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頑張れ!石岡君
石岡君、ホラー映画を批評する 3 「石岡君、ホラー映画を批評する」5 優木麥 石岡君、ホラー映画を批評する 3

   
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「幽霊を見るような目ね石岡先生」
 事情を知らない里美は無邪気に笑っている。私のノドの奥が渇いていた。危険だという事実を教えなければならない。でも、声は詰まったままだ。
「はじめまして石岡先生」
 里美に同行してきた若い男が笑っている。彼こそは「巌流島心中」なるホラー映画の監督、板東圭介のはずだ。作品批評を引き受けた私に対して、脅迫めいた言動を続け、ついに目の前に現れたのだ。
「とにかく中に入れてよ。いつまで立ち話を……」
「ダ、ダメだ……」
 ようやく私は警告を搾り出せた。かすれがちな言葉だが、必死でくり返す。里美と危険な襲撃者を密室に入れることはできない。
「石岡先生、どうしたの?」
「怖くなんかないぞ……」
 私は“板東”に向かって言った。怯えを見せたら負けだ。居丈高な襲撃者には、決して弱みを見せてはならない。
「なにを強がってるのよ。ホラー映画を5本も一人で観られないって情けない声を出してたじゃない。急に『怖くない』なんて言い出してもカッコ悪いわよ」
 里美は真実を知らない。自分の隣にいる若者は、自作の評価を上げるためなら強行手段も辞さない危険人物なのだ。
「違うんだ。ぼくが気にしているのは君が……」
「私が何なの。怖がるとでも思ってるの?」
 自分を臆病者呼ばわりされたと誤解した里美は声を荒げる。
「いや、そうじゃなくて……」
 思い切って私は危険の内容を告げることにした。
「ナイフで刺されたりとか……」
「知ってるわよ。スプラッター映画というタイプでしょ? 残念でした。たまにテレビで観たりもしてるし、怖がりません。石岡先生は自分が怖がりだからって、私まで巻き込まないでよ。ねえ、沢塚監督」
 里美が隣の若者に同意を求める。私には彼女の無理解が腹立たしかった。
「君は何もわかってな……えっ、いま何て言った?」
「沢塚監督のこと? 石岡先生と約束があったんでしょ?」
 里美に促されて、金髪の青年が私の前に出る。
「今回『黒い月満ちよ』のメガホンを取りました。沢塚です」
 緊張感が緩んだ私は、その場にへたり込みそうになった。


「作品の評価を気にして、監督が襲撃してくるですって」
 私の説明を聞いた里美は、一瞬の間の後、お腹を抱えて笑い出した。
「そんなこと本気で怖がってるの石岡先生?」
「君は板東監督の異常性を知らないから、そんなノンキに構えてられるんだ」
 私はムッとしている。いまは緊急事態なのだ。こうしてソファで話している間に、いつ凶器を手にした板東が乱入してくるか定かではない。
「お話し中、すみません」
 私の対面の席に座る沢塚が口を挟んだ。
「僕は板東監督とは何度かお会いしています」
 私は身を乗り出した。彼と同業者である沢塚なら、もっと板東について知っているはずである。まだまだ情報が少なすぎるのだ。
「お話を伺っていて、素朴な疑問が浮かんだのですが、坂東さんは自作の評価についてそんな非常識な行動を取る方には思えません。むしろ、どのような悪評に対しても受け入れる実作者の見本のような方です」
 沢塚の言葉に私は反論する。
「しかし、実際にぼくは彼から脅迫めいた電話を何本も受けて……」
「ちょっと待ってください」
 沢塚の顔色が変わった。
「いま“彼”とおっしゃいましたが、彼とは板東監督のことですか?」
「そうですけど……」
「その脅迫メッセージを聞かせてください」
 私は沢塚の要求に応えた。留守番電話に録音されている12件のメッセージを再生する。意外な反応を見せたのは、里美だった。さっきまで襲撃者の存在を否定していたのに、実際に脅迫テープを耳にすると、言葉数が少なくなり、思いつめた表情を見せている。対照的に沢塚の表情は明るくなっていった。
「わかりました石岡先生」
 沢塚は私の笑顔を見せている。
「この電話をかけてきた人物は、板東監督ではありません。これは断言します」
「なぜでしょう」
「本物の板東圭介監督は、女性だからです」


 驚愕の事実が判明した。私に「巌流島心中」の好評価を求めて脅迫活動を仕掛けていた男性は、板東圭介ではなかった。沢塚の話によると、本物の“板東圭介”は、40過ぎの女性で、新宿でスナックを経営しているママらしい。彼女は、若い頃に女優を目指していたこともあり、今でもお金が貯まると自分が演じたいために、自主映画を製作している。つまり、「巌流島心中」の佐々木小次郎役の年配の女優が、板東圭介本人だという。もちろん、板東圭介という名はペンネームで、本名は板東圭子。
「よかった。坂東さんが石岡先生に卑劣な脅しをかけているなんて、信じられませんでしたから。これで容疑は晴れましたよね」
 沢塚は喜んでいるが、私の表情は曇ったままだ。当然だろう。確かに板東圭子に関する容疑は晴れた。しかし、依然として私の置かれている状況には変化がない。 「だとすると、脅迫をしている男性は何者なんだろう」
 私は疑問を口に出した。この一晩の間に、10本以上の脅迫電話をかけて寄越している。これは事実である。板東圭子本人はシロであっても、この世のどこかに“板東圭介”を名乗って私を襲撃しようとしている人物がいることは変わらない。
「私……会ったの」
 里美が重い口を開いた。私には発言の意味がわからない。
「会ったって?」
「この留守電メッセージの声の男の人……私、会った」
 室内の空気が一瞬で凍りついた。私は震える唇を無理やり動かすしかない。
「会ったって……いつの話さ?」
 里美が怯えた顔を私に向ける。
「ついさっきよ。このマンションに入る前に……」
「ど、どんな格好だった?」
「帽子を被って、コートの襟を立ててたから、顔はよくわからない。でも、声は間違いなく、この人よ」
「何を話したんだい」
「時間を聞かれたの? 『いま、何時ですか』って」
「それで……」
 私の精神は限界の緊張を強いられている。
「10時半です、と答えたら、『零時まで待つか』って……」
 硬直しそうな頭脳を必死に働かせる。まず事実を整理しよう。やはりニセ板東は、この建物の近くに潜んでいる。そして、私の隙をうかがっているのだ。里美に言った「零時まで待つか」のセリフは、襲撃時間の予告なのだろうか。
「あっ、忘れていました!」
 突然、沢塚が大きな声を出した。私は心臓が止まるかと思う。
「どうしたんです急に……」
「あ、いえ、すみません。お取り込み中の石岡先生にお伝えするのは……」
 沢塚の態度が気になった。もしかしたら、ニセ板東の手がかりを思い出したのかもしれない。私は食らいついていく。
「今はどんな手がかりでもほしい。おっしゃってください」
「いいえ、やめます。聞いたらあなたを失望させます。ハッキリ言って、今の事態には関係ない部分のほうが多いし……」
「構いません。お願いします」
「そうですか。そこまでおっしゃるなら……」
 沢塚はバッグからビデオテープを一本取り出す。
「僕の撮影した『黒い月満ちよ』なんですけど、ディレクターズカット版でお見せしたいと思って持参したんです。まだ本編をご覧になってないといいんですが……」
「それは、どうも……ご丁寧に…」
 私は一気に気が抜ける。そのとき、室内の置時計が零時のアラームを鳴らした。
つづく つづく
…
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