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頑張れ!石岡君
石岡君、投資について考える 4 「石岡君、投資について考える」4 優木麥 石岡君、投資について考える

   
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「これからは世界に投資すべきだと、サカモトキンパチも言っている」
 ボブは自信満々にそう言ったが、たぶん“坂本竜馬”と勘違いしているのだろう。しかし、とてもその誤解を指摘する雰囲気ではない。タンマリ投資ネットワークの社長であるボブと、マネージャーの河野、そしてフランス人のシルビアは、トン汁に端を発した口論が、なぜか私に何の投資をさせるかの勝負で決着をつけることになった。読者の方には意味がわからないかもしれない。なにしろ私自身、まだ判然としない。単に花見に参加しただけなのに、いつのまにか主旨がすりかわっていた。
「世界の株式、世界の債券に投資すれば、大儲け間違いないね」
「いや、あの……」
 私の意志とは無関係に事態が進行している。
「石岡先生、日本の金融商品はいいものでも、年間の利回りが1%前後。だけど、世界に目を移せば、5〜6%は当たり前。南アフリカのランド債ファンドなんて13%だよ」
 ボブは目を輝かすが、私の目は閉じたい気分だ。
「世界市場に投資しよう。とくにこれからのねらい目は、オーストラリアね。年間4〜5%の成長率を保ってるんだから、すごいでしょ」
「世界、世界って騙されてはダメですよ。石岡先生」
 河野が必死に割り込んできた。
「利率が高いのは、エマージング・カンパニー。つまり新興工業国が多いんです。こういう国はいくら利回りがよくても、政治的、経済的に不安定要素が多くて、下手をすれば債券なんかパーになる危険性があるんです。デフォルトリスク、債務不履行というんですけどね」
 彼らの言葉の3分の1も私には理解できない。また積極的に理解しようという気もない。
「大体、海外の金融商品に投資した場合、為替リスクがあるんだから、そこも説明しなければアンフェアだろう」
「何だと。いま説明しようと思っていたところね」
 ボブは真っ赤になった顔を私に近づける。
「為替リスクをご存知ですか」
「えっ、いえ………」
 その為替ナントカもわからないし、さっきから聞いている話の大半もわからない。
「海外の金融商品の主流は、その国の通貨で投資するのね」
「あ、はい……」
 まったくその気がないのに、講義を受けつづけなければならないのだろうか。
「アメリカならUSドル、欧州ならユーロ、タイならタイバーツ……など、それぞれの国の通貨で投資をする。だから、現金に換金するときに、円に換えるから、その時点の為替レートが重要になるのよ」
 ボブは青い目で私の顔を覗き込んでくる。思わず、私は何度もうなずいて見せた。
「簡単にいえば、その金融商品を購入したときよりも円安になっていれば、トクをする。これを為替差益と呼ぶね。逆に円高になっていたら損をしてしまう。これは為替差損と呼ぶ。こういうリスクがあることを為替リスクと呼ぶのね」
「は、はあ……」
 ただでさえ、投資にはリスクがつき物という先入観のある私には、またひとつ控えるべき理由が増えた気がする。
「すごくわかりやすい金額で話すね。1個100円で買った金融商品が、3年後に満期が来たとする。そのときに、為替レートが110円の円安になっていたら、トクをすることはわかるね。逆に90円の円高になっていたら損をするわけ」
「は、はい。わかります」
 私は私自身の感情がよくわかる。やるべきではない。早くこの講義が終わってほしい。楽しかった花見に戻りたい。
「アンダスタンドしたということは、海外に投資するのね石岡さん」
「そんな強引なやり方はよくない」
 すかさず河野が異議を申し立てた。
「日本を愛する石岡先生には、利に走る海外の金融商品は合わない。クルマも、アニメも国産に限るんです」
「何を言うか。いま日本で小金を抱えて持っていることが一番のリスクね」
「違う。堅実な投資こそ、石岡先生に適した投資法です」
 ボブと河野が言い合う中で、シルビアも負けじと声を張り上げる。
「ゴールドに優る投資なんかありませーん」
 彼女はニコニコしながら私に話しかけてきた。
「正直におっしゃってください。株式、ファンド、債券、どれもイマイチ、先生にはピンとこなかったんじゃないですか」
「え、ええ。まあ……」
 正直に私は答えた。確かに今までの投資の話はどれも縁遠いものに聞こえている。だからといって、シルビアの話に載るかどうかはまるで別の話である。
「見たことも、イメージもしにくい、そんな商品を挙げられても、石岡先生が面食らうのは当然です。だから、私はゴールドを勧めます」
 シルビアは小型の辞書を取り出した。
「石岡先生、これを手に取ってください」
 言われるままに、私は辞書を手に載せた。
「これぐらいの重さのゴールドが、たったの150万円で買えるんですよ」
 まるで試食品売り場の店員が揚げたてのコロッケを勧めるような言い方だった。私は、今までの人生でたったの150万円などと考えたことは一度もない。たぶん、この先も一生ないだろう。
「150万円は大金ですよ」
「もちろんです。だからこそ、投資する意味がある」
 金額提示の表現が適切でなかったことを知ったシルビアは、すぐに戦略を変更する。さすがに臨機応変である。
「ユウジの金なんですよ石岡先生」
「どなたですか。ユウジさんって?」
 私の返答に一同が爆笑した。
「違います。ユウジとは、有事。つまり、何かことが起きることを指します。いま世界は緊迫しています。こういう時期にこそ、心有る人は資産をゴールドに替える事で、リスクを減らし、将来に備えるべきです」
「ただ、ぼくにとっては今日の生活自体が大変でして……」
「石岡先生、投資するなら最高でも金、最低でも金ですよ」
「いや、にわかには……」
「石岡先生のようなお方が、ゴールドを持たずしてどうなさいます。リアルゴールド、ステイゴールドじゃないですか」
 もはやシルビアの勧誘には、説得力も知性も感じられなくなってきた。いや、私自身がすでに限界である。これ以上、彼らの営業活動に付き合うことは耐えられない。私は決意した。ここでハッキリと何の投資もするつもりはないと宣言するつもりだった。そのとき、私の顔にヒンヤリと冷たい水がかかる。
「あ、雨ですね」
 一粒の水滴は、みるみるうちに数え切れない仲間を連れてきた。スコールのような豪雨である。花見のグループは取るものもとりあえず、四散した。私自身、手近にあった新聞紙を頭の上に広げて、何とか最寄りの地下鉄駅まで辿り着く。周囲を見回すと、あのお花見の仲間は誰もいなかった。妙なコスプレをしていたので、あまり繁華街を堂々と歩ける姿ではなかったことも事実だ。しかし、私は寂しさを感じた。宴はまだこれからだという気分だったからだ。
 それから数日後、神奈川県警から私の家に電話があった。
「タンマリ投資ネットワークという会社をご存知ですか」
「ええ、一度お花見をしたんですけど……」
「ああ、やはり。そのとき、石岡さんは彼らにお金を渡したりしませんよね」
「渡しました」
「え、渡してしまったんですか。それは残念でした。彼らは全国で犯行をくり返している詐欺グループなんです」
「へえ、そうだったんですか」
「一体、いくらお渡しになったんですか。被害総額を教えてください」
「500円です」
「はっ?」
「お花見をしたときに、会費で500円を支払いました」
 事実である。ただ、あのとき雨が降らなかったら、いくら支払うことになっていたかまではわからない。私にとっては、まさしく恵みの雨だったのかもしれない。
つづく おしまい
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