島田荘司 on line
on line top Weekly Shimada Soji top
頑張れ!石岡君
石岡君、選挙出馬を要請される 1 「石岡君、投資について考える」3 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

   
…
「金融投資の初心者は、投資信託が一番です」
 河野はビール瓶を構えたまま、ズイズイと前に出てきた。このお花見の宴会のビニールシートの上に来たとき、私は楽しいひと時が過ごせると感じていた。開放的な気分に浸っていた。ところが、共に宴を盛り上げるべき参加者は、もう一杯と酒を勧めるのと同じくらい熱心に投資を勧めてくる。正直に言って辟易している。
「投資信託なら、石岡先生の資産を膨らめることができますよ」
 河野は私の反応の薄さに関わらず、矢継ぎ早に話をくり出す。
「なぜ、投資信託がいいかは、おわかりですか?」
「いや、ちょっとわかりません。ただ、それ以前に……」
「戦う魂、つまり“闘志”信託だからですよ。アッハハハ」
 河野のジョークに、雅代やその他の同僚たちも笑顔を見せる。私はドッと疲れた。誰か、花見酒に睡眠薬を入れてくれないだろうか。
「まあ、それは冗談としても…。石岡先生、金融投資に初心者が二の足を踏むのは、知識と経験がないまま取り組んで、虎の子の資金を無為に失ってしまうのではないかという不安ですよね?」
「ま、まあ……」
「投資信託は、そこをクリアしているんです」
 河野は色とりどりのパンフレットを広げた。
「何しろ投資信託の場合、実際に資金を運用するのは、石岡先生ではなくてプロのファンドマネージャーですから」
「ファ、ファンとマネ…?」
「オフコース。資産運用のエキスパートが、石岡先生に代わって資金を何倍にもしてくれるわけです」
 自信満々に河野はそう言うが、私が堅実に貯めてきた大切な蓄えを見たこともない人物に預ける気にはならない。いつまでも弱気な姿勢でいたら、相手の要求は過大になるだけだ。ここは押しておこう。多少、雰囲気が悪くなっても仕方がない。第一、お花見のムードを害したのは、河野達からなのだ。
「河野さん、あなたがタンマリ投資ネットワークで相応のお立場にあることは理解しています」
「ええ、それはどうも」
「だとしても、ぼくはあなたに運用をお願いすることは遠慮します。ましてや、あなたのファンに預けるなんて言語道断です」
 私の強い口調に、河野は一瞬ポカンと口を開ける。
「あの、資産運用するのは私ではありませんよ。それにファンがいるのは、石岡先生ご自身でしょう」
「いや、でも、河野さんがさっき“ファンとマネージャー”に預けるとおっしゃったから……」
 その言葉で河野は爆笑した。雅代達もお腹を抱えてケラケラ笑っている。
「いやあ、お見事。さすがにベストセラーをお書きになる作家先生は、ジョークも冴えておられますなあ。さきほどの私のギャグなど霞んで見えますよ」
「ジョ、ジョーク……?」
「失礼しました。一応、ご説明申し上げます。投資信託を運用するのは、ファンとマネージャーではなく、ファンドマネージャーです。投資信託のことをファンドと呼ぶのです。それを運用するからファンドマネージャー」
 私は赤面した。本当に勘違いしていたのだ。しかし、すぐに思い直す。この場で投資の素人は私だけなのだ。門外漢なのだから、専門用語を知らなくて当たり前である。
「投資信託は、何十人、何百人という投資家の方々から集めた資金によって、株式だとか債券などへファンドマネージャーが分散投資するんです。このメリットは、個人ではとても買えないような資金を動かせることと、いくつもの銘柄を買うのでリスクが分散することです。ときには100銘柄ぐらい買いますからね」
「はあ……」
 よくわからなかったが、ここで質問をすると興味を持ったと誤解されてしまう。私はあくまで気もそぞろな表情で聞いていた。
「どうですか石岡先生。手始めに投資信託をお考えになっては……」
「いえ、先般申し上げている通り、ぼくには投資をする気も、資金もないですから、もう勘弁してください」
 本当に耳を塞ぎたくなる一歩手前で、突然、陽気な声がした。
「ヘイ、エブリバディ。プレジデントがリターンしたのに、リアクションがないのは、トゥーバッドな社員ばかりね」
 声の方向を振り返った私は、思わずのけぞってしまう。目の前にいたのは、アイスホッケーのキーパーマスクを被り、皮のベストを着て、右手に赤く染まった幅広のナイフの玩具、左手にコンビニのビニール袋を下げた男だ。
「あ、あの……まさか…」
「紹介します。我が社の社長であるボブ・ケインです」
 河野がボブに私を紹介する。
「オー、ミスターイシオカ。ナイストゥーミートゥー」
「ハ、ハーイ」
 ジャック・ザ・リッパーの扮装をしたボブは私の手をパワフルに握る。雅代はコンビニの袋からビールの缶やツマミを次々に出しながら言った。
「ボブ、買い出しがトゥーレイトね」
「ああ、日本のコンビニのストアマンには私の言葉が通じにくかったネ。もっとニホンゴの勉強、必要」
 私は推測する。コンビニの店員は迷ったのだろう。警察に通報すべきか否か。誰だってそう思う。ナイフを下げて、顔を仮面で覆った大男がレジに現れたら、コンビニ強盗か、それ以外の強盗にしか見えない。


「いま石岡先生に投資ファンドを紹介して……」
「オーノー、ホワイ投資ファンド、ホワイ」
 河野の言葉を遮ってボブは激しく反応した。オーバーアクションで右手のナイフを振り回すので、玩具とわかっていても私はヒヤヒヤする。
「ビギナーには投資ファンドこそ……」
「ノー、ジャパンの商品、もうダメね。エニシング、ノーよ」
 ボブは私の両肩をガシッと力強く掴んだ。
「ミスターイシオカ、スマートにビッグマネーをゲットしたいなら、海外のマネー商品こそベリーグッドね」
「ボブ、それはアンフェアだよ。石岡先生は、私が口説いて、ようやく投資するテンションになっていたんだから」
 いや、再三言うように投資する気はないし、これからも気は変わらないだろう。この決心を変えるには、巨岩を水滴で砕くような気の遠くなる年月の努力が必要になるはずだ。
「ジャパンの景気は最悪ネ。ジャパンのマネー商品にお金使うぐらいなら、その辺のハイスクールステューデントにその資金を渡すほうが、よっぽど未来への投資になる」
「言いすぎだよボブ。確かに日本は不景気だけど、復活の兆しは見えてるんだ」
「政府発表を信じる、オロカ者。ハハハハ」
「何だと、いくら社長でも侮辱は許せない。取り消せ」
「事実、ファクトだから。ノーサンキュー」
 ボブと河野の口論は激しさを増していく。私はビニールシートの上で膝を抱えてまるまっていた。なぜこんな状況になったのだろう。単に桜を眺めながらお酒を飲んで談笑できれば申し分なかったのに……。
「まあまあ、頭を冷やしてよ。二人とも」
 金髪の白人女性が半透明のカップを手に仲裁した。
「トン汁を食べてよ。できたてホヤホヤ」
「お、美味そうだね」
 河野はすぐにトン汁のカップを手にしたが、ボブは怒りの表情でそれを見つめている。
「トン汁、ホワット? ポーク?」
「そうよ。豚肉よ。なんか問題あったっけ。ボブはキリスト教徒でしょう?」
「ポーク、ノー。ビーフがデリシャスじゃないか」
 またまた新たな火種が生まれたようだ。
「別にいいじゃないか。日本では桜を見るときは、ブタ肉と決まってるんだよ」
 面倒臭くなったのか、場を納めるために河野が適当なことを口にする。
「ノー、サクラは馬肉だ」
 ボブの顔は真っ赤である。あまり日本文化に精通していないようで、細かいところを知っているようだ。
「やはり、フランス人のシルビアにナベを任せたのがミステイクね」
「あ、差別発言。許せない」
 シルビアも憤慨している。日、米、仏がいがみあっていた。
「こうなったら、石岡先生に決めてもらおう」
「え、ええ?」
「誰のマネー商品に投資するのか。イエス オア ノー?」
 赤鬼のような表情でボブに迫られても、私は何を決めればいいのかさえわからなかった。
つづく つづく
…
TOPへ ページトップへ

Copyright 2000 Hara Shobo All Rights Reserved