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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡くん披露宴騒動記」3 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
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 それからの私は、もうひたすらに帰りたかった。いや、泣き叫びたかった。出席者の一人一人に頭を下げて詫びたかった。でも、そのどれもできなかった。本当に今日の私は、いったい何しにきたのだろう。これでは結婚式に対し、たちの悪い嫌がらせをしにきたのと変わらない。  ヘアムースならぬ生クリームを髪につけられた正人は、予定よりも早くお色直しをすることになった。針のむしろの私がそれでも主賓席に留まっていたのは、新郎新婦の思いやりが身にしみたからだ。私の大いなる勘違いを彼らは許してくれたばかりか、終始笑顔で振る舞い、司会者から出席者に対して、これも演出のひとつだったと説明してくれた。
 里美から≠いうえお作文を教えてもらった後の私は、確実に寿命が十年縮まった。主賓席は完全にお通夜の雰囲気で、お歴々の方々が、怒髪天を衝いて立腹しているのが肌でわかった。
「退席を要求すべきだ」
 誰かがそう吐き捨てたのが耳に入った。が、私もそう思っているから一言もない。新郎新婦に対して今の私ができる誠意は、閉宴までこの場に身を置くことだけだ。
「さあ、新郎新婦のお色直しも終ったようです。皆さまのテーブルに、キャンドルサービ スに伺います。拍手でお迎えください!」
 扉が開けられ、銀のタキシードと、鮮やかな色彩のドレスに着替えた新郎新婦が入場してきた。各テーブルのキャンドルに火をともしながら、いよいよ彼らは私のすわるテーブルにまで廻ってきた。激しく落ち込んでいる私に、陽子が優しく微笑んで言った。
「先生、楽しいわよ。絶対に気にしないでね!」
 私は涙が出そうになった。今日は彼女たちこそが主役で、みんなからもてはやされなければならない日なのに、私に対して気を遣わせるなんて、なんて罪なことだろう!
「どうですか、石岡先生」
 突然司会者が、マイクを持って私の席の後ろに立っていた。さきほどのドタバタをカバーしようとしてくれているのだろう。私にマイクを差し出す。
「また艶やかなドレス姿になった新婦ですが、ご感想は?」
 私はとにかく気の利いた言葉を添えたいと、頭をフル回転させていた。でも、結局は動転していただけだったようだ。
「あの、本当に素晴らしいマタニティ・ドレスですね」

 私はずっと死ぬことばかりを考えていた。目の前の水割りのグラスに、誰かが毒を入れてくれないものかと祈った。それを一息であおればこの場から消てなくなれるのなら、是非そうしてほしい。いや、急性アルコール中毒で病院に運ばれるのだってかまわない。とにかくここから消え去りたい。
「さて、楽しい催しはまだまだ続きます」
 新郎新婦が席につき、司会者が言った時、まだ続くのかと私は思った。プログラムはまだ先がある。そうなのだ。披露宴は終わらない。私が解放されるのはまだずっと先なのだ。
「新婦の勤務先の同僚の方々が、なんとクイズゲームをしてくださるそうです!」
 今度は晴れやかな衣装に身を包んだOLたち三人が、壇上に並んだ。
「えー正人さん、陽子さん、本日はご結婚おめでとうございます。今日は古代エジプトから伝わるという愛の儀式を行ないたいと思います。ただのクイズですけどね」
 リーダー格の女性が、お手製のボードを掲げた。
そこには〔×メン〕、〔××クラブ〕と書いてある。
「さあ、みなさんはお二人のことをどれだけご存知でしょうか? それを証明することが、二人の愛の証になるのです。このボードはそれぞれ新郎新婦の好きなものを表しています。すなわち、新郎の正人さんが好きなものがこれです」
 彼女が指差したのは〔×メン〕のボード。
「新婦の陽子さんが好きなのはこっち」
 〔××クラブ〕のボードを指差した。
「さて、ではみなさん。われと思わん方は答えが何か挑戦してください。簡単ですよ。見た通りですから」
 クイズ…か。普段の私なら、脳味噌に体操をさせてやろうとそれでも少しは意気込むところだが、今は到底そんな気分になれない。それに新郎新婦に関する知識がないに等しいので、いずれにせよ私には解けないだろう。クイズへの挑戦者が何人か挙手し、マイクで答えるが正解者は出てこない。
 正人の好きだという〔×メン〕は、「おめん」、「そめん」、「ばめん」など出たが、みな不正解。一方の陽子の好きな〔××クラブ〕に関しても、「麻雀クラブ」、「健康クラブ」などさまざま出たが、こちらも正解者は出なかった。
「困りましたね。このクイズは、正解者が出ないとお二人の将来に関わりますよ。さあ、頑張ってください。むずかしく考えなくていいんですよー。見た通りにおっしゃってください」
 再び数人がチャレンジするが、いずれも失敗した。その瞬間、私はテーブルの間を徘徊している出題者の女性と目が合ってしまった。まずい、とあわてて目を伏せたときはもう手遅れだったった。
「そうでした! 私たち、大事なことを忘れているじゃないですか? 日本一、いえ世界一の名探偵である御手洗潔先生のご友人、石岡和己先生がこの席にいらっしゃるのです!」
 女性がつかつか近づいてくるのを見て、私は大声で悲鳴をあげそうになった。この上さらに恥の上塗りをするのはもう堪えられない。しかしそんな私の気持ちを忖度することな く、彼女は満面の笑顔で私にマイクを突きつけるのだった。
「さあ石岡先生。誰も解けないこの難問を、今度も見事に解決してください。お二人が好きなものは何ですか?」
「わかりません」
 今の私は、そう答えるのが最善のはずだった。しかし失地回復の機会を与えているつも りの彼女は、決して引き下がらなかった。
「簡単にあきらめては名探偵の友人の沽券に関わりますよ。ただここに書いてある通りに読んでください」
 私としては、このときもまた、言われた通りにしたつもりだった。しかし私の思考回路は、すでに間違いを犯さないよう、眼前の事象をただ認識するだけのモードに切り替わっていたようだ。
〔×メン〕と〔××クラブ〕、バツがひとつと、バツがふたつ…。
「新郎が好きなのはバツイチメンで、新婦がお好きなのはバツニクラブ」
 一瞬水を打ったように静まり返ったのち、場内は爆発のような笑いの渦となった。
「先生―、不謹慎なジョークはおやめくださいねー。正解はエックスメンと、米米クラブ ですよ」  私の耳には、またしても出題者の女性の声は届いていなかった。ましてや問題の答えなどどうでもよかった。爆笑はまだやまない。私は恐る恐る後方の家族席へと視線を移した。 案の定そこには、くすりともしていない顔がある。新婦の父親、米太郎である。「憤怒」というテーマで彫った彫像のようだ。このままどこかの山門の前に行って立てば、仁王像と して立派に通用するだろう。

 時間が進むのがなぜこんなに遅いのか。三時間近くも披露宴をやっているではないか。早く私をここから解放してほしい。息が苦しい。本当に私の周りだけ酸素がなくなっている気がする。
「さてみなさん。いよいよお待ちかね。歌のご披露といきましょう!」
 私は、この披露宴が永遠に続くのではないかと思いはじめた。
「先生、石岡先生ったら」
 懐かしい声に、私は振り返る。目の前に里美がいた。地獄で仏という言葉がいまほど実感できた時はない。彼女の笑顔が聖母マリア様に見えた。
「先生大活躍―。もうお腹の皮がよじれそうー」
 里美は屈託なく笑い、そう言った。
「冗談じゃないよ。ぼくはもういつ心臓が止まってもおかしくないくらいだ」
 新郎側の友人たちが、長淵剛の「乾杯」を熱唱している。
「ダメよ、またそんな弱気の虫は。先生はみんなを楽しませているんだから」
 全然真実味が感じられない言葉だ。
「それでね、次に私たちが歌を歌うんだけど、石岡先生も一緒にお願いしたいの」
 私は、里美の顔を呆然と見つめてしまった。ずいぶんたってようやく自分を取り戻すと、
「本気で言ってるの? ぼくはもうこりごりだってわかるだろう」
 私は泣きそうな声で言った。
「大丈夫よ先生、大勢で歌うんだから」
「そういう問題じゃないよ!」
「先生も絶対に知っている歌よ」
「とにかくぼくはごめんこうむる!」
 私は本当に悲しかった。里美はどうしてこの辛さをわかってくれないのか。
「では次は、新婦のご友人様一同によるてんとう虫のサンバです」
 司会者の声がする。
「じゃあ後でお願いね、先生」
「本当にぼくはいいから…」
「何言ってるの。先生は今日のMVP選手なのよ!」
 わけのわからないことばかりだった。

つづく つづく
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