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頑張れ!石岡君
石岡君、ヘッドハンターになる 3 「石岡君、ヘッドハンターになる」3 優木麥 石岡君、ヘッドハンターになる 3

   
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「名は一美という悪魔です。なぜ私が身内という言い方をしたかというと、ヤツと私は双子なのですが、どちらも自分が上の存在だと主張していて譲らないからです。だから、私と一美の関係は、完全に均衡する二人であるのです。そのため私たちは子供の頃から仲が悪かった」
 初めて聞く一郎の身の上話だった。
「一美も会社の社長です。『アネキング商事』という商社を経営しています。まあ、包み隠さず申し上げれば、私の会社よりも十倍も大きな会社です。取扱高も、知名度もね。私とヤツはずっと張り合って生きてきました。そして、ついに先月、一美は許されないことをしました。ウチの会社、つまりアニジャ出版のトップ営業マンを引き抜いたんです」
 一郎の目は血走っていた。私も詳しくは知らないが、優秀な営業マンは、どの業界でも重宝される。取引先も、担当営業マンとの人間関係で成立している場合が多いとも聞く。一郎としてみれば、そんな人物を連れて行かれたら、大打撃をこうむることは日を見るより明らかだ。怒るのも当然である。
「信じられますか。自分の会社の方がはるかに大きいのに、私の会社の要となっている社員を連れて行くなんて。きっと札束で頬を引っぱたくような好条件を出したんでしょう。たしかに、転職は自由です。自分の満足する条件の会社で働けばいい。でも、よりによって身内である私の会社の社員に声をかけることはないとは思いませんか。仁義にもとる行為ではないですか」
「ええ、まあ、たぶん…」
 一郎に詰め寄られた私は慌てて何度もうなずく。
「それなら、もうおわかりでしょう。私が一美のアネキングから、優秀な人材を引き抜くことを考える気持ちは?」
「お察しします。ですが、それでは際限がなくなりませんか。たとえ、うまく引き抜けたとしても、また一美さん側に一人引き抜かれるという風に、無間地獄が…」
「話し合いをするにしても、こちらも一人引き抜いた後でなければダメです」
 一郎は譲らなかった。
「単に話し合いを求めたら、こちらは引き抜かれ損ではないですか。ヤツは私の会社を、私自身をナメているんです。要は弱小カンパニーだから、どんなにクレームをつけても実害を与えるようなことはできないだろうとね。断固としてそうではないというところを見せなければならないんです。つまり、アネキング商事からアニジャ出版に移る社員だっているんだという事実を見せつけた後でなければ、話し合いを申し込んだとしても、鼻で笑われるのが関の山ですよ」
 一郎の意見には一理あるが、どうも私には争い事は生理的に受け付けられない。
「事情はわかりましたが、ぼくがお二人の争いに加わるというのは……」
「石岡先生、これは正当防衛なんです。やられたことをやり返す。大義はこちらにあるんです。先生が負い目を感じられることは何一つありません」
「とはいえですね。冷静に話し合うことを先決させた方が…」
「このホテルの13階に部屋を取ってあります」
 突然、一郎の口調のトーンが変わった。
「もし、石岡先生にご助力いただけないとなれば、私一人の力ではとうていヘッドハンティングなどかないますまい。それはイコール、一美に負けるということを意味します。そのときは、自分の部屋から迷わず身を投げます」
「えっ!!」
 あまりに驚いた私はカップから啜ろうとしていた紅茶をむせてしまう。
「本気です。一美に及ばない人生など生きていても仕方ありません。石岡先生には価値なき兄弟ケンカに見えるかもしれませんが、当事者にとっては、自分のアイデンティティをかけた戦いなんです。いかがですか、石岡先生」
「いかがと言われましても……」
「わかりました」
 一郎はテーブルの上の請求書を掴んだ。
「連載の原稿料があと2号分残ってましたよね。私の生命保険から必ずお支払いしま…」
「ダメです。わかりました。お手伝いしますから…」
 私には選択の余地がない。まさかとは思うが、本当に一郎が飛び降り自殺などされたら、たまったものではないのだ。
「ありがとうございます。石岡先生」
 一郎は「新ビジネス」を語るときとはまったく違う笑顔で私の手を握った。

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「ヘッドハンティングの基本は、相手のニーズがどこにあるのか。そのツボを早い段階で押さえることなんです」
 一郎と私は、これから行なわれるヘッドハンティング対象者との面談を前に、作戦会議をしていた。不本意ながら一郎に加勢することになった私は、とにかく初めて尽くしの行為に緊張気味である。
「わかりやすく言えば、相手がポストや仕事における自由度に重い価値を置く人間であれば、いくら収入の良さを説いてみても効果が薄いんです。その逆も同様。だから、その人間が何を欲しているのか、どうすれば満足するのかを面談の初期の段階で掴めれば、勝負あったと言えるはずです」
「質問してもいいですか」
 私には確認しておきたい項目があった。
「アネキング商事が一郎さんの会社の十倍の規模だとしたら、失礼ですけど労働条件では勝ち目は薄いですよね。そのへんはどうクリアするんですか?」
「ごもっともなお尋ねです」
 一郎は自身ありげに笑う。
「確かに私の会社が逆立ちしても、アネキングを上回る条件は提示できません。しかし、人は決して数値的な労働条件だけで転職するのではないんです。プライドややりがいという要素も見逃せません。とくにクリエイターの場合はね」
「クリエイターって?」
「そうなんです。これから会う予定のアネキングの関係者というのは、アネキング商事がヒットさせたキャラクターの生みの親なんです」
「へー、もしかして『かぼちゃ丸』ですか」
 私でさえ知っている有名なキャラクターだった。頭にハロウィンパーティで有名なパンプキンヘッドに似たマスクを被った子供忍者。その「かぼちゃ丸」は、子供はもちろん女子高生や大人にまで人気を博している。
「それはすごい人を引っ張ろうとしてますね」
「やるならとことんやりますよ。こっちはトップ営業マンをやられてるんですからね」
 一郎の目が鋭く光る。
「『かぼちゃ丸』の作者は、御子柴マヤというイラストレーターなんです。しかも、その作者は、石岡先生の大ファンなんですよ」
 私はようやく合点がいった。御子柴マヤのヘッドハンティングに一役買って欲しいというのは、そのためだったのだ。直感的に私は、御子柴マヤとは女性ではないかと感じた。
「マヤさんが敬愛する石岡先生が活躍しているアニジャ出版で、君も才能を思う存分ふるってみないか、と一席ぶつつもりですよ」
 私の存在自体が、マヤの選択を左右するとは到底思えないが、協力すると約束した以上、微力は尽くさねばならない。
「それにしても遅いですね」
 一郎が待ち合わせに指定した時間からすでに15分も過ぎている。そのとき、喫茶店の入り口がガヤガヤとした。私たちが視線を向けると、あまりにも一流ホテルにそぐわない風体の若い男が立っている。赤い髪にサングラス、鋲付き皮ジャンに革製パンツ、そして蛇皮のブーツ。いわゆるパンクロッカーと呼ばれる若者だろうか。
「いいじゃんかよ。知り合いがいるんだって」
 パンクの若者はその異形での入店を拒もうとする店員の制止を強引に振り切ると、店内にズカズカと入ってきた。
「石岡先生、目を合わせたらダメですよ」
 一郎が小声で言う。目線を浴びせていたら、どんな因縁を吹っかけられないとも限らない。私も視線をそらすと、テーブルの上のティーカップを見ている。
「あ、いたいた」
 若者がすっとんきょーな声をあげて、店内を我が物顔で歩き回る。すると、その足音がだんだん大きくなってきた。それと同時に私たちの不安も増していく。
「どうもー、遅れてごめんねー」
 私たちのテーブルのすぐ脇から声がした。覚悟を決めて目線を声の方向に動かした。案の定、先ほどのパンクロッカーがテーブルの前に立っている。
「こんな大層なホテルは初めて来たから迷っちゃってさー」
 若者は私の横に座った。
「あの……あなたが…」
 ようやく一郎が口を開いた。若者はメニューを広げながら、当たり前のように答える。
「そうだよ。御子柴マヤだけど」
 私たちの不安は的中した。果たして、このパンクロッカーのニーズを掴んで、どうやってヘッドハンティングすればいいのだろうか。
つづく つづく
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