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頑張れ!石岡君
石岡君、ヘッドハンターになる 1 「石岡君、ヘッドハンターになる」1 優木麥 石岡君、ヘッドハンターになる 1

   
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「ロシア王室家族銀貨だとか、オーストリア帝国のラクサルプ山荘完成記念銀貨などが人気を博してますが、その程度のコインのレア度とは年季が違うみたいですよ」
 私が席に着くなり、一郎が興奮した様子で話し始めた。彼は「アニジャ出版」の社長。規模の小さな出版社だが、歴史モノや生物といったジャンルでのシリーズは好調で、根強い読者に支えられているらしい。ずいぶんあいまいな表現だが、とにかく弱小出版社のようで、書店で出版物を見かけたことがないほどだ。今日の私は、一郎から「相談したいことがある」と新宿の一流ホテルの喫茶店に呼び出された。
「それらのコインがいくら珍しいと言っても、せいぜい数百年の歴史でしょう」
「一郎さん。今日の相談というのは……」
「実は私のところにさる筋から持ち込まれたんですがね」
 一郎は周囲を用心深く見回してから、私に数枚の写真を見せた。どの写真にも数個の石が写っている。どれも大人一人が抱えてやっと持ち上がるかどうかの大きさだ。
「あの……これが、何か」
 私の質問に、一郎はニンマリと笑った。
「さすがの石岡先生でも見抜けないでしょうね。その写真に写っているのは、コインなんですよ」
「はっ…?」
 私はもう一度、写真の石をしげしげと見つめたが、漬物石より一回り大きいタダの石という印象しか受けない。庭石にするには不恰好である。だが、そのいずれでもなく、コインであるとは、どういうことだろう。
「ビックリされるのも無理はありません。そんじょそこらの人工物のコインとは、歴史も格も違いますからね。なんたって、その″クロマニョン・コイン″は少なくても1万5000年以上前の代物なんですよー」
 まるで一郎は憧れの大リーガーにサインをもらった少年のようにはしゃいでいる。
「クロマニョン・コインと言いますと……」
 自分ひとりで突っ走ってしまいそうな一郎に対して、私は何とか事態を把握しようと質問を試みた。
「いやだなー石岡先生も。おわかりのくせに。もちろん、クロマニョン人の使っていたコインという意味ですよ」
 一郎は口に手を当てて声を潜める。私は必死でこの場合、彼にかけるべき適切な言葉を探した。
「その……つまり、1万5000年以上前にクロマニョン人がコインを使って、取引をしていたと…」
「石岡先生、シーっ! 少し声が大きいですよ。その事実が公表されたら、学会が引っくり返りますからね。慎重なるご配慮をお願いします」
「ただ、その…証拠みたいなものはあるんでしょうか。この石がクロマニョン人がコインとして使っていたことの…」
「その点は問題ありません。炭素反応を調べてみても、たしかに1万5000年以上前の石であり、旧石器時代後期のもので間違いないそうです」  もはや、一郎の頭の中ではクロマニョン・コインの存在は歴史的にも、科学的にも事実として刻まれているようだ。
「驚きですよね。私も初めてその事実を耳にしたときは、天地が逆転しそうでしたよ。でも、考えれば考えるほどうなずける要素があるんですよね。石岡先生もご存知でしょ? スペイン北部のアルタミラやフランス南西部のラスコーにある洞窟壁画のこと。その事実ひとつをとっても、クロマニョン人には文化が発達していたことが証明されているじゃないですか。彼らは動物の骨を美しく彫刻したさまざまな道具を用いていたし、落とし穴や罠によってマンモスなどの巨大な生き物さえ獲物にしていたんです。コインの使用ぐらいは全然不思議ではないですよ」
 一郎は目を輝かせる。しかし、門外漢の私が聞いていても、旧石器時代の狩猟生活と、貨幣経済の発達と結びつけるのは論理の飛躍がありすぎる。
「石岡先生はどう思われますか?」
 一郎が私に笑顔を向ける。いま彼が見せているこの笑顔は危険である。誰にとって危険かと言えば、ほぼ九割以上が一郎本人にとって危険であろう。なにしろ、彼は出版社の経営をそこそこ軌道に乗せていながら、他の商売に手を出したがる困った性分の持ち主なのである。一言でいえば″ヤマっ気″が旺盛なのだ。しかも、大儲けしたいという願望が強いというより、自分自身に商才があると信じ込んでいるタイプで、他の人が諫言しても耳を貸そうとしない。だが、私は純粋な一郎が人間的に好きだった。だから、たとえ忌避されるとしても、ここは無駄な投資をしないように耳の痛い話をしなければならないと腹を据えた。
「一郎さん、ぼくの忌憚のない意見を言わせてもらえば……」
「あ、ちょっとすみません」
 一郎は、携帯電話に入ったメールの文面を見て、慌ててテーブルの上にノートパソコンを広げた。
「あの、一郎さん…」
「ちょっ、ちょっとだけ、待ってください」
 一郎は忙しそうにテーブルの上のノートパソコンにメールを打ち込んでいる。私と一郎とのつきあいは一年ほどだ。きっかけは、アニジャ出版で発刊している取次店など取引先に配る非売品の小冊子へのエッセイの連載を頼まれたことにある。
「叫ぶ商才王!」
 小冊子のタイトルを聞いたとき、私は電話口でのけぞりそうになった。
「そうですか。私はどんなエッセイを書けばいいのでしょうか?」
 疑問に思うのは当然である。結局、私の連載エッセイのタイトルは「石岡和己が馬車道を斬る!」に決まった。なにやら生麦事件(文久2年(1862)8月21日に起きた事件。島津久光の行列の前を、イギリス人4人が騎馬のまま通過しようとしたことが発端となり、従士がイギリス人を殺傷した)を連想させるかもしれないが、内容はきわめて穏やかである。というより、むしろ緩やかだ。私が馬車道近辺のお店や風景などを身辺雑記としてまとめて掲載するだけ。企業が要求してくるスケールの大きなテーマとは、まるで別世界の私に合った仕事だと感じている。もちろん、連載の依頼はすんなりと決まったわけではない。最初に一郎が依頼してきたタイトルは「石岡和己が混迷する世界を斬る!」という仰天する代物だった。
「無理です。すみません。ぼくには世界を斬るなんて……とても…」
「わかりました。それでは、アジアを斬ってください。21世紀はアジアの時代と言われていますし…」
「いえいえ、ご勘弁ください。まだ大きすぎて、ぼくには…」
「ならば、日本を斬りましょう」
「まだまだ…」
「関東では、いかがですか?」
「ウーム」
「石岡先生は本当に交渉上手でいらっしゃる。それでしたら、思いきって、石岡和己が横浜を斬る、ではいかが?」
「あの……もう一声…」
「えっ…横浜よりも縮小されるおつもりですか?」
「まあ、馬車道でしたら」
 などというやりとりによって、私の「叫ぶ商才王!」への連載が決定した。不定期刊行の小冊子なので、この一年でまだ五回も書いていない。それでも、創刊号から最新号まで連載を続けているのは私だけだ。他の作家やジャーナリストたちは2号目、3号目で次々と名前が消えていった。無理もない。編集長でもある一郎が要求してくるテーマは、まともに受け止めようとすると原稿化することが非常に困難なのだ。
「創刊号では、エビフライ定食が美味しいとか、インドネシア料理の説明などを情緒たっぷりにお書きでしたが、次号はもう少し普遍的なテーマを取り上げていただきたいのですが…」
 一郎が2号の連載内容の打ち合わせの際、私に言った。
「どんな感じがよろしいでしょう?」
 私の問いへの一郎の答えは恐るべき内容だった。
「たとえば、馬車道が日本経済に及ぼす波及効果というテーマは面白いと思うんです」
 たしかに面白いだろう。執筆者が私であるという条件を外して、そのテーマにふさわしい識者が書いたのなら、私も読みたい。
「そういう高尚なテーマはぼくには少し荷が重いので…」
「いえいえ、私が出したのはほんの一例です。別に『馬車道から発信するグローバル・ビジネス』でも『馬車道と金融不安』『馬車道と政治不信』でも結構です」
 その後も一郎は、政治や経済はもとより宇宙誕生の真理につながるようなテーマまで振ってきたが、残念ながら私は自分の書けるものしか引き受けられない。そもそも私自身、何のテーマでもござれの職業作家ではなく、自分の身の回り半径2m程度の範囲のテーマしか原稿にできない人間である。いくつかの奇天烈で、不可思議で、幻惑なる物語を紡いだ著作を生み出せたのは、ひとえにその時期は、私の生活の半径2m以内に、御手洗潔という希代の人物がいたからこそ為しえただけなのだ。

つづく つづく
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