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頑張れ!石岡君
石岡君、ホラー映画を批評する 1 「石岡君、ホラー映画を批評する」1 優木麥 石岡君、ホラー映画を批評する 1

   
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「世の中に“涼しげ”なモノは、めっきりなくなりましたな」
 最初は私に言われているとは気がつかなかった。ある日の散歩の最中、私は風鈴の屋台を見つけ、珍しかったので立ち止まって眺めていた。そのとき、冒頭の言葉が後ろから投げかけられたのだ。
「まさに死に至る文化かもしれませんな」
 私が振り返ると、丸メガネにドジョウ髭、羽織り袴で、扇子を扇いでいる初老の男性がいた。扇子には「火もまた涼し」と大書されている。
「近頃では、風鈴は近所迷惑だとか、音がうるさいと家庭不和になるとか。まったく嘆かわしい世の中になったものですな」
「ぼくは風鈴は好きです」
「ほう……」
「夏は、風鈴とソーメンと、蚊取り線香のイメージです」
「さすがは、古きよき日本人を体現されておられる。石岡先生」
「ぼくの名前をご存知なんですか」
「申し遅れました。私は『新しい日本文化を推進する会』の会長で鳥井と申します」
「は、はじめまして……」
 私は少々、身構えながら答えてしまう。ほんの雑談のつもりが、いつのまにか大騒動に巻き込まれるという経験を数多くしてきた。
「私の言った意味、おわかりですか?」
「えっ、何でしょう?」
「涼しげなモノがなくなったということです」
 鳥井は、私の隣に並んだ。
「あの風鈴もそう。あとは水中花。昔の日本には、見ているだけで涼しい気分になれるもの、つまり“涼しげなモノ”が溢れていたのです」
「なるほど、そういう意味ですか」
「いまや、世知辛い世の中になりました。涼しげなモノでは許されない。実際に温度を下げる効果がなければ、その存在価値を認めてもらえんのです」
 鳥井は寂しそうに言った。私は彼の嘆きに共感できる。本当は冷房は使いたくない。なぜなら、冷房を使うには、室内を密閉しなければならないからだ。あれがどうも精神衛生上、よろしくない。扇風機なら、部屋の窓を開け放ったまま、風を体感できて、自然の風とダブルで心地よい気分になれる。
「私の孫など、水中花をプレゼントしたら『そんな文鎮は要らない』などと言われましたわ。見たことさえないようですな」
「ああ、お察しします」
「石岡先生!」
 鳥井が真剣な表情で、こちらを見る。思わず私は後ずさりしたくなった。
「このまま涼しげなモノが衰退していく風潮を、黙って見ているおつもりですか」
「いや、あの……」
「見ているだけで涼しげな気持ちになれるモノこそ、日本の誇る文化ですぞ」
「ええ、そうかもしれませんけど……」
「どうか、お力をお貸しください」
 鳥井は詰め寄らんばかりに近寄ってきて、頭を下げた。私は困惑するしかない。風鈴や水中花は私も嫌いではないが、振興させるために何をすればいいのか見当もつかない。
「石岡先生のような著名で、日本文化をこよなく愛されている方におすがりする以外、老い先短い私には何の知恵もないのです」
「そうおっしゃられましても……」
「せめて、話だけでも聞いてはもらえませんか?」
 私の背筋にヒヤッと冷たいものが走る。それは、自己防衛本能とでもいうべき感覚だった。
「寄付はしませんよ」
「何ですと…?」
「ぼくは自分の生活が衰退しないように精一杯の蓄えしかありません。ですから、もし寄付をアテにされているのでしたら……」
「そのような下世話な話ではありません」
「じゃあ、名義ですか?」
「名義が何と?」
「ぼくの名前を貸してほしいというような。連盟に名を連ねてほしいとか」
 しばらく鳥井は私の顔をじっと見つめていたが、不意に両手で顔を覆って肩を振るわせた。どうやら泣いているらしい。
「情けなや。石岡先生のお気持ちすら、そこまで荒廃されているとは。もはや日本文化と呼べるものはこの世の中にないのかもしれませんな」
 寂しそうな鳥井を目にして、私はばつが悪くなる。
「すみません。最近ダマされることが続いたものですから、つい…。ちゃんとお話をお伺いします」
 私の言葉に、鳥井はすぐに顔を上げると話し始めた。何とも変わり身が早い。いや、ハッキリ言えば、本当に泣いていたのか疑わしい。
「涼しげなモノは、時代によって移り行く。これは仕方ありません。ですから、私たちの会がやろうとしていることは、今さら風鈴や水中花を復権させようという試みではないのです」
「はい……」
「石岡先生は、ホラー映画はご覧になりますか?」
「いや、あんまり……むしろ苦手なほうです」
「ホラー映画こそ、今の日本文化の新しい“涼しげなモノ”です」
「えっ……」
「石岡先生にも是非、貢献していただきたい」
 鳥井の言葉の意味を私は心の奥底に徐々に染み入らせていく。


 一人暮らしの人間にとって、夜中に放映されるホラー映画のCMは睡眠不足の素である。なにしろ、十何秒間で怖そうなシーンばかりが目に飛び込んできて、その後は確実に眠れなくなる。またストーリーが分からないから、勝手に自分の頭の中でおどろおどろしい物語を組み立ててしまって、さらに恐怖を増殖させる結果になるのだ。
「あの白い服の女性がなぜ『お母さん』と言ったのだろう」
「ヒロインが扉を開けて悲鳴をあげたのは、何を見たからだろう」
 考えるだけで鳥肌が立つ。そんな私だから、ホラー映画を劇場で観ることなどありえない。いや、実際はほんの数回あるが、怖そうなシーンのときは耳を塞いで、目をつぶってしまった。ある映画は冒頭から怖いシーンの連続だったので、上映時間のほとんどをその状態で過ごし、一緒に行った人に感想を聞かれても、まったく内容を覚えていなかった。
 そんな私が、なぜホラー映画の批評をするハメになったのか。例によって、不本意ながらというしかない流れによって、引き受けざるを得なかったのだ。
 鳥井はホラー映画の批評を頼みたいと言う。彼の主宰する会は「ほらほら通信」というホラー映画の批評本を出しているらしい。
「そんなの……無理ですよ」
 私は一刀両断で断るしかない。
「批評するほど作品数を見ていませんし、その技量もないのです」
 私は実作者である。人様の作品に対してどうのこうのとケチをつけることは能力的にも、精神的にもできない。
「作品批評は、そのジャンルを育てる肥料のようなもの。批評精神なきジャンルでは、自己完結に陥り、ジャンル自体が必ず衰退していく」
「いや、でも……それは正しく行なえる方がやるべきであって……」
「失礼ながら、石岡先生は怖がりだと伺っていますが」
「ええ、それは間違いありません」
「ホラー映画の正しい鑑賞法は、怖がること。だとすれば、石岡先生ほどこのジャンルの批評家としてふさわしい方はおられますまい」
「そ、そんな馬鹿な……」
 私は絶句しそうになる。
「極上に怖いホラーが5本ほど、石岡先生をお待ちしておりますぞ」
 鳥井の不気味な言葉が、すでに私には怖かった……。
つづく つづく
…
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