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頑張れ!石岡君
石岡君、ゴルフコンペに参加する 3 「石岡君、ゴルフコンペに参加する」3 優木麥 石岡君、ゴルフコンペに参加する 3

   
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 ビギナーの私が、なみいる経験者を抑えてコンペで優勝を飾る。シナリオとしては、このうえなく痛快な大団円だが、当事者としては身が縮む思いだ。ましてやゴルフに限らず、運動に関しての素養がゼロに等しい私がそれをやり遂げるなど想像もできない。その事実と、お役ご免を切に願う私自身の無気力な思いを言葉を尽くして説明した。
 しかし、アケミは頑として譲らなかった。参加者連中の奥様の総意の下、今日ゴルフクラブを握ったばかりの私を優勝させる秘策があるという。
「実はですね……」
 アケミは手で口元を押さえて笑う。
「参加者全員の家庭で、朝食に下剤を混ぜますの」
「えっ……旦那さんの御飯にですか?」
「もちろん。汚い話で恐縮ですが、お腹が下ればとても集中してゴルフをするわけにはまいりませんでしょう」
 思い切った手段に訴えるようだ。その原因が自分の愛妻の手料理にあるとは、誰も考えまい。
「やり過ぎではありませんか?」
「いいんです!」
 キッとアケミは目をむく。今までたおやかな女性に見えた彼女の突然の変貌に、私はソファごと後ろに倒れそうになる。
「自業自得なんですから。石岡先生は、ゴルフ・ウイドーという言葉をご存知ですか?」
「いいえ、ゴルフの愛好の度合いを測るんですか。ゴルフウイ度とは……」
「違います。ゴルフ未亡人という意味です。つまり、ダンナがゴルフに熱中するために、年中ほったらかしにされ、まるで未亡人のような妻を指す言葉です」
「はあ、なるほど…」
「納得しないでください。トンデモナイでしょう。許されないはずです。家庭を顧みず、夫婦の時間を持たず、ただゴルフのスコアを上げようと、棒を振り続ける。じゃあ、どうして結婚したんですか。私達は単なる家事、炊事係じゃないんですよ」
「ええ、おっしゃることはわかります」
 私はアケミの迫力に押されっぱなしだ。
「今回のゴルフコンペは、そんな身勝手な旦那達に対して天誅を下すいい機会なんです。お願いです石岡先生。私たち非力な妻達のささやかな反乱にご助力ください」
 ここでNOと答えれば、私自身に天誅が下されそうだったので、仕方なくOKした。だが、いかに彼女たちの協力を得たとしても、ゴルフで私が勝つなんて非現実的だ。いや、それを通り越してコンペの優勝など、残念ながらアケミ達の期待はずれに終わるだろう。
            

 放漫社主催のゴルフコンペ当日。私は世界で1、2位を争うほどの、雨を望んでいた人間だった。しかし、毎度の事ながら神は無情なまでに私の願いを退ける。
「いやー、まったくもって晴天に恵まれたね」
 豪島秀樹が金歯を光らせながら笑う。彼は放漫社から仕事を依頼されている作家のグループのリーダー的存在で、この定例コンペも豪島と、文芸部部長の西尾の二人が中心になって進行している。私はコンペ当日の朝、西尾の運転する車で豪島と同乗してこのゴルフ場に連れてきてもらったのだ。
「え、ええ、本当によかったです」
 まさか台風や嵐にならずに残念などと口に出せるはずもない。
「ワシは、ゴルフに関しては下手の横好きなんだが、ウッドを新調したばかりだからね。早く腕を振るいたくて昨日はよく眠れなかったよ」
「豪島先生、また逸品を手に入れられたんですね」
「いやいや、例のチャンピオンのガリバー・ガッツのモデルを知り合いの店で輸入してくれただけだよ。ハッハッハ。ところで、石岡先生はビギナーだと伺ったが?」
「は、はい…。もう完全なビギナーです」
 まだ1球もまともに打ったことがないのだから、ビギナーとさえ呼んでいいのか微妙である。
「そんなことを言って、こちらを油断させる腹づもりだと見ておるよ」
「滅相もない。本当に、正真正銘のビギナーです」
「まあ、もうすぐわかる話だ。お手並み拝見といこうか」
 西尾と豪島がゴルフ談義に花を咲かせれば咲かせるほど、私はユウウツになる。なにしろ、これほどゴルフに入れ込んでいる連中から優勝をもぎ取らなければならないのだ。本来ならありえない話である。
 受付を済ませ、スコアカードを手にすると、私達はクラブハウスに向かった。
「豪島先生、試し打ちはなさらないんですか?」
「ああ、今日は朝食抜きだったんでね。まずは腹ごしらえだ」
「ちょうどよかったです。実は私も起きてから何も食べてなくて……」
 二人の会話を聞いた私は、驚きから石段につまづきそうになった。
「あっ、大丈夫ですか石岡先生」
「ええ。それより、朝ご飯を召し上がってないんですか?」
 その質問をする私の顔は青ざめていたかもしれない。自宅に来て私に優勝を依頼したアケミは、確かに「コンペ当日の朝食に下剤を混ぜる」と言っていた。ところが、実際は豪島と西尾の二人は朝食抜きでゴルフ場に姿を現した。
「私は編集部に泊まったものですからね」
「ワシは徹夜明けだよ。女房がとにかく何か口に入れていけとうるさかったが、ここのクラブサンドイッチは結構イケるんでね」
 豪島のグルメ談義は私の耳に入っていなかった。強豪二人の体調を狂わせるという算段は早くも崩壊している。正直に言えば、そんな卑劣な手段を利用するのは、私の本意ではないが、アケミをはじめとする貞淑な妻達の苦渋の日々を思えば、あえて毒を食らうという心境だった。また実際、それだけ極端な反則行為に打って出ない限り、私がコンペで勝つことは不可能だ。
「おー、来たな」
 豪島が手を挙げて大声で呼ぶ。にわかにクラブハウスが騒がしくなった。6人のポロシャツ姿の男達がテーブルに現れたのだ。彼らが今回のコンペの参加者である。
「豪島先生、西尾さん、早くから気合が入ってますなあ」
「皆さん、ご紹介します。本日のニューカマー、石岡和己先生です。もちろん、ご存知だと思いますけど」
 西尾の紹介で、私はあわてて立ち上がると一同に頭を下げる。
「これはまた強豪選手の参戦ですなあ」
「いえ、今日初めてボールを打つんです。よろしくお願いします」
 私の言葉に、一同は腹を抱えて笑った。
「石岡先生はジョークが上手い。ラウンド中は、控えてくださいよ。空きっ腹に応えますからね」
「空きっ腹なのかい」
 豪島が一同を怪訝そうな顔で見る。
「豪島先生が、朝食抜きだとスコアがいいと指導してくれたじゃないですか。女房がシツコくて、朝食は要らないと断るのがひと苦労だったんですから」
 またもや驚愕の事実である。なんとコンペの参加者は全員、それぞれの妻が一服盛った朝食を口にしていないのだ。
「いや、あれは体に悪いみたいで辞めたよ」
「あ、ホントだ。サンドイッチを摘んでらっしゃる」
「だから、みんなも朝飯を食べるといい。ここの払いはワシが持つから」
「ご馳走様です」
 参加者はテーブルについて、それぞれモーニングセットを注文した。私は頭を抱えたくなる。完全にベストコンディションのプレイヤーを相手にどう戦えというのか。ブービー賞さえ至難の業だろう。

「皆さん、まだですか。お待ちできるのは、あと5分間が限度ですよ」
 キャディ達が仏頂面でティグラウンドで抗議している。西尾が真っ青な顔で頭を下げた。
「すみません。でも、どうしたんだろう。みんな急にお腹の調子が悪くなりまして……おっ…」
 私は複雑な思いでその様子を眺めている。クラブハウスで朝食を済ませた豪島をはじめとする一同は、いざティグラウンドに出ようとしたときから、1人、2人と下腹を押さえて姿を消していった。あっけにとられるほど短時間で人数が減ったのだ。
「どうしたんだろ。もう我慢できん」
 相当こらえていたが、ついに豪島もクラブを置いて走り出す。事情を飲み込めない私が呆然としていると、キャディの一人が私に近づいてささやいた。
「石岡先生、こちらの抜かりはありません」
「えっ、あなたは…?」
「奥様の方々からお話しをいただいて、本日の協力をさせていただく石川と申します」
「じゃあ、豪島先生たちが食べたサンドイッチには…?」
 私の問いに石川が大きくうなずく。
「よかった。ぼくは食べないで」
「分量がわからなかったのですが、ちょっと多目だったかもしれませんね。あんなに効果てきめんだとは思いませんでした」
「このままだと今日のコンペは中止ですね」
 私は体の調子を崩した豪島達に同情しながらも、分不相応な試合を強いられずに済みそうなことに安堵する。
「いいえ、お一人、特別招待の選手がおられると聞きましたので、その方だけは参加するんじゃないでしょうか」
「でも、たった2人でコンペも何も……」
「あ、いらっしゃったみたいですよ。えっ…!」
 石川は目を見開いて硬直している。彼女の驚きの意味がわからない私が振り向いた。そこにはサンバイザーを被った白人の若者が立っている。
「ナイストゥーミートゥー」
 笑顔で握手を求められ、私も精一杯の笑顔で応える。白人は英語で話しかけてくる。ドギマギする私の横で、石川が通訳してくれる。
「今日はお手柔らかにお願いします、だそうです」
「こちらこそ。ぼくはカズミ・イシオカと申します。あなたのお名前は?」
 相手が反応する前に石川が即答した。
「プロゴルフ界の新鋭、ガリバー・ガッツ選手です」
つづく つづく
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