、湖の怪物を探す 3 「石岡君、湖の怪物を探す」3 優木麥 石岡君、湖の怪物を探す 3

   
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 「君が作ったって…」
 真奈美の衝撃の告白に私はのけぞってしまう。千龍湖に住むという竜神ガ・ジアスを信じる壮吉の孫娘、真奈美。祖父が「ご神体の一部」と崇めているウロコは、彼女が作った真っ赤なニセモノだと言うのだ。
「もちろん、実際に製作したのは美大生のお兄さん。何とかFPとか、ビニールとかいう素材で作ってくれたの。キレイなデザインも施して……」
「何で、そんなことを?」
「最初は軽いイタズラのつもりだったのよ。オジイチャンが湖に行く日に、先回りして、見つけやすいとこにウロコを置いておいただけ。すぐにバレると思ってたのね。そしたら、ウロコを手にしたオジイチャンはホンモノだと信じて、小躍りして……」
 真奈美は顔を伏せる。良心の呵責が徐々に重くのしかかってきたのだろう。
「すぐにニセモノだと見破ると思ったオジイチャンが喜んだままで面食らったけど、こっちまで幸せな気分になっちゃったのね。だから、その後もちょくちょくウロコを用意して、オジイチャンに見つけさせたの。だって、だって……こんなことになるなんて思わなかったんだもん」
 真奈美は両手で顔を覆うとその場にしゃがみ込んだ。なぜか私は自分が泣かせてしまったような気がして、おろおろとしてしまう。少女が泣く姿は、大人を不安にさせるものである。
「大丈夫だよ。誰も傷つかない形にできるんだから。ぼくも協力するから」
 真奈美が真っ赤な目で私を見上げる。
「ありがとう石岡先生。オジイチャンがすぐにウロコを取りに行かないように、何とか粘ってね」
「うん。任せておいてよ」
 自分が自分を信じられないのに、安請け合いしていいのだろうか。しかし、真奈美の涙に濡れる瞳で見つめられては、一肌脱がないわけにはいかない。そこへ、壮吉達がやってくる声と足音がした。すでに論戦は始まっているようだ。
「今日こそグーの音も出ないほどやっつけてやるわい。竜神様のウロコの威光に打たれるがいいわ」
「ここでは簡単な見立てしかできませんので、是非ともお預かりして検査機器の整った施設に運びたいんですけどね」
「それはならんと言うただろう。あくまでもこの家の中から持ち出さないことが条件じゃ」
「井上君、心配しなくてもそんな本格的な検査をする必要性はないよ。きっと手に取った瞬間に吹き出すようなシロモノだろうからさ」
 最後に話した人物が大学教授の野尻なのだろう。壮吉に続いて、白衣を着たメガネをかけた若者、彼が「井上君」であり、野尻教授が連れてきた検査技師に違いない。そして、3番目に恰幅のいい、長髪の紳士が姿を現す。
「あらら、これはお嬢さん。お爺さんのみじめな姿をお見せしたくないから、今日は遠慮してくださいと申し上げたのに」
 野尻になぶるような視線を浴びせられても真奈美は毅然とした態度を崩さなかった。先ほどまで泣いていた少女と同一人物とは思えない。
「こちらは、ミステリー作家の石岡和己先生。今日はオジイチャンの助っ人として協力してくれるの」
 真奈美に背中をポンと叩かれ、私はズズッと前に出る。野尻は初めて私に気が付いたかのような目でこちらを見た。
「おやおや、ミステリー作家ですと? それは想像力の逞しい方を選ばれたものだ。湖に巨大生物がいるかどうかは、純粋に学術的問題なのに、ドラゴンの神話的系譜などを講義してくださるのですかな」
 嘲笑する野尻に対して、普段の私なら怯んでしまうところだ。しかし、今の私は彼と対等にやりあう論客を演じなければならない。壮吉にウロコを取りに行かせずにこの場に止め、真奈美の援護をする必要がある。
「1938年にコモロ諸島で7000万年前に滅びたと思われていたシーラカンスが捕獲されました。そして、97年にはそこから1万キロ離れたインドネシアの海でもシーラカンスが見つかって大騒ぎになったんですよ」
「ハッハハハ。何を持ち出すかと思えばシーラカンスですか。科学や人間の知覚する領域は完全ではない。だから、この地球上に未知の生物は存在するでしょう」
 野尻はどっかりと座布団の上に腰を下ろすと、断りもなくタバコに火を点けた。
「ただし、それは微生物や昆虫などに限られる。もはや新種の哺乳類が見つかる可能性ですらきわめて低いのに、巨大生物など夢物語もいいところだ」
「し、しかし、ネッシーにしても、あれだけ多くの人の目に触れられて……」
「何を言っているのかな。世に言う“外科医の写真”がインチキだと本人が自供したのは知っているだろうね」
 野尻は鼻にもかけないという態度だ。しかし、私は引き下がれない。なにしろ、白熱の議論に持ち込まない限り、壮吉がウロコを取りに行ってしまう。なにげなく周囲を見ると、すでに真奈美の姿はなかった。うまくこの場から抜けたようだ。あとは彼女が戻ってくるまで全員をこの場に引きつけておかなければならない。
「その一枚の写真は確かにイタズラでした。しかし、一枚がウソだから他の写真も全てウソと言い切るのは乱暴でしょう。ネッシーを撮影した写真は他にも多数あるはずです」
「話にならんお粗末なものばかりね。コブだか波だかわからんようなボヤッとしたものだらけじゃないか。ネッシーの全身を写した決定的な写真などこの百年間でただの一枚もない」
「えーい、もうガマンならん。ネッシーは知らんが、竜神ガ・ジアスなら確かにおるのじゃ。その証拠を突きつけてやるわい」
「お待ちください」
 立ち上がろうとする壮吉を私は慌てて止める。いま彼にウロコを取りに行かれては全てが破綻するのだ。
「せっかくぼくがお力になりに来たのですから、もう少し任せてください」
「しかし、ウロコなら、この学者先生をギャフンと言わせられるんじゃ…」
「それは、最後の切り札ですよ。水戸黄門の印籠みたいなもので、いきなり見せたら野暮じゃないですか」
 時代劇にたとえたのは、功を奏したようだ。壮吉は浮かしかけた腰を再び下に降ろす。
「そうじゃな。竜神様のウロコを軽々しく見せるのも安っぽいの。まずは石岡先生のお手並み拝見と行くか」
 私はホッと胸を撫で下ろす。だが、野尻を食い止めるのは至難の技のようだ。
「この文学先生と私とでは、知識量というより、立っている次元が違う。とても議論になるとは思えないがね」
「ネッシーは首長竜とは限りません」
 私は持てる知識を総動員するつもりでいた。
「ネッシーはネス湖に住む巨大生物の名前であって、別に首長竜と限定する必要はないんです。だから、太古に滅びた首長竜の生存の可能性が低いからといって、ネス湖に巨大生物が棲む可能性までは否定できないはず……」
「巨大生物とは、首長竜の他にどんな生物の可能性があるのかな」
「……宇宙人とか…」
 私の答えを聞いた野尻は腹を抱えて笑い出した。
「ハッハハハ。石岡先生、あなたのイマジネーションには感服するよ。私も人並み以上にはネッシーの文献や仮説を探ってみたが、宇宙人などという説はお目にかかっていないからね」
 私は顔から火が出そうだった。
「巨大ミミズ説、巨大ウナギ説、巨大アシカ説にターリーモンスター説など多々ある中でもユニークな説だよ、あなたのは特にね」
「と、とにかく巨大生物は太古から生き残ってきたのではなく、現存する生物の進化、あるいは突然変異による……」
「ありえないのだよ石岡先生」
「えっ……」
 野尻の自信タップリの断言に私は気圧される。
「ロイド・スコット氏のマラソン」
「何ですか、それは…?」
「あなたは無知な上に、新聞も読まんのかね。今年の9月末から10月9日までかけて元消防士のロイド・スコット氏がネス湖の湖底をマラソンしたのだ。潜水服に身を包んでな」
 私は初めて知る事実だった。野尻はあきれ顔で言う。
「走り終えた後、スコット氏は記者団にこう語っているよ。『ネッシーはいなかった』とね」
 まるで判決を下す裁判官のように野尻はそう言った。
「さあ、不毛な議論はここまでだよ。今度は竜神のウロコとやらを拝見しますかね。元々それを目的に来たのだから」
 野尻の挑発に、壮吉は真っ赤な顔をして立ち上がる。私はどうしたものかと中途半端に腰を浮かせた。そこへ真奈美が戻ってくる。ウロコの確保は出来たのだろうか。
「言葉でゴチャゴチャ言いあっても、結論なんか出ないわ」
「お嬢さん、議論を否定するとは、これはまた乱暴な……」
「千龍湖に行きましょう。実際にその目でガ・ジアスを拝ませてあげる」
 真奈美の発言に野尻は目を丸くする。私も同様だった。ガ・ジアスを見せるなんてことが可能なのか。私と目が合った真奈美はウインクしてきた。何か非常に悪い予感がしてならない。
つづく つづく
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