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頑張れ!石岡君
石岡君、ホラー映画を批評する 7 「石岡君、ホラー映画を批評する」7 優木麥 石岡君、ホラー映画を批評する 7

   
…
「今夜は2人以下になると殺される……」
 不吉にもほどがある予言だった。通話が切られた後も、しばらく私は受話器を握ったままである。
「石岡先生、どうしたの?」
 里美が心配そうに私の顔を覗き込む。
「い、いや、あの……」
 私は震える手で受話器を戻す。
「今夜はずっと3人で行動しないとダメなんだって……」
「えっ、何それ。誰からなの」
「あの……『地獄の風は昨日吹く』の監督…」
 そこまで言った私は彼の名前を知らないことに気づいた。同じ監督仲間の沢塚に尋ねようとするが、姿が見えない。
「ねえ里美ちゃん、沢塚さんはどこ?」
「石岡先生が電話しているときに、彼のケータイにバイブで電話がかかってきたの。だから部屋を出て行ったんだけど……」
「そ、それは……マズイよ!」
 私は部屋を飛び出す。
「ちょっと、石岡先生どうしたの?」
「今夜は2人以下の人数になったらいけないんだ。ぼくが死ぬことになるって、電話の相手が言っていた」
「そんなこと真に受けるのはおかしいわ」
「だって、彼は未来からやってきたんだよ。これから起こる事を何でも知ってるんだ。マズイよ。早く沢塚さんを探さないと……」
「待ってよ石岡先生」
 もはや里美の声は私の耳に入らない。一体、なぜこんなことに巻き込まれてしまったのか。部屋から部屋を巡りながら、私は我が身の不幸を嘆いていた。
「沢塚さーん。どこですか」
 必死の呼びかけにも関わらず、沢塚は姿を見せない。これだけ叫んで聞こえないと言うことは、外に出た可能性が高い。しかし、このマンションの外には襲撃予告をした“黒石崇司”が潜んでいるのだ。
「沢塚さーん、危ないんです。僕らから離れたらダメなんですよー」
 2人以下になると危険だと言われたのは私自身だが、もうそんな細かいことを考えられなくなっていた。とにかく、沢塚と合流しなければならない。自作を酷評されて先週、自殺した黒石の怨霊、あるいはその名を語る者がうろついているのだ。
「石岡先生、石岡先生ったら……」
 後ろからついてきた里美が私の服を引っ張る。
「里美ちゃん、あとにして……」
「違うの。こっちに来て」
 必死の表情の里美について私は居間に戻る。そこで、彼女は一本のビデオテープを示した。
「こんなテープ、さっきからあったっけ」
 それは透明なボディのテープだった。私が借りてきた5本のテープ、そして新たに沢塚が持参したディレクターズカット版のビデオはすべて黒いボディである。
「いや……知らない」
「なんかテーブルの上に置いてあったの」
 恐る恐る私は手に取ってみる。ラベルには赤いペンで「見ないと死ぬ」と書いてあった。
「ひ、ひえー」
 あまりのショックに私はテープを取り落とした。
「どうしよう石岡先生」
「もう嫌だ。こんな夜は嫌だ」
 私は両手で頭を抱える。恐怖の連続に、私の神経が耐えられなくなってきている。もう限界に近い。
「どうする? 見ないと死ぬって書いているけど……」
「嫌だ。怖い。怖いんだよー」
「見ましょう。何も始まらないわ」
 ある一線を越えると里美は肝が据わる。
「だ、だけど……」
「見るわよ、石岡先生」
 里美はテープをセットして、ビデオのリモコンを操作した。画面には、黒いフードを被った人物のアップから始まる。
「石岡かずーみー! ここがどこかわかるかー」
 フードに隠れた真っ黒い部分のアップなので、周囲の状況はよくわからない。
「ここは地獄だ。地獄の一丁目なんだ」
 声は、板東圭介を騙った、黒石崇司のものだ。私に何度も電話をかけ、襲撃予告をした人物である。
「この人だわ。マンションの入り口で私に声をかけたのは……?」
 里美の声も固くなっていた。
「さあ、地獄をよく見てみろ」
 カメラのレンズが引いていく。それに伴ない、黒フードの人物が立っている場所の周囲もハッキリし出した。
「あ、あ、ああああーー!」
 私はわけのわからない悲鳴をあげる。黒フードの男が立っているのは、私のマンションの前なのだ。
「えっ、ここは地獄じゃないだと? だったら、もうすぐ地獄に変えてやるさ」
 黒フードの男はそう言うと、マンションの玄関を入っていく。私は「ひっ」と言葉にならない声を漏らした。
「どうしよう石岡先生」
「えっ、えっ、ああああ……」
 私の頭が働かない。襲撃者は同じ建物の中に入ったのだ。警察に連絡するべきだろうか。いや、通報しなければこちらの命が危ない。すでに里美まで危険に晒しているのだ。こうしている間にも一歩ずつ、この部屋を目指して進んでいる。いや、どこかに潜んでいるかもしれない。
「あれっ、まだ映ってる…」
 リモコンで消そうとした里美が手を止める。画面には、黒フードの男が去った後のマンションの様子をとらえていた。そのカメラがグルリと動き出す。一人の男の顔が映し出された。つまり、ハンディカメラで撮影している人物が自分を映したのだ。
「あ、これ……うそ…」
 私と里美は反射的に立ち上がる。
「石岡先生、こんばんは。もう僕が誰だかわかりますよね?」
 黒フードの男を撮影していたのは、さっきまでこの場にいた沢塚だったのだ。私は全身が総毛立つ気分だった。沢塚は最初からこの部屋に潜り込むために、里美と一緒に入ってきたのだろう。だとすれば、彼の手引きですでに黒フードの男もこの部屋にいるかもしれない。
「石岡先生……」
「ぼくらは……3人じゃなかった。最初から2人だったんだよ里美ちゃん。沢塚は襲撃者の仲間なんだ」
「逃げましょう」
 里美に言われるまでもなく、私は彼女と共に脱兎の如く駆け出した。もうなりふり構っていられなかった。もうこの部屋に止まることが危ない。むしろ、廊下に出れば、たとえ襲撃されても他の人の助けを得られるかもしれない。私は無我夢中でドアを開けた。
「石岡先生!」
 廊下には一人の人物が立っていた。私はすぐにドアを閉めようとする。
「待ってください。石岡先生。私ですよ」
 その声に聞き覚えがあった。ゆっくりとドアを開くと、外にいたのは、鳥井である。私にホラー映画5本の批評を依頼してきた人物。「新しい日本文化を推進する会」の会長。
「と、鳥井さん、一体なんで……」
「いかがでしたか。リアルホラー体験コンテストは?」
「何ですって…」
 私には状況が飲み込めない。
「石岡先生。ゴメンね」
 後ろにいる里美が舌を出して謝る。そして、その両脇には黒フードの男こと“黒石崇司”と、沢塚が笑顔で立っている。
「え、里美ちゃん、まさか……」
「すべては演出です。僕達はつねに恐怖の演出を研究しているので、その一環でホラー映画みたいな体験を人にさせて、その恐怖度を競うというコンテストなんです。里美さんにも趣旨を話したら全面協力をいただきまして」
 沢塚が笑って言った。里美は両手を合わせて頭を下げる。
「じゃあ、黒石監督が自殺したとかいう話も……」
「もちろん演出です。実際、僕はここにまだ生きています」
「未来から来たとかいう話・」
「すべてウソです。ゴメンなさい」
 鳥井の横にはコンビニでであった真下総一や、「巌流島心中」の女監督、板東圭子もいた。
「勘弁してくださいよ」
 私はその場にへたり込んだ。ハンパではなく怖かったのだ。
「こんなに全ての演出で怖がってくださったのは、石岡先生が初めてです」
「涼しげなモノどころの騒ぎではありませんでしたな」
 出演者たちは口々に勝手な感想を言っている。
「では、優勝は誰になりますか。誰の演出が一番怖かったですか?」
 鳥井の質問に私は精一杯の答えを返した。
「優劣なんかつけられません。全部、たまらなく怖かったです」
おしまい おしまい
…
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