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頑張れ!石岡君
石岡君、ホラー映画を批評する 6 「石岡君、ホラー映画を批評する」6 優木麥 石岡君、ホラー映画を批評する 6

   
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「零時に襲撃……」
 あまりに現実化してほしくない言葉なので、里美は一旦言葉を切る。
「……なんて意味ではないわよね」
 自分の願望を肯定して欲しい彼女の言葉だが、私と沢塚はすぐに返答できない。 「何を考えてるかわからない相手だからね」
 自作の評価を貶めないために評論家を襲うなら、まだ筋は通る。いや、通るわけもないが、理由としては理解できる。いや、本来、理解してはいけない話だが……。とにかく、今のニセモノの“板東圭介”が私を襲おうと画策している背景が見えてこない。
「でも、本当にこのマンションの前に彼がいたのなら、警戒しないと……」
 私達は手分けして戸締りを確認する。といっても、玄関や窓をぶち破って乱入してくる可能性は低い。
「今夜は誰が来ても、絶対にドアを開けないから」
 私は強く誓った。本心は恐怖に震えているが、里美と沢塚が側にいる以上、あまりみっともない姿は見せられない。一人でなくてよかったと思う。
「一体、何者が何の目的でぼくを襲うんだろう」
「わざわざ他人の監督の名前を語ってまでね。女性監督だとわかればすぐにバレるウソなのに……。ねえ、正体を推理してみようよ」
「無理だよ。彼に関する手がかりなんて……。そうだ。思い出した」
 私は「巌流島心中」のビデオを取り出す。
「沢塚さん。さっきの留守電メッセージでも口にしていましたが、ニセ板東はこの作品に登場しているそうなんです。もしかしたら、沢塚さんなら何か正体のヒントが掴めるかもしれないので、ご覧になっていただけますか」
「わかりました」
 私はビデオを早送りする。ニセ板東が登場するのは、とある山道で武蔵がお通に追いかけられるシーン。この脇を通り過ぎる飛脚が自分だと宣言していた。
「ここらしいです。この飛脚なんですが、顔がわかりづらいかな」
 一時停止ボタンを何度か押して、一番顔が見えやすい画面を選択する。私がリモコン相手に奮闘している間、沢塚の表情が変わっていった。
「ま、まさか……」
「どうしたんですか」
「石岡先生、僕をからかってるんじゃないですよね」
「何の話です」
 沢塚は明らかに怯えていた。私にはその理由がかわからない。
「本当にこの飛脚の役者が自分だと言っていたんですね」
「ええ、さっきあなただって聞いたように……」
「ありえない。そんなことは……」
 沢塚は頭を抱えてつぶやいている。
「あの男をご存知なんですね。ハッキリ言ってください。誰なんですか」
 顔を上げた沢塚は静かに言った。
「彼は黒石崇司。今回、石岡先生が持つ5本のホラービデオの中の1本で『KANOKE』の監督です」
「なーんだ、そうだったんですか」
 私は安心した。ようやく事情が飲み込めてきたからだ。別の作品の監督が、他人の作品に対して異常な思い入れをしたのかもしれないし、他の監督の名前を騙ることで自作の評価が上がるように細工をしたのかもしれない。いずれにせよ、事件の本質が見えてきたことになる。
「そんな気楽な話ではないんです」
 私の思考を遮るように沢塚が怒鳴った。
「危険なんですか。その黒石さんは?」
 私の問いに答える沢塚の唇は震えていた。
「彼は先週、自殺したんです」


「じゃあ、黒石さんは自分の作品が劇場公開されなかったことにショックを受けて、自ら命を断ったの?」
 衝撃的な事実だった。ホラー映画「KANOKE」を自主製作で完成させた黒石は、あちこちに売り込みに回ったが、公開の見通しが立たず、ようやく単館上映の話がまとまりかけていたところで、評論家の酷評が水を差してしまったという。そのため、絶望した黒石は先週、自分のアパートで首を吊ったらしい。
「そんな……」
 私は絶句する。死んだはずの黒石が怨霊となって、私に電話をかけているのか。
「里美さんは、さっきマンションの前でこの留守電メッセージの声の人物と会ったと言っていたじゃないですか」
「ええ、でも、顔はよく見えなかったから、この飛脚の役の人かどうか自信ないわ。どちらとも言えそう」
 里美は気味が悪そうに一時停止した画面を見ている。
「わかります。でも、そのときに彼は『零時まで待つか』と言ったんでしたね」
「確かにそう言ったわ」
「黒石さんが自殺した時間が………零時なんですよ」
 沢塚の顔は真っ青だ。私も腰が抜けそうである。
「で、でも……そんなことはいくらなんでも……」
 嫌な予感がする。私の歯はガタガタとかみ合い始める。
「警察に電話したほうがいいんじゃない」
 さすがに里美も表情が強張った。
「何て言うんだよ。怨霊がぼくを脅して……」
「違うわ」
 里美は気丈な表情を見せる。
「怨霊なんていない。少なくても、石岡先生に脅迫電話をかけたり、私の目の前に現れたりすることはできない」
「だけど、ぼくらは実際に……」
「それは、誰かが黒石さんのイメージを悪用して、私たちに仕掛けているのよ」
 里美は必死で合理的な解釈をしようとしている。
「ホラー作家の僕がこんなことを言うのも妙ですが、まさか本当に怨霊がいるはずがありません。里美さんに賛成です」
 沢塚もうなずいた。少しだけ私はホッとする。つくづく今夜は二人と一緒にいられてよかったと感じる。一人だったらパニックになって布団を被って、ひたすら朝が来るのを待つしかなかった。
「でも、誰がそんなマネを……」
「たとえば、黒石さんの関係者とかはどう? だって、評論家の酷評が彼の死につながったのだとしたら、それを恨んでこういう暴挙に出る動機は十分だわ」
 そのとき、電話が鳴った。私たち三人は一斉にビクッと動く。鳴りつづける受話器を私はゆっくりと取った。
「はい……石岡です」
「先生、さきほどは失礼しました」
 声の人物は、黒石ではない。「地獄の風は昨日吹く」の監督である。彼も、留守電に不可解なメッセージを残していた。なにしろ、自分は未来からやってきた時間旅行者で、地球の破滅を防ぐために映画を製作したと言うのだ。
「すみません。いま取り込んでまして……」
 さすがに妄想家の与太話を聞く気分ではない。
「いえ、すぐに済みます。実は大事な話をお伝えするのを忘れていまして……」
「何でしょうか」
 少しキツい言い方をしてしまう。忙しいと切ってもよかったが、何度も電話されるのもわずらわしい。
「私が未来から来たことはご存知ですよね?」
「ええ、そうおっしゃってました」
「未来に起こることを知っているんです。ですから、警告のメッセージを……」
「手短にお願いします」
今の私は気が長くないのだ。
「今夜はつねに三人でいなさい。二人以下になると、石岡先生は……殺される!」
つづく つづく
…
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