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頑張れ!石岡君
石岡君、歌舞伎町で朝まで過ごす 6 「石岡君、歌舞伎町で朝まで過ごす」6 優木麥 石岡君、歌舞伎町で朝まで過ごす 6

   
…
 「アタシ的には、焼肉って感じかな」
 ほのかは小首を傾げた。彼女の笑顔はそれなりに魅力的だが、私の視線は右手に握られた財布から外れない。ほんの1時間前までは私の手の中にあった物と、ようやくめぐり合えた気分だ。
「石岡さん、真面目だよね」
 目が釣りあがったように見えるキツめのアイラインをひいた顔が近づいてくる。
「タコ焼き屋さんとか、オムライス屋さんとか、会員カードにちゃんとスタンプを押してるんだね」
「うん。貯まっていくのが楽しみなんだ」
「アタシなんか、いいやいいやで使っちゃうからさ。こういうカードとかポイントを貯めていくのは苦手なの」
 ほのかは屈託なく笑っているが、私は息苦しい。彼女には言わなければならないことがある。断固として言うべきなのだ。なにしろ私は被害者である。日本は法治国家だ。盗難に遭った以上、その犯人に対して文句のひとつを言う権利はあるだろう。第一、財布が目の前に有るにもかかわらず、いまだこの手の中に戻ってきていない。
「石岡さん、どうしたの?」
 言い出すまいか否か迷っている私の様子をほのかは不審に思っている。
「そんなにお腹が空いてないんだったら、うどんでもいいよ」
「いや、あのその前にさ。聞きたいことがあるんだ」
 私はほのかから視線をそらす。瞳を見たままでは、どうも言いづらいのだ。なぜ彼女は私の財布を盗んだのだろう。
「えっ、なになに。個人的な興味で? 面白い質問なら答えちゃうよ。だって、石岡さんはアタシを助けてくれたんだから」
 先ほど路上でホストに絡まれていたほのかのトラブルに首を突っ込んだ動機は、自分でも定かではない。普段の私の行動原理からはもっとも遠い行為である。ほのかが私の財布を持っていたからとか、か弱い女性が威圧されていたからとか、それらしい理由はいくつも挙げられるが、どれも違う気がする。
 別のホストがOLと見られる二人連れと談笑している。向かいのビルから和服の女性と腕を組んで出てきた年配の男がタクシーに乗る前に、彼女と抱擁する。ここは歌舞伎町なのだ。男と女、欲望とお金が渾然一体となってうごめいている。
「あっ、ちょっと待ってね」
 ほのかは前から歩いてきた外国人女性と挨拶を交わす。なにやら話した後、別れ際に二人は「マイペンライ」と口にした。
「ゴメンね。前に働いていた店の同僚の子なの」
 ほのかが傍らに戻ってくる。私は「マイペンライ」という言葉に聞き覚えがあった。コンビ二のレジに並んでいたとき、今の女性と同じような外国人ホステスから聞いた。
「ねえ、マイペンライって何?」
「タイの言葉で『ケセラ・セラ』みたいなもんね」
 ほのかはコートのポケットから携帯電話を取り出すと、着信メールを確認する。
「大丈夫、平気、なるようになるさ、って意味かな」
「そうか。なるほどね」
「タイの人は何かっていうと『マイペンライ』だよ」
 私はひとつ勉強する。いい言葉を教えてもらった。
「それが質問なの?」
「えっ……」
「石岡さんが私に聞きたいことって、それなの?」
 ほのかに問いかけられて、自分の質問を思い出した。とにかく、まず私の財布を返してもらってからの話だ。何となく会話の流れが進行しているが、本来なら私と彼女は被害者と加害者なのだ。
「実はさ、ほのかちゃん……」
「ちょっと、いいですか」
 私の質問は遮られた。振り向くと、「巡回」の腕章をつけた警官が二人、立っている。
「何でしょうか」
 警官の目は和やかなそれではなかった。非日常の場面に遭遇した私は言葉が震えてしまう。
「お聞きしたいことがあるのですが」
 鋭い目をした若い警官が近寄ってくる。
「お二人はご一緒ですか?」
「あ、はい……」
「どちらへ行かれます?」
 警官は矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
「あ、あの食事に……」
「失礼ですが、君の年齢は?」
 警官がほのかに尋ねた。そういえば、私も彼女の年齢を知らない。いや、年齢に限らず彼女のことに関して私は知らない事だらけだ。
「ウザいなあ、いいじゃん。なんでも」
 ほのかは不機嫌な声を出す。
「君、質問にはちゃんと答えなさい」
 この手の返答には扱いなれているのか、警官の口調は変わらない。
「ほのかチャン、答えたほうがいい。やましいところはないんだから」
 私の言葉に、ほのかはこちらを見た後、口を開いた。
「20歳だよ」
「証明するものを見せられる?」
「ねーよ、そんなもの。持って歩くわけないだろ」
「じゃあ、カバンの中を見せて」
 警官は事務的に言葉を続けていく。私はハラハラして成り行きを見守るしかない。
「なんでだよ。嫌だよ」
「見せなさい」
「ウザイよ。関係ねーだろ」
「悪いことしてないなら、見せてもいいじゃないか」
「嫌なの、やめろよ。なんで職質かけてくんだよ。他にも悪い奴らいっぱいいるだろ。そいつらを取り締まれよ」
「私は君に言ってるんだ。カバンの中身を見せなさい」
「あ、あの……」
 またもや私は口を挟んでしまった。面倒なことになるのをわかっていながら、どうして今日は黙っていられないのだろうか。
「彼女が何か、カバンを見せなければならない理由があるのでしょうか」
 私の質問に警官はこちらに向き直る。
「あなたは?」
「ぼくは石岡というもので……」
「彼女とはどういう関係ですか?」
 いま一番聞いて欲しくない質問だった。私とほのかの関係は何なのだろう。自分でも説明できない。正直に言うなら、財布を盗んだ者と、盗まれた者ということになるが、警官の前で言ったら、彼女は一巻の終わりである。
 いや、ほのかと出会うまでは、私は警察に被害届けを出そうとしていたのだ。お互いに本来の立場に戻ったと考えることもできるが、今の私にはとても納得できない。
「と、友達です」
 搾り出すような声で私は言った。ウソではない。総合的に判断して、もっとも私とほのかの関係を表すのにふさわしい言葉だと思う。ほのかの口元がフッと緩んだように見えた。しかし、警官はそう感じてくれないようだ。
「友達ってずいぶん年齢差のある間柄だね。どこで知り合ったの?」
 いつのまにか質問の仕方が露骨になっている。たぶん、彼らは、私とほのかの関係を邪推しているに違いない。
「どこって……それはつまり…」
「どうしたの。すぐ答えられるでしょう」
 警官はかさにかかって攻めてくる。
「正直に言いなさい。ウリで立ってるところに声をかけたか、店から連れ出したかじゃないの?」
 何も違法行為をしていない私達に対して、あまりに下卑た言い方に、耐えられない衝動が胸を突いた。
「失礼でしょう、そんな言い方は……」
「図星なんだろ。いいから、カバンの……」
「石岡さんは父の友人よ!!」
 ほのかが叫ぶ。警官は馬鹿にしたように笑った。
「じゃあ、確認するよ。お父さんの名前は?」
「稲垣重蔵」
 警官の顔から笑顔が消える。私もその名を知っていた。与党の大物代議士である。
「いいわよ、確認しても」
 ほのかの表情には何の怯みもない。事実を語っていることを証明している。

つづく つづく
…
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