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頑張れ!石岡君
石岡君、ヘッドハンターになる 2 「石岡君、ヘッドハンターになる」2 優木麥 石岡君、ヘッドハンターになる 2

   
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 ちょうどよい機会なので、私が商業誌以外にどんな著作活動をしているかをチラリとご紹介してみたい。一応、世間にはミステリー作家という区分で、知っている人は知っているという程度の知名度を獲得した私なので、ありがたいことに、ときどき企業から自社が発刊する社内報や業界紙に軽いエッセイを書いて欲しいという依頼をもらうことは今までもあった。その際に、通常の商業誌からの執筆依頼とは趣を異にする場合が往々にしてあるのだ。
「今年見た映画を10本あげて批評してください」
 こういうタイプの依頼は、私も頑張ってこなすことができる。ただし、一生懸命、記憶をたぐって並べたラインナップを相手がお気に召さないこともないことはない。おずおずと電話をしてきた担当者は、つっかえながら私に伝えてくる。
「石岡先生、すみません。10本のうち3本が去年の作品で…」
「そうでしたか。こちらこそすみません。正直に申し上げると、今年はあまり映画を見ていないので、何とかご勘弁いただけないでしょうか」
「ハイ、もちろん結構です。ただ、その…残り7本のうち4本が5年前の作品で…」
「えっ……!」
「10年以上前の作品が2本ありまして…」
「申し訳ありません。今年見た映画は1本だけでしたか」
「いえ、申し上げにくいのですが、最後の1本は、映画ではなくて、アイドルの主演したTVのスペシャルドラマでした」
 いい訳めくが、この類の失態は決して商業誌からの依頼ではないために、私が手を抜いた結果として起こるわけではない。実際、商業誌に掲載するエッセイでも大同小異の迷惑を編集者にかけているのだ。だが、相手がプロであるからか、私との付き合いが長いためか、問題が表面化しないのである。話が逸れたようだ。私が企業からのエッセイの依頼を受ける場合に困るケースを説明している途中だった。念のために記しておくが、私に小説の依頼をされる企業には、丁重にお断りしている。よくあるのが「原稿用紙10枚程度の短編小説をお願いできませんか」という依頼だ。作家の中には、書き下ろしの長編を定期的に上梓しながら、そういった短編の依頼も器用にこなしている方がいるようだが、私にはとてもやる自信がない。そんな硬軟自在に物語を紡ぐことができる力が備わっていれば、とっくに作家になっているだろう。対外的には「作家」になってはいるが、多種多様な執筆依頼をこなすレベルにはないのだ。
 そんな私が辟易する執筆依頼とは、石岡和己をオールマイティに何のテーマでもサラサラと原稿用紙を埋めることのできる職業作家だと誤解されて発生する仕事である。TVや雑誌で森羅万象についてコメントを発せられる方々と違い、私に語れるテーマは非常に幅が狭い。しかし、そんな事実を知らない依頼主は、次々とそぐわないテーマでの執筆依頼の連絡をしてくる。
「若者のリアリティの感じられぬ人生観について」
「伏魔殿と化した国会について」
「情報社会における女性のプライバシー保護について」
「肉じゃがは、なぜシャンピリアンステーキより美味しいのかについて」
 ちなみに四番目のテーマには、若干興味がそそられないでもなかった。少なくても肉じゃがについて語るほうが、時事問題について語るよりは私にとって等身大の話題である。しかし、私はシャンピリアンステーキなる料理を知らない。もしかしたら、ポメラニアンやダルメシアンのような犬の種類ではないだろうかなどと妄想が広がり、いずれにしてもどちらが美味しいかを判断する資格がないと思って、上の三つのテーマと同様、依頼を受けなかった。今では、実際にシャンピリアンステーキを食べたこともあり、美味しい料理であることは承知している。
「ウーン、ジョークメッセージ入りバルーンか。買いかなあ」
 目の前の一郎が発した声で、私は追憶の彼方から現実に帰還した。

「今なら日本での独占販売権を押さえられるみたいなんですよ」
 一郎は困惑気味の私に構わず話す。さきほどまで、クロマニョン・コインに夢中になっていたのに、もう新しい商品に心を奪われたらしい。明らかな詐欺話が一郎の頭から飛んだのは喜ばしいことだが、その結果新たな火種を抱え込むのなら、いいのか悪いのか私には判別がつかない。一難さってまた一難なのだ。
「それは、どんな商品ですか?」
「いやー、ジョーク好きのアメリカ人らしい秀逸な商品なんですよ。大小さまざまなバルーンを膨らめると、表面に『HELP ME』とか『毒ガス入り』とか、ちょっとブラックユーモアの入ったメッセージが浮き出るんです。その風船を飛ばして遊んだら面白いですよね」
「ど、どうでしょう。マズいんじゃないですか? パニックが起きるかも」
「大丈夫ですよ。本当に毒ガスが入ってるわけじゃないし」
「そういう問題ではないですよ。知らない人が拾う可能性のほうが高いんですから、日本ではウケないと思います。絶対にそう思いますよ」
 珍しく私が言葉に熱意を込めて説得すると、一郎は渋々といった感じでパソコンを閉じた。

「いいビジネスチャンスだと思うんですがねー」
 一郎の未練を断ち切らないと、本当にその悪趣味なイタズラ風船ビジネスに参入しそうだ。
「それで、ぼくに相談があるとおっしゃってましたが……」
 私は強引に話題を戻す。風船の話から離れなければ、一郎の性格からしてサンプルとして千個だけ注文してみたいなどと言い出しかねない。彼とのつきあいのきっかけとなった「叫ぶ商才王!」で創刊号から連載を続けている私は、一郎とは何度か会って食事やお茶を共にしている。そのほとんどの席で、彼は頬を紅潮させながら「時代を変えうる魅力的な新ビジネス」について語るのがつねだった。それこそ食事そっちのけで熱弁を振るう。だから、最初に話していたクロマニョン・コインや、ジョークメッセージ入りバルーンが相談の内容ではないと思う。もし、そのどちらかが懸案事項であれば、あんなにあっさり引き下がることはなく、延々と私に新ビジネスの効用を説きつづけるはずだからだ。
「そうでした。すみません、雑談で時間をお取りしまして。実は、石岡先生にご相談したいことと言うのは、ズバリ、ヘッドハンティングをお願いしたいのです」
「何ですか。ヘッドハンティングって?」
 私には耳慣れない言葉だった。一郎は私の問いが意外だったようだが、即座に表情を引き締めると説明を始めた。
「私どものようなベンチャー企業においては知名度や実績、あるいは創業年数などが、大手企業に劣るため、どうしても優秀な若者が門を叩いてくれにくい状況にあります。もちろん、いまや寄らば大樹の陰の発想は、終身雇用制の崩壊と共に砕かれつつありますが、現状としてまだまだ急成長するベンチャーに若者が殺到するわけではありません。そこで、我々としましては、業務に関連する高度な技術や経験をもつ人材をなんとか確保するために四苦八苦なのです。その中の一つの方法がヘッドハンティングです」
 言葉を切った一郎はトマトジュースを一口飲む。
「ヘッドハンティングとは、まあ平たく言えば既存の企業の従業員に対して、新たに有利な労働条件などを提示して、自社への転職を勧誘すること、とでも言いましょうか。そういった仕事を専門に行なっている人たちをヘッドハンターと呼びます。彼らが主に行なうのは厳密な意味でのヘッドハンティングで、企業のトップクラスのスカウトが中心です」
「あのー、つまり引き抜きということですか?」
 私は素朴な疑問を口にした。
「そうとも言うかもしれません」
 一郎は目を伏せて答える。
「それをぼくがやるんですか?」
「ハイ、是非とも石岡先生にご協力をお願いしたいのです」
「待ってください。ぼくはそんな仕事をしたこともないし、する自信もありません。それに何より、人様から恨みを買うかもしれないことをするのは、気が進みませんね」
 正直な気持ちだった。どこかの会社の社員を引き抜くということは、その人物がいる会社は有形無形のダメージを負うのだ。仕事として成立しているのだから、一概にヘッドハンティングを悪とは思わないが、私自身が加担する気にはなれない。
「いえ、そうおっしゃらずに話だけでも聞いてください」
 懇願する一郎の目は、今日会ってからもっとも真剣な光が宿っている。気まずくなるのを避けようと、私は席を立とうと思っていたが、さすがに彼の目を見たら薄情なマネはできないようだ。
「じゃあ、お話を伺うだけなら…」
「ありがとうございます。石岡先生にヘッドハンティングをお願いしたい対象者は、私の身内の会社の関係者なのです」
 一郎は私への依頼内容を話し始めた。

つづく つづく
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