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頑張れ!石岡君
石岡君、ゴルフコンペに参加する 1 「石岡君、ゴルフコンペに参加する」1 優木麥 石岡君、ゴルフコンペに参加する 1

   
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「ゴルフは紳士のスポーツ。つまり、石岡先生のためにあるとも言えるのです」
 西尾は手にしたケータイのアンテナで私を指す。ここは、都内の一流ホテルのティーラウンジ。着信音が鳴らないようにバイブモードにしてあるのだろう。すぐに反応するために、手で握っているに違いない。やはり出版部の部長ともなれば、忙しい身。その彼がわざわざ私に時間を割いてくれている。しかも、その目的は、2週間後に開かれる放漫社主催のゴルフコンペへの誘いである。
「ゴルフ規則にこうあります」
 西尾がケータイを握るのとは反対側の手でハンドブックを開く。
「規則に関する争点について適用できる規則がないときは、公正の理念に従って裁定しなければならない、のです」
 厳かな顔で西尾が読み上げる間、私はアイスティーを口にする。
「相手プレイヤーと接触するわけでもない。同じボールを打つのでもありません。ゴルフは本来、自分自身がボールをひたすら打ち続ける孤独なスポーツです。それゆえに気高いのです」
「は、はい……」
「その孤独さは徹底していますよ。コースに出たら、自分に同伴しているキャディ以外の人物にアドバイスを求めることはできません」
「えっ……」
 そのように厳しい世界なら、優柔不断な私にはますます無縁の世界である。
「仲間内のプレイだからとルールをないがしろにした場合は、合意の反則として、全員が罰を受けることさえあります」
 ゴルフが好きな人は多いだろうし、これからも増えるだろう。だが、私がその中の一人になることはないようだ。
「大変にありがたいお話なのですが、ぼくはゴルフをやったことがありませんし……」
 これから先もやることはないだろう。私のゴルフに対するイメージは、企業の重役クラスのビジネスマンが仕事の交渉のためにやったり、お正月に大物タレントがハワイでプレイするものだ。とても、私に似合うジャンルではない。
「やはり、ウチの出版社からご著書を出していないことが引っかかりますか?」
 放漫社の出版部長である西尾は寂しげな表情を見せる。
「違います。ぼくはゴルフクラブを握ったことさえないので……」
「先ほども説明しましたが、ウチの新春コンペは、いつもお一人の新規メンバーを加入して行ないます。その効用は今まで実証済みです。常連作家の先生方の交友関係も広がりますし、ウチとしましても、以降のビジネスにつながる。ですから、こう申し上げては恐縮ですが、ゴルフの腕自体は問われません」
「おっしゃる主旨はわかりますが、まったくのド素人が参加するのは、さすがに他の先生方への迷惑になると思います」
 正直に言えば、私はゴルフをやりたくない。始めようとも思わない。ましてや、見知らぬ人ばかりの中でプレイをするなど、とてもご免蒙る。
「石岡先生はご謙遜されています」
 西尾の目が何もかも見通していると語っている。
「お聞きしていますよ。年末のK社での忘年会の件」
「はっ…?」
 即座に私にはわからない。
「見事なパットをお決めになったそうですね」
 ようやく合点がいった。西尾が言っているのは、昨年末のK社の忘年会の余興におけるパッティングゲームのことである。パッティングゲームとは、2m50cmほどの人工芝のシートを広げ、ゴルフのパターでゴルフボールを打って、ホールに入れる遊びだ。
「あれは、まぐれにもほどがありまして……」
 私は慌てて否定する。
「そうやって誇らないのが、石岡先生の紳士たるゆえんですね」
 勝手に西尾は感心しているが、私は赤面するしかない。確かにその忘年会の席上、私がパットを決めて商品であるDVDレコーダーを手にしたことは事実だ。それは否定しない。しかし、それがゴルフに対する才能の片鱗だとか、以前にも経験があったことだなどという類の与太話は断固拒否する。
「たまたまなんです。まったくの偶然、まさにビギナーズラックでした」
 私は強調した。
「むしろ、ボールが入ってしまったことを後悔しているほどです」
「ほう、それは、またどうしてです」
 西尾の疑問に私は素直に答えた。場が白けたからだ。
「パターを初めて握ったぼくがパットインしたので、会場が微妙な雰囲気になりました」
 今でも私は転がったボールがホールに入ったときのギャラリーの表情を思い浮かべることができる。
「出席されている方々のほとんどはゴルフの経験者でしたし、中にはゴルフ歴20年以上の方や、公式ハンディを持つ方もいました」
「その方々は、パットを外したんですか?」
「ええ。一発勝負ですからね」
 私は確信をもって言えるが、あの後、100回パットをしても1度も入らなかっただろう。もしかしたら最初に成功したのは、入っても入らなくてもいいという投げやりな気持ちでやった結果、平常心で動けたからかもしれない。あるいは、打ち方の基礎も知らないので、適当に打ったラインの延長線上に、ホールがあったというだけだとも思う。
「何となく想像はつきます。絶対に外せないというプレッシャーは、プロでも凡ミスに結びつきます。ゴルフのキャリアのある方々は、ほんのお遊びのつもりだったのが、石岡先生のパットインを目の当たりにして、真剣勝負になってしまった」
「しかも、宴会の終盤ですから、お酒も相当入ってましたし……」
「いずれにせよ、石岡先生以外の方は、全員パットを外したわけですね」
「一応、記録上はそうです」
 私は渋々と認める。パットインしたことが腹立たしいくらいだ。あんなところで運を使うのであれば、もっと使いたいタイミングは一杯ある。今日も、昼食時にエビフライ弁当が売り切れていた。神様のバランスの悪さには、恨み言を言いたくなる。
「私には合点がいきました」
「何がですか…?」
 私は反射的に心の中で身構えていた。西尾が笑みを絶やさずに言う。
「つまり、その事実が物語ることは、石岡先生がゴルフの神様に愛されているということです」
 気負って身構えていた私は、ズッコケそうになる。何を言い出すかと思えば、あまりにも大仰な話である。
「数十人の中で、もっともゴルフ歴のない石岡先生だけがパットを決めるなんて、どれだけ低い確率だと思いますか? 何か偉大な力が働いたと考える方が自然でしょう」
「単なるラッキーですよ。辞めてください。西尾さんがどんな感想を抱かれても構いませんが、歴然たる事実として、ぼくはゴルフのド素人なんです」
 私は声の勢いを強めた。もし、西尾の熱意に負けてコンペに参戦などと血迷ったことを考えたら、恐ろしい結果になるだろう。腕に覚えのあるゴルフマニア達が集まって、敵を見るような視線の中でプレイするのは、もうたくさんだ。
「石岡先生は、ド素人ではありません」
 西尾が含みのある笑顔で言った。私は妙な不安が湧きあがってくる。
「少なくても、2週間後のコンペ当日には、単なるコース初心者になっていると私が請けあいます」
 おかしな受注を自信タップリにされても、私は戸惑うばかりだ。
「どういう意味でしょうか?」
「ここからタクシーで10分の距離に、いいゴルフ練習場があるんです」
「はっ…まさか?」
「この西尾正春が、手取り足取りお教えしましょう」
 西尾はレシートを手に立ち上がっていた。
「ちょっと待ってください」
 私は流されるつもりはない。わけのわからん理屈で、うやむやのうちにコンペ出場を決定事項にさせられるのはたまらない。
「ぼくはゴルフをやるつもりは……」
「10球だけ」
「えっ…?」
「10球だけ、私の指導で打ってください。その後でも、石岡先生がゴルフを続ける意志がないとおっしゃるなら、もうお引止めはしません」
 そこまで言われては、私も譲歩せざるを得ない。
つづく つづく
…
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